第4話―4 大学の怪談
「幽霊の噂⋯⋯ですか?」円は初めて英依の目を見て尋ねた。
「そう、幽霊の噂」英依はいたずらっぽい笑みを見せながらオウム返しする。
学校という場所を舞台に多くの心霊体験談が語られていることを、円はもちろん理解している。多感な時期の同世代を同じ箱に押し込め、そのごった煮の中から生まれてくる怪異の物語。小中高と連綿と続いていくそれを、円は主にネットから摂取した。ずっとボッチだった円は子どもたちの輪の中にいたことがなかった。したがってそういった噂話の類を直接受け取ることはなかった。
だからだろうか、 ”学校の怪談“ 系の話は円にとっていまいち興味を惹かないジャンルだ。心霊スポット探索ほど熱を入れて情報を漁ったこともない。有名どころをさらう程度のことはしているが、それらについてもその信憑性を疑っていた。
「うちの大学にもその手の話があるんですね」当然だが円はそういう話も聞いたことがない。この大学で円が友人から得たものは、よくわからない空手と筋トレの知識のみだった。
「そりゃそうよ。人が集まるところにはだいたいオバケの話も発生するものなんだから。さすがに七不思議ってほどじゃないけど」
「いやあ、医学部の方には代々語り継がれてる七不思議があるらしいよぉ」弥幸が口を挟む。
別の敷地にある医学部のことを円はほとんど知らなかったが、まあそこならありそうな話だと思った。人や動物の生き死にを大量に扱っているのだ。小学校とは違うだろう。おそらく夜間などは心霊スポットばりにいろいろ起こるのではないだろうか?いつか行ってみたいものだ。
「ああ、そうね。でもあっちまで行くのは面倒だから、今回は近場の噂を検証しましょう」
「というとアレだね。我が校でいま一番熱い心霊ネタ――」弥幸はムダに長く引っ張った。そしてニヤリと笑ったあと、円と省吾に向かって言った。「3号館の足だけ幽霊」
「えっ、3号館ですか?」円は意外な場所にびっくりして問い返す。
「そう、3号館。君たちがいつもお昼ご飯を食べてるとこだよ」
「ぜんぜん知らなかった⋯⋯」
オカルトマニアとしてこれは不覚だった。円はガックリと肩を落とす。まさに灯台下暗しである。出会いを求めてやまない幽霊が、こんなに身近で噂になっていたなんて。友だちが少ない弊害がこんなところに表れるとは。
円は隣に座る省吾を見た。特に驚いている様子もなく、相変わらず英依のことを黙って見ていた。円は一応ダメ元で尋ねてみる。
「有明くんは知ってた?」
「いいえ。聞いたことありません」省吾は簡潔に答えた。
この答えに円はホッとした。ここでもし省吾が知っていたりしたら、いままでに築いてきた信頼が揺らぐような気がした。実に身勝手な話だが、円は本気でそう思っていた。
「コリンちゃんは聞いたことあるよね?」弥幸が話を振った。
「もっちろ〜ん」幽霊話でずっとおとなしかった凛子だが、弥幸に問われたとなれば元気を取り戻す。「知り合いがそんなこと言ってました〜。でも本当なんですかね〜」
「この噂に関しては複数の目撃談が寄せられているわ」英依は全体へ向けて話しだした。「去年の冬頃からちらほら言われだして、今年に入ってから一気に広まった。入学してきた1年生にも広まっているあたり、現在はかなり広範にわたって流布しているようね。ちなみに私が体験した当人から直接収集したものは3件」
「直接、ですか?」円にとっては信じられないことだった。目の前にいる英依への信頼感が俄然増してきた。
「英依さんは怪談収集が専門だからねえ」弥幸が補足する。
「3件とも夜間の、だいたい20時前頃に目撃されているわ。3号館は教室しかない棟だから、基本的には遅い時間に人はいないんだけど、サークル活動に使用していたみたいね」
「それで、その人たちはなにを見たんですか?」円は肝心の部分を早く確認したくて仕方がなかった。
「最後に電気を消して教室を出たのね。そして廊下を歩いていると後ろから誰かが来るような足音がする。それで振り向いて確認すると、誘導灯のわずかな明かりに照らされて、足首から下だけのなにかが歩いてくるという」
「ヒッ」と思わず口にして手で口を覆う凛子。
お前は知っていたはずだろうと円は心の中でツッコんだ。こいつさては幽霊が出てくる部分はビビって聞いていなかったな。まだ口元に手をやっている凛子を見て、円はニヤリと笑いかけた。それに気付いた凛子は露骨に刺すような視線を送ってくるが、円はもはや恐れなかった。
「3件ともだいたいそんな感じね」英依が続ける。「あとはこれをベースにいろいろ尾ひれをつけたものがいくつか出回っているってところ。もしかしたら私が収集しきれていない話があるかもだけど」
「いやあ、面白いよね」と弥幸。「オカ研としてはこれをほっとく手はないね。実地調査に取り掛かろうよ。どうする?今日やる?」
さすがは弥幸。連日の行動もものともしないタフネスぶりである。まあ円としても近場でこんなに面白いネタがあるのならやぶさかではない。すでにかなりやる気になっていた。ところが――
「今日はダメよ」英依が否定した。「そんなすぐには準備ができないわ。明日、明日にしましょう。ねっ?」
英依の意見に逆らえるものがいるはずもなく、そのように計画は決定された。とりあえず今日のところはお開きとなり、円は省吾とともに部室をあとにした。
サークル棟から出ると、省吾はハァーと大きく息をついた。
「なに?どうかしたの?」円はすぐに尋ねる。
「怖かったですね⋯⋯」省吾はボソリとそう口にする。
「えっ、オバケの話が?めずらしいね、有明くん」
省吾はその問いに首を振った。
「いいえ、あの、芦原英依先輩が、です」




