第5話―1 眠れぬまどか
ジージー、ジリジリ、カナカナ、コーという虫の大合唱に眠れずにいた円は、スヤスヤと寝息をたてている凛子を起こさないように、そっとテントから這い出た。空を見上げるといままでに見たことのない数の星が一面に瞬いている。円は両腕を突き上げ伸びをした。スマホを取り出し、時間を確認する。まだ午前2時前、オカルト的にはいい時間だ。
夏の夜だが気温は驚くほど低く、過ごしやすい。テントの中にいても寝苦しいということはなかったのだが、この虫の音だけは我慢できなかった。まさかこんな誰もいない自然豊かな場所が、街なかにいる以上に耳障りな音に満ちているなんて。
思えば円は学校行事以外での野外活動は初めてなのだった。中学生の時に一泊二日のキャンプをやらされたことがあったが、あの時はただただ苦痛なその時間をやり過ごすことだけを考えていた。夜は寝袋にもぐりこんで、隠して持ってきた父親のオーディオプレーヤーをずっと聴いていた。虫の声なんて認識すらしていなかった。
とりあえず持ってきた懐中電灯を灯す。光線がまっすぐ正面を照らし出した。別に異常はない。そのままぐるりを巡らせる。やはりなにもないようだ。隣に張られた男どものテントも照らしてみるが、寝ているのだろう。静かなものだった。
もちろん人の気配はない。夜にこの場所を訪れるような酔狂な者がいるとしたら、それはおそらく円たちと同じ目的だろうが、さすがにこんな時間帯にやって来はしまい。そんなに気楽に来れるほどアクセスしやすい場所でもなかった。
周囲の様子については到着後すぐ、日のあるうちにざっと探索した。何件かの朽ちた家々の間の狭い道を抜けた先に、いまテントを張っている分校跡があった。すでに植物にかなり侵食されている小さな校庭の入口付近をならして場所を確保した。
その分校の校門前の道に、沿うように細い川が流れていて、小さな橋が架けられている。そこを渡って対岸の道に鳥居があり階段が奥へと続いていた。そこが今回の目玉の場所だ。
ついさっき、23時頃、全員でその階段を登ってそこへ赴いてみたが、ここもまた、なにもなかった。雰囲気だけはなかなかのものであったが、噂されているような事象は起こらなかった。まあ、いい画は撮れたんじゃないだろうか。クライアントもこれには文句をつけるまい。よく精査してみればなにかが映っているかもしれないし。
円はフゥと息をついた。このまま待っていたところで虫が鳴きやんだりはしないだろう。我慢してそろそろ寝るとするか。明日はもう少し詳しく撮影して回るわけだし、徹夜は辛すぎる。眠れないにしても横になっていれば少しは体力も回復するはずだ。
そう考えた円は自分のテントの入り口まで戻った。懐中電灯の明かりを消して、もう一度空を見上げる。この星空はいいものだ、と円らしからぬ感慨を抱いていた。オカルト以外にも心を動かされることがあったとは。
十分に堪能したあと、視線を戻したその時だった。円は違和感に気がついた。星にしては低い位置に、仄かな光源が見える。あれはそう、ちょうど川の向こう側、あの橋を渡ったあたりではないか?円はそう直観した。しばらく目を凝らしてみていると、その光はゆっくり上昇していって、そして唐突に消えてなくなった。




