第5話―13 廃分校を探索しよう
まずは手始めにすぐ目の前の分校に足を踏み入れる。
ネットの情報ではこの村から完全に人がいなくなってから20数年。分校から子どもの声が消えたのはそこからさらに20年程さかのぼるとのこと。仮に40年と考えると、使われていない年数の割には建物はしっかりしているように見えた。
「けっこうきれいな状態で残ってますね」と円。
「だよね」弥幸が応える。「もしかしたら最後の方まで残っていた人たちが定期的に管理していたのかもしれないね」
そういう誰かの想いが込められた場所に無造作に足を踏み入れることに、円は罪悪感を覚えた。できるだけ荒らさないよう、慎重に進んでいく。
「あ~この教室の黒板、なにか書いてある〜」凛子が明るく言った。「え〜とぉ、199⋯⋯9年かな?3月27日、10年後にまた会おうだって」
「ああ、たしか廃村になったのがその頃だから、卒業生が集まって同窓会かなにかやったのかもね」と弥幸。
「10年後に再会できたのかなあ⋯⋯」凛子はめずらしくしんみりとした声で言った。
やっぱりこういう場所を踏み荒らすのはよくないな、と円は思った。円自身には学校というものにいい記憶はなかったが、だからといって他人の大切な思い出が理解できないというほどではない。たぶん年齢的にこの人たちが全員で集まることはもう難しくなっているだろうが、だからこそ、これは侵してはならない場所のような気がした。
「なんか廃墟のわりにいい雰囲気だよね」弥幸はカメラで念入りに校内を撮影して回りながらこう漏らした。「あんまり心霊スポットって感じはないなあ。昼間だからかな。誰かなにか感じるとかない?」
やはり弥幸はオカ研会長なだけはある。円ですらかつてここで過ごした人々の営みに思いを馳せているというのに、彼はあくまでもオカルト優先であるようだ。
「特に異常はないですねえ」円は少し呆れながら応えた。
「私も特になにも感じないです」と省吾。
「ぜんぜん平気で〜す」凛子が元気に返事をした。
おいおい、お前の想い人は平気だと困るんだぞ、と円は凛子の方を見た。その時、本当に一瞬だけ、なにか違和感のようなものを覚えた。そこにいるはずの凛子がいなかったような⋯⋯
凛子は弥幸といっしょに廊下へ出ていた。教室と廊下の間には窓があり、分割された上下の下半分が磨りガラス、上半分は透明なガラスだった。円はその窓から二人を見たのだ。
背の高い弥幸の頭は上の部分からよく見えた。その隣の凛子の頭部も少し覗いている。しかしその下半分、磨りガラス越しの凛子の姿が確認できなかったような気がした。あくまで一瞬だけだ。そう思って見直してみればボヤけた輪郭程度はわかる弥幸と凛子が並んでいる。
気のせいか、と円は思った。単にその瞬間、凛子と窓ガラスとの距離が遠かっただけかもしれない。いかんいかん、英依の言葉に影響されて過敏になっているな。一応省吾にも目を向けたが、彼は古びた建物の具合を熱心に点検していた。なにかを察知したという様子はなかった。
円も弥幸たちを追って廊下に出た。凛子にまとわりつかれてちょっと撮影しづらそうな弥幸が、それでも朗らかに笑っていた。そんな平和な光景を目にして、やはりなにもなかったのだな、と円は安心した。
廊下の窓からは校庭が見える。そこはいま、強い夏の日差しに炙られているはずだが、そんな感じはしなかった。経年の劣化か、積年の汚れか、それとも現代の物とは性質が多少異なるのか、窓ガラスを通した景色はどこか薄暗く、不規則に歪んで見えた。




