第5話―15 まどかの見た夢
結局何事も起こらないまま拠点に戻ってきた。日が落ちるまでもう少し時間があるので、しばらく自由に過ごすことに。
とか自分で決めておきながら、弥幸はいろいろ道具を出してきて、早くも夕食の支度を始めていた。凛子はその手伝いというか、ただまとわりついているだけにも見えるが、まあそのようなことをしている。省吾は空手着に着替えてから、走ってどこかへ行ってしまった。
円はひとりでポツンと校舎と校庭の境目の段差に腰掛けて時間をつぶしていた。スマホでも見ていたいところではあるが、なんとなくバッテリーを節約しないといけない気になっていた。弥幸に頼めば充電できるのだが、こういうどうでもいい面で遠慮してしまう。
仕方がないのでぼんやりと視界に入る範囲を眺めるでもなく眺めていた。
気が付くと音が消えていた。円は立ち上がって周囲を見回す。そこにいたはずのふたりの姿が見えない。というよりここは⋯⋯ここは同じ場所なのか?校庭にはテントもないし、乗ってきた車もない。代わりに小さいが整備された運動場になっていた。なにか球技でもやるのか、白線のラインが引かれている。
後ろを振り返ると校舎があった。先に見て回った古びたものではなく、まだきれいな、人の手が入っている建物が。円はゆっくりと近づいて、入り口の扉を開いた。中もさっきまで人がいたかのように手入れが行き届いていた。
なんだこれ?円は後退りながら誰かを呼ぼうとしたが、声が出ない。呼ぶべき名前も思い出せなかった。不安が一気に高まって叫び出したくなったが、口を開いてもなにも出てこない。
再び校庭の方へ向き直り、首を巡らす。景色が滲んで遠くまでは見えないが、あれはたしか⋯⋯校門のあった方向にうっすらと人影が見えた。円はそちらへ足を踏み出す。
一歩一歩進んでいくが、相手も動いているのか一向に距離が縮まらない。呼び止めようと試みるもやはり声は出ない。辺りは霧に包まれたかのようにぼんやりとしていた。もう校舎も校庭も見えない。どこにいるのかはっきりしない。もうアレを追いかけていくほか、できることはなかった⋯⋯
「神谷さん、ご飯ができましたよ」
声が聞こえて、ハッと頭を上げる。目の前には省吾が立っていた。キョロキョロ周囲を見ると、いつの間にか日が落ち、薄暗くなってきていた。
「あれ、私、寝てた?」円は自分に問いかけるみたいに口にした。
「けっこう長い時間寝てたように見えましたよ」省吾が律儀に答える。
円は立ち上がり、両手を突き上げるようにして背筋を伸ばした。座って寝た影響か、首まわりにコリがある。左右に曲げると控え目に骨が鳴った。
「あっ、空手着じゃない!」円は気がついて尋ねた。「さっき着替えて走っていったよね?」
「はい、村の中をひと回り走ってきました。戻ってきた時には神谷さん寝ていましたよ」
「それですぐ起こしてくれたの?」
「いえ、それからあっちの⋯⋯」そう言って校庭の隅を指さす。「鉄棒とか使って筋トレしたりして、日課の稽古をいくつかやってから戻ってきました。それから着替えたあとに晩ごはんだと言われたので、起こしにきました」
てことはどれくらい寝てたんだろう?円は頭のなかで勘定した。2時間くらいか?どうりで首がコルわけだ。長距離の移動で疲れていたのかもしれない。夢も見なかったもんな。
「晩ごはんなに?」円はぶっきらぼうに聞いた。
「カレーだそうですよ」
「おっ、さすが会長!定番を外さないねえ」円はそう言ってから、自分が空腹なことに気がついた。
言われてみればカレーの匂いが漂っている。円と省吾は連れ立って弥幸たちの待つ灯りの方へ歩いていった。




