第5話―6 前期試験を突破せよ!
前期試験が終了した週の週末、円は家の近くのコンビニで迎えが来るのを待っていた。
実は円が密かに懸念していたテストだったが、弥幸の助力でなんとかなった。やはりこういう時に顔の広い先輩は役に立つ。出題傾向を調べたり、過去問を得ることを円は最初から諦めていた。それはボッチの円には非常に困難なことだ。円は自力でなんとかしようと授業だけは真面目に受けていたのだが⋯⋯
ぜんぜんそんなこと考えてもいなかったのに、思いもよらず交渉がうまくいったのだ。やはりなんでも素直に飛びつくのはよくないな、と円は学習した。あの日の会話を思い出す。今日これから向かう心霊スポットの話を聞いた時のことを。
「それでさ、君たちもいっしょにどうかなって⋯⋯」
「あ~、わたし行きま〜す」凛子が手を挙げた。そうしながら円にキツい視線を飛ばす。
こいつ牽制しているつもりかと円は思ったが、いまの相手はこいつじゃない。サラッと目を外して弥幸を見る。このイケメン野郎め、どうしてくれようか――円はこれまであれこれ世話になったことも忘れて敵意を向けていた。
「ああ、コリンちゃんは参加ね。でもふたりだけってわけにもいかないからね、神谷さんと有明くんにコリンちゃんからもお願いしてよ」弥幸はなかなか酷な頼みごとをした。
「えー、まあいいですけど⋯⋯」凛子はあからさまに不満げではあるが、渋々籠絡にかかる。円ではなく省吾を。「省吾くんさー、ねー、いっしょに行こうよ〜」
「私は神谷さんが行くなら行きますよ」省吾のスタンスは変わらない。
「ほら~心霊スポット危ないでしょ〜?円ちゃんだけじゃなくて私たちのことも守ってよ〜」凛子は言いながら円の方をチラチラ見て、口元に笑みを浮かべた。
困った顔をして円を見る省吾。なんだこいつ、許可を求めてるのか、と円のイライラはいや増していた。もうなんでも悪い方へしか解釈できなくなっていた。なんだ、省吾、お前もしょせんは男か、ギャルに言い寄られてデレデレか!クソがッ!
「作り物の心霊スポットにわざわざ遠出してまで行こうとは思わないですね」円は怒りをはらんだ低い声でこう言い放った。
部室内の空気が固まったような気がしたが、円にはもうどうでもよかった。ちょっとばかり捨て鉢な気分になっていた。
そんな円をとりなすように、弥幸はさらに声を明るくして話しかける。
「まあまあ、その気持ちはわかるけどね、実はあそこって満更ウソってわけでもなさそうなんだよ」
ん?ウソじゃない?どういうことだろうか。ネット上には、あの作り話に影響を受けたとしか思えない体験談が少しあっただけだと思うが。円の好奇心がムクムクと頭をもたげる。弥幸の次の言葉を待った。
「叔母さんが言ってたんだけどね、知人がそこの調査に行ったらしいんだよね。ほら、ああいう仕事だからそっち方面の知り合いもいるわけ。それでね、その村には朽ちかけた神社があるらしいんだけど、そこで変なものを見たって言うんだよ」
「変なもの?それはいったい⋯⋯」円は思わず問い返した。ネットで流布しているのではない体験談に、内心興味津々だった。
「はっきりと見えたわけじゃないらしいんだけど、女の幽霊だった気がするって、そう話していたみたいだね。山に鳥居があってそこから階段が伸びているらしいんだけどね、そこをスーっと登っていったんだって。その先には小さな神社があってさ、追いかけていったらしいんだけど、誰もいなかったって。この神社ってのも雰囲気あるみたいでさ、いかにも出そうな感じなんだって。ねっ、面白そうじゃない?」
ぐぬぬ、これは正直⋯⋯かなり興味があった。そもそもの廃村という場所が魅力的であるうえに、未知の心霊体験談が付いてくるとなると、これは⋯⋯行ってみたい。しかしまだ円のなかのわだかまりは解けきってはいない。いま、円の心は揺れていた。
「いや〜でも、泊まりでしょ?いろいろ準備とか面倒だし、もうすぐ試験もあるしな〜」円はまだかろうじて抵抗を示した。
「ああ、もちろん試験終わってからの話だよ。車は僕が出すしさ、現地での滞在費も交渉して経費で落ちるようにするから――あっ、そうだ、3人とも試験対策してる?過去問とか要るなら僕が知り合いに頼んでみてもいいけど」
「マジッスか !? 」円もこれには完全に喰いついた。思わずその場で腰を浮かす。
最初から諦めていたその手のコミュ力前提の試験サポートを自分が受けられるなんて、渡りに船とはまさにこのことだった。乗らずにはいられまい、このビッグウェーブに。
「あ、じゃあ、それなら試験も大丈夫そうだし、私も行こうかなあ〜、ねっ、有明くんもいっしょに行こうよ」
円のわかりやすい変心に、省吾は複雑な表情をしていた。
弥幸からの恩恵もあり、試験はけっこう簡単だった。前期の成績はたぶん問題ないだろう。これで心置きなく、大学生になって初めての夏を迎えることができる。その手始めがこの泊まりがけの廃村探索だ。円は試験中もワクワクしながらこの日を待っていた。そう、これからリア充の夏が始まるのだ。
そんな円の目の前の駐車スペースに大型のSUVが入ってきた。見ていると運転席のドアが開き、そこから爽やかでアウトドアないでたちの超絶イケメンが降りてきて、円へ笑顔を向けながら手を振った。
それは、間違いなくリア充の夏、陽キャの夏、パリピでウェ~イな夏を予感させる光景だった。




