第4話―6 身を潜めてやりすごす
予定の時刻が経過した。そこにいる5人全員が、呼吸ひとつするのにも気を使って潜んでいる。すると――遠くからコツコツコツコツという足音が聞こえてきた。それは手前の教室から順に、ドアを開け閉めしながら近づいてくる。
凛子がその気配に思わず反応し、わずかに身を跳ねさせた。なんとか声は出さずに抑えたようだが、弥幸が口の前に指を一本立てて、やんわりとたしなめる。凛子は口元を覆い、静かに顔を伏せた。
その時、ついに円たちが隠れている教室のドアが開かれた。
光線が差し込み左右へ行き来する。全員が息を呑んだ。円は呼吸そのものを止めて、自らの気配を殺そうとした。たった数秒が、もっと長い時間に感じられた。そして、そのまま何事もなく扉が閉まり、コツコツコツコツという足音が今度は遠ざかっていった。
「はぁ~」円は思わず大きな溜息をついた。実に緊張感のあるひと時だった。こんなところで見つかってしまい、問題にでもなってしまったらどうなることか。大学の有名人にでもなりはしないか。ボッチ特有の誇大な想像力を働かせ、円は恐怖と期待と両方に怯えていた。
建物の入り口を見下ろせる窓からずっと様子をうかがっていた英依が、指でOKのサインを出した。これによってその場の緊張感が一気にどこかへ吹き飛んでしまった。ワイワイと話を始める5人。
「いやあ、ドキドキしたね。これはちょっと心臓に悪いよね」弥幸が明るく言い放つ。
「ホントですよね~」凛子が同意する。「もうドッキドキでしたよ〜」
いやお前はそれどころじゃなかっただろ、と円は胸の内でツッコんだ。足音が聞こえてきた時の凛子のあの反応は、どう考えても例の ”足だけ幽霊“ を連想してのものだったはずだ。まあたしかに、目撃証言はこのくらいの時間帯なわけだから、そうであっても不思議ではないのだが。でも事前に説明聞いてただろ、こいつ。
「一番心配してたのはさ、有明くんが見つからないかってことだったんだけど、なんとかクリアできたね」弥幸は省吾に声をかける。
「そうですね、助かりました」と省吾。
「いや、あんたさ、隠れなきゃいけないってわかってるのに、なんでまたそんなの着てるのよ」凛子はトゲのある口調で言う。
これに関しては円も完全に同意ではある。同意ではあるが、言うだけムダだろう。その真っ白な空手着を着てくることは誰だってわかっていたことなんだから。もしそれをやめさせたければ、ハッキリと申し付けておくべきだった。
「空手着は空手家の正装ですから」省吾はもはやお馴染みとなった理由を話すが、やはり凛子には、いや円にだって受け入れられなかった。弥幸だけがウンウン、そうだよねと頷いている。
「さて、守衛さんも行ったことだし、あとはもう朝まで大丈夫よ」英依が力強く宣言した。
「あの人もう見回りには来ないんですか?」凛子が尋ねる。
「この3号館は教室しか入っていない棟だからね。ここに用のある教員も生徒もいないし、20時に見回りをして鍵を閉めたら、あとはスルーなのよ」
そんなことでセキュリティは問題ないのかと、円は要らぬ心配をした。しかしこれも経費削減というものなのだろう。この棟で高価そうなものといえば、1階入り口すぐにある自動販売機ぐらいだし。あそこをどうにかするくらいなら、屋外にやりやすそうな自販機はいくらでもあるのだ。
「それにしても先輩、お詳しいですね」円は少し興味があって尋ねた。
「もう何回かここで夜を明かしたからね」英依はこともなげに言う。「だから保証するわ。朝まで誰も来ないから――《《じっくりやりましょう》》」
最後の言葉は凛子に向けられた。英依のニタっとした顔に、凛子は肩を竦める。そして即座にそれを取り繕うような微妙な笑みを浮かべた。
実はその時、円だけが気づいていた。凛子だけでなく、自分の隣にいる省吾も一瞬だけ表情を固くしたことに。
「さて、それじゃあこれからどうする?」弥幸が英依に尋ねる。「なにか計画でもあるんでしょ?」
そう問われて英依はもったいぶるように一拍置いてから、静かにこう言った。
「せっかく人数もいることだし、降霊術なんてどうかしら」




