第4話―8 コックリさんが呼んだモノ
円のあとに弥幸、そして最後に凛子がおそるおそる指を乗せる。小さな十円玉の上で3人の指が触れ合った。弥幸は円と凛子を見て頷いた。
「よし、それじゃ、ふたりとも心の準備はいいかな?あっ、英依さん、カメラのチェックお願いします。ああ、はい、OK?コリンちゃんはさっき教えたルール、大丈夫だよね?」
「ハ、ハーイ、ダイジョーブデース」
ホントに大丈夫か?緊張で声がこわばって日本語をしゃべる外国人みたいになってんぞ、と円は例のごとく心の中でツッコミをいれる。とはいえ、かくいう円も少し緊張していた。なんだか妙な喉の渇きを覚えていた。緊張をほぐそうと、円は無意識に省吾の方へ視線を向ける。彼はいつもと変わらずそこに ”立って“ いる。円の肩の力がスッと抜けた。
「じゃ、呼び出しの呪文から、3人合わせてね。せ―のっ」弥幸が合図する。
コックリさん、コックリさんと、声を合わせて定番の呪文を唱えた。
なんの動きもない。
再度唱える。
やはり動かない。
もう一度。
ダメか、と円は落胆する。まあしょうがないよな。たしかずっと昔の学者が筋肉の反応で起こるとかなんとか解明してるみたいだし。だいたいこんなお手軽に幽霊やら神様やらを呼び出せてしまっては、いろいろ問題だろう。幽霊業界だってそう暇ではないはずだ⋯⋯
そんなようなことを考えていた時、円はふと気付いた。自分の正面の位置にいる英依が、まったく明後日の方向へ視線を向けていることに。円もその視線の先を追ってみる。それは教室の後方入り口へ向かっていた。さらにそこから視線を下げる。なにか、違和感が⋯⋯目を細めてジッと見つめる⋯⋯集中して、見る⋯⋯
ヒッ、という声が思わず口から飛び出そうになるのをなんとか抑えた。ようやく見えた。たしかにそこにいる。足首から下だけのなにかが。
”足だけ幽霊“ だ!そう気付いたとたんに、円は空気が重く淀んできたように感じた。いつものあれだ、まとわりつくように満たされていく不快な雰囲気。これまでも似たような感じを経験してきている。これはあれら霊的な存在が発する特有のものなのか?それとも自分が彼らを感知する時にそのような形で知覚しているのか?円は意外なほど冷静にこの状況を観察していた。
それにしてもあれ、履いているのはなんだろう?と円は割とどうでもよさそうなことが気になった。裸足ではない、なにか履いている。スリッパか?便所スリッパ?
足下もう少しどうにかしろよと円が思っていると、そこにまた別の足が現れた。なんとなくだが、閉まっている入り口の扉をくぐって外からやってきたような気がした。今度はスニーカー?のように見える。さらにまたもう一体、ヒールのある靴。女性かな?さらに、さらに、と次々に増えていった。
気がつけば入り口付近は ”足だけ幽霊“ で渋滞が起こっていた。これはどうしたもんだろうと考えた。いまこの事態に気がついているのは自分と英依、そして省吾もたぶん。警戒しているような様子が窺える。弥幸はどうせ見えないからいいとして、凛子は入り口に背を向けているから気づいていない。彼女は目の前の弥幸にだけ集中して、なにやら会話を交わしている。教えたものか――いややめとこう。キャーキャーうるさくなるだけだ。
それにしても、足だけとはいえ幽霊の群衆とは、なかなか壮観である。全体としてはそれぞれの境界線が曖昧に滲んでいるので、正確な数はわからないが、10体以上はいるのではないか。それが動きもせずに入り口付近にたまっている。
こういうのを観察できる機会もなかなかないだろう。じっくり、じっくり見る――ああ、そうか、と円は気づいた。履物は霊の属性を表しているわけか。どんな靴を履いているかで、見えないその上の姿がなんとなく想像できた。それは生きている人間も同じなのだが、そっちには円は興味がなかったので知らなかった。なるほどなあと心底感心していた。
そうやってただ観察していると、ついにその群衆が動き出した。便所スリッパを先頭に一列に並んで、円たち3人をぐるりと取り囲む。まるでフォークダンスでもするみたいに歩きながら輪になった。
「ちょっ、なにこれ、有明くん、見えてるよね?これどうしよう」円は思わず省吾に助けを求めた。
「いや、どうしようと言われても⋯⋯これってなにしてるんでしょうか?」省吾は戸惑っている。これが霊の攻撃であるのかどうか、判断しかねている。
「えっ?なに?なんかあったの?」弥幸が尋ねる。やはりなにも見えていないらしい。
凛子は円たちの様子からなにかを察したのか身を固くして目をつぶった。
こんな事態になっても3人はまだ十円玉から指を離していない。こういうのも暗示の一種なのだろうか。呪いと言ってもいいかもしれない。コックリさんは無反応だったにも関わらず、儀式を終了させないまま指を離すことへの忌避感がどうしても拭えなかった。
円は足の群衆から目を離せない。相変わらずそれらは一定の速度で円を描いている。しかしついに、変化があった。1体が凛子の方へ踏み出したのだ。椅子に座った凛子の真後ろに来るとスッと消えていなくなった。そうやってまた一列になった群衆が同じ動作を繰り返しては消えていく。
これはちょっとヤバいだろと思ったが、円にはどうにもできなかった。省吾もまだ動き出しかねている。そうしてすべての霊が消えると、凛子はガクリと項垂れた。その頭がユラユラ揺れている。それから急に頭を起こすと、なにやらうめき声をあげた。目を見ると眼球が忙しなく上下左右に動いている。
(憑かれた !? )円は怪談話でよく見聞きする状況に、密かに興奮していた。いやもちろん凛子を心配する気持ちもあるにはあるのだが、6 : 4?いや7 : 3くらいで好奇心が勝っていた。
「ちょっとこれ、どうしようか !? 憑依ってやつだよね、これ?有明くん、攻撃だよ。これやられちゃってるよ!」円の興奮はダダ漏れだ。
「いや、でも、私にはどうしていいのか⋯⋯」省吾は逡巡している。
「もうコリンごとガツンとやっちゃいなよ」円は無責任なことを堂々と言い放った。
さすがの省吾もこれにはドン引きのようだ。珍しく表情が曇っている。
そんなやり取りをしていると、ここまで黙って見ていた英依がおもむろに動き出した。自分の荷物をゴソゴソとさぐっている。なにか、黒い不気味な物体をビニール袋から取り出すと、凛子の後ろに立った。そして大きな輪っかになっているそれを凛子の首にかけた。
なんだなんだと、円は興味深くその様子を見ていた。すると英依はコックリさんの用紙ごと机を蹴飛ばし、凛子の正面に立つ。それからいきなり凛子の頬を思いっきりビンタした。英依の右手の平は何度も左右を往復し、打撃を加えていく。
(えぇ⋯⋯)円もドン引いた。ヤバいヤバい、先輩どうしちゃったんスか !?
「ちょ、ちょっと英依さん、大丈夫 !? 」弥幸も焦っている。
凛子は何回頬を張られただろうか。ようやく英依がその動きを止め、フゥと息をついた。
「もう大丈夫、抜けたわ」
見ると凛子は両手で頬を押さえて涙をこぼしていた。
「しぇんふぁ〜い、ひたいです〜」
気の抜けた彼女の声がその場の緊張を一挙にほぐした。




