第5話―2 弥幸のお願い
「今日は行かなくてもいいんですか?」有明省吾が尋ねた。
「う〜ん、なんかね、めんどい」神谷円はぶっきらぼうに答える。「行きたかった?」
「いえ、私はどちらでもかまいません」省吾は言いながら手製のおにぎりをほおばった。
3号館の幽霊検証の翌日、円はオカ研からバックレて、またいつもの3号館2階、一番手前の教室で、省吾と過ごしていた。前夜別れ際に三浦弥幸から昼にまた集まろうと念を押されたが、今日はどうしても行く気になれなかった。特にこれといった理由があるわけではない。ただなんとなく気疲れしてしまったのだ。
ここ数週間の円の生活はそれまでとは一変していた。小中高と人付き合いを避け続けてきた円だ。他人とコミュニケーションをとることそのものが稀であったのに、ここにきての急なインフレである。省吾を含めてもたったの4人じゃないかと思われるかもしれないが、これは円にとってかつてない事態なのだ。
特に弥幸と知り合ってからの数日は目まぐるしすぎた。弥幸だけでも見た目は近寄りがたいイケメンなのに、そのうえあの恋愛脳のキラキラ☆ギャル・和道凛子だ。円にとっては天敵とも言える存在である。もうだいぶ慣れてはきたが、ヤツに睨まれるとまだ少し身体がすくむ。
そして、極めつけはあの、芦原英依⋯⋯先輩。いったい何だというんだ、あの人は。省吾ですらも怯えさせるあの迫力。彼女の持つオカルト知識や謎のアイテムには非常に興味をそそられるが、連日会うにはさすがに濃すぎる。
円はすぐそばにいる省吾をちらりと見やった。彼はすでに食事を終え、日課の站椿を開始している。こいつだって相当濃いヤツだと思っていたが、オカ研のあのメンツに比べればぜんぜんマシだ。円はこの、省吾とのふたりだけの空間に、自分が思っている以上に安らぎを得ていた。
まったりとした昼食後の時間。円はスマホで次に行く心霊スポットを検索する。ここは近いけどちょっと嘘くさい、こっちは少し遠すぎる、車なら行けるか、でもさすがに省吾とふたりで行くのはあれか⋯⋯などなど。ダラっとした時が過ぎる。
その時――コンコン、とドアが叩かれた。
ギョッとした円は急いで机の下に身を隠した。そんな円の奇態を気にもとめず、省吾は「はい」と返事をする。それを受けて扉が開かれた。
「ああ、いたいた」にこやかな笑顔のイケメンがひょっこり顔を出す。
「あ、三浦先輩こんにちは」省吾は姿勢を正して礼をし、すぐ元に戻った。
弥幸と、その後ろでなぜか黒いマスクをしている凛子が教室に入ってきた。円は聞こえないくらい小さく舌打ちをした。凛子は机の下から顔を出した円を睨みつけている。人んち入ってきてなんだその態度は、ゴルァ!と円は心のなかで威嚇した。いや、お前の家ではぜんぜんないが。
「おっ、それが噂のアレ、だね。なんだっけ、たん⋯⋯とう?」弥幸が朗らかに語りかけた。
「はい、站椿です」と省吾は元気に返す。
このふたりが男同士の連帯かなにか知らないが、通じ合って話し出すと話が進まないと思った円は、めんどくさい気持ちを押し隠して問いかけた。
「どうしたんですか?先輩。こんなところまで」
「いや、ほらさあ、ふたりとも来ないし、LINEしても既読つかないしさ」弥幸は凛子に、ねえと笑いかけた。凛子はそれに力を得たのか引き取って続ける。
「お昼に集合って昨日先輩言ってたでしょ?なんで来ないのよ」
「いや、私、部員じゃないし」円はボソッと答える。
「はぁ、マジありえないんだけど」凛子は本気で腹を立てているようだ。
いやお前は私たちがいる方が迷惑だろうが、と円は思ったがそうは言わず、黙って睨み返す。いまや円も凛子が相手ならこのくらいの抵抗はできるようだ。
「まあまあ」と弥幸がとりなす。「強制ってわけじゃないんだから、ネッ、コリンちゃん、あんまり怒んないで」
そうだそうだと今度は円が力を得て、凛子にニヤリと意地悪な笑みを浴びせた。フッ、勝ったな⋯⋯
「あのね⋯⋯」と弥幸が続ける「実はふたりにちょっとお願いというか、提案があるんだけどね。このあと時間ある?」
「いえ、3限目は授業あります」円はそっけなく答える。
「私もです」と省吾。「4限目なら空いていますが」
円も今日は3限目までで終わりだったので、弥幸に向かって頷いた。
「ああ、そう?ならよかった。じゃあ4限目に詳しく話すけどさ、ちょっと面白そうな心霊スポットに行く用事があってね。いっしょにどうかなって」
用事?心霊スポットへ行く用事ってなんだ?と円は思った。気になる誘い方しやがって。この提案にはなんかめんどい今日の円も興味をそそられた。話だけなら聞いてもいいかと、オカ研部室を訪れる約束をしたのだった。




