第5話―9 英依先輩の予感
ドライブは順調だった。道はすいていて天気もよく、旅のメンバーの気分も上々。凛子は弥幸にしきりに話しかけ、ドライバーを退屈させなかった。円はそんな凛子を適度にからかって遊んだ。
凛子の真後ろというポジションはなかなか居心地がよかった。怖い視線はすぐに飛んでこないし、座席の裏で身を伏せて隠れることもできる。これまでの付き合いで凛子が粗暴な人間でないことはわかっている。あとで直接的な報復を受けることもないだろう。
途中何度か休憩を取ったが、その時は省吾を盾に凛子を回避した。凛子の方でも特にこだわるような様子はなかった。円も凛子も、友だちではないが互いの距離感ができあがりつつあった。
そんな楽しい旅だったが、一点だけ変わったことがあった。もうすぐ目的地というところで、買い出しも兼ねて郊外型の量販店に立ち寄った。駐車スペースに車を停め、エンジンを切ったその時、弥幸のスマホが鳴り出した。
「あっ、めずらしい、英依さんからだ」弥幸はそう言って、スピーカーフォンで出る。「やっほ~英依さん、もうすぐ着くよ〜」
「はなえせんぱ〜い、おつかれさまで〜す」凛子も上機嫌で挨拶をする。
「どうしたの?電話してくるなんてめずらしいね」弥幸が尋ねた。
「ん〜、あのね、なんか変な気配っていうか、雰囲気っていうか、そんなのを感じたのよね」英依はいつもの調子ではあるが、なにやら不吉なことを言う。
「ちょっとちょっと、ここまで来ちゃってるのにやめてよぉ」弥幸はにこやかな表情は崩さないが、声は少し真剣味を帯びている。
「ああ、弥幸は大丈夫よ。安全運転にだけ気をつけなさい」英依は前にも一度聞いたようなことを言って、さらに続けた。「問題なのは⋯⋯コリンね。あなたは気をつけた方がいいかも」
「えっ⋯⋯」凛子の表情が一気に固くなる。「あの⋯⋯それはどういう⋯⋯」
「あんまりそっちはあなたに合ってないのかも⋯⋯いや逆か。相性がよすぎるんでしょうね。気に入られすぎなきゃいいけどね」
「それって誰から、とかわかりますか?」興味深い話に円が身を乗り出す。
「そうねぇ⋯⋯神さま?みたいな」英依はおどけるように言った。
「いや、神様はさすがにマズいでしょ」円もこれには背筋が冷たくなった。
「といってもそんなに悪いって感じもしないのよね。でもほら、相手に悪気はないけど、こっちからしたらたまったものじゃない、みたいなことってあるでしょ?」
「も〜そういうのは出発する前に言ってよ」弥幸が苦情を言う。「ここから引き返すの大変なんだよ〜」
「えっ !? 」円は思わず声を出した。「いまから引き返すんですか?」
だが、まあ仕方ないかと円はすぐに思い直した。あの英依先輩が言っているのだ。ただの勘だとしても無視はできない。別に凛子のことは好きではないが、どうなってもいいとまでは思えなかった。
「まあね、部員を危険な目に合わせるわけにはいかないよ。撮影は後日ひとりで行ってくるよ」
「そんな、ダメですよ」凛子が強く遮る。「ここまで来たんだから行きましょうよ」
まただ、また凛子が思わぬ主張をした。以前、電話ボックスの時にも見せた謎の度胸である。円は前の時は感心したが、今回はちょっと度が過ぎているような気がした。
「いや、コリンちゃんやめときなよ」円もさすがにここは制止する。「英依先輩が言ってんだから、なにもないってことはないと思うよ」
「でも悪い感じもしないんですよね?」と凛子は英依に問いかけた。そして相手の返答を待たず言った。「なら大丈夫です。オカ研部員としてこんなことであとには引けません」
凛子は震え声でそんな威勢のいいことを言い切ると、弥幸の目をじっと見つめている。弥幸はこのオカ研部員としての決意表明に感動して顔を赤くしていた。
「いや、ダメだろ。コリンちゃんがどう思ってても危ないって」オカ研の部員じゃない円にはさして響いていなかった。
「は?あんたビビってんの?」凛子は挑発するようなことを言う。自分の言葉に当てられて、すっかり舞いあがっていた。
「いや、お前がビビってないのがなんかおかしいだろ」円はあくまで冷静に返す。
「まあまあ、二人とも落ち着いて⋯⋯」弥幸がオロオロしながら間に入った。
いや、落ち着かせなきゃいけないのはコリンだけだろ、と円は弥幸を睨みつける。なんとかしろよオカ研会長。
「⋯⋯これはもうしょうがないみたいね」英依の諦めたような声が聞こえてきた。「たぶん引っ張られてるのね。ここで引き返す方が危ない気がしてきたわ」
「マジっすか」
「こうなったら円と省吾、あなたたちでコリンを守ってあげなさい。絶対ひとりにしちゃダメよ」
「マジっすか⋯⋯」「わかりました」
円と省吾がそれぞれの反応を示している時も、凛子の瞳はランランと輝いていた。




