第4話―5 省吾、もし戦わば
夜の教室はなかなか雰囲気があっていいな、と円は思っていた。なにより、知らない他人がいないのがいい。円にとっては幽霊よりも日中の知らない誰かのほうがずっと怖いのだ。光源は窓から入ってくる微かな外の灯りと、薄く雲がかかってはいるが、たまにハッキリ顔を出すお月さまだけ。
いまここに息を潜めて隠れているのは円と省吾、それからオカ研の3人で計5人だ。全員が声も出さずに、ただ時間が過ぎ去るのを待っていた。
円は自分より少しだけ窓から離れた位置にいる英依の様子をしげしげと見つめていた。向こうからは影になってこちらの顔は見えるまい、とすっかり安心している。彼女の個性的な厚いメイクの下の、彫りが深く美しい目鼻立ちが、この薄暗いなかだとよりよくわかる。
どうにも昨日の省吾の発言が気になって仕方がなかった。あの空手バカがこの先輩のことを ”怖い“ と評したのだ。どういうことなのか、ホントにホントにものすごく気になる。円はあの時交わした会話を思い出していた。
「先輩が怖いって、え、なに、有明くんはああいう人が苦手なの?」円は省吾の真意をいまいちつかみかねて尋ねた。
「ああいう人というか、あの人が怖いです」省吾が答える。
「えっ、なにが?もしかしてあのメイクとか服装の感じが怖いとか?たしかゴシック系とかいうんだっけ」
「いえ、そういうことではなくて、なんというか⋯⋯その⋯⋯もし闘うことになったらと思うと⋯⋯」
いつもと違って省吾の歯切れが悪い。それを伝えたものかどうか、どこか言い淀んでいるような。それにしても闘うとはどういうことだろうか?いや、省吾のことだ、おそらく言葉のままの意味なのだろうが、なぜそんなことを想定する必要があったのだろう?
「闘うって、あの人、女の人だよ?そりゃあ、たしかに大きかったし、強そうな感じしたけどさあ」
「それはもちろんわかっているんです。でも、私は、顔を合わせたあの瞬間、あの人と対峙している光景が頭に浮かんだんです」
「え〜、そんなこと⋯⋯マジで言ってる?でも勝てるでしょ。有明くん空手バカだし、男だしさ」
「たぶん、実際にどこかルールのある場でやるんなら私が勝つでしょう」省吾は自分の言葉を点検しながらのように、慎重に語る。「しかし、もしルールのなにもない、真の実戦の場だったら⋯⋯勝てるかどうかわからない」
円は省吾の言わんとすることをなんとか理解してやろうと、英依のことをさっきからずっと観察していたのだ。しかしやっぱりわからなかった。
そりゃあ自分だって、まったく面識のない状態でこんな人物と出逢ったとしたら、恐怖心を覚えるだろう。それが暗闇でなら間違いなく声が出る。しかしどれだけ見つめていても、省吾がいうような意味での ”怖さ“ というものは感じ取れなかった。
円は薄っすら見える教室の時計を見上げた。そろそろ予定の時刻だ。それからまた英依の方を見た。そして――瞬間ゾクリと寒気が走った。英依がまっすぐに円の目を見つめているような気がしたのだ。闇に溶け込んでいて見えないはずの円の目を。円は身を強張らせる。
その様子を知ってか、英依はニヤリと口元に笑みを浮かべた。




