第18話―9 店番再び
それで結局、円はひとりで店番をしている。これはなにも凛子の「なんでもする」という言葉に、ん?いまなんでもするって言ったよね?と反応したからではなかった。もっともっとシンプルに、ただ力負けしたのだ。
こんな性格のネジ曲がった社会不適合ボッチ女の円であるが故に、むしろ真正面からストレートに頼られることに慣れていない。あんなに本気でお願いされてしまっては、もう断る術など持ち合わせてはいなかった。
まあ別にいいんだけどね。というかむしろ好都合だわ、と円は胸の内で強がる。もしここで店番を引き受けなかったとしても、省吾は予定があるということだし、英依もどこかへ行ってしまった。どうやったって時間を持て余すのだ。また昔のように独り、非常階段の片隅で暇をつぶすこととなろう。
もう朝イチに自分の役割は果たしているのだから、帰っちゃっても問題はない。だがそんなこと、ぜんぜん思いつかなかった。実はこんな円みたいなもんでも、オカ研の仲間と文化祭を過ごすことを楽しんでいた。彼女自身ちっとも自覚していないが、今日これまで、いや、一度は逃げようと画策した準備期間も含めて、本当は楽しくって仕方がなかったのである。
しかし店番が退屈なのは変わりない。朝のときと同様に、客など誰ひとりとしてやってこない。おいおいなんだよ、さっき少しはいたじゃないか。なんで私に代わった途端こうなんだよ?やっぱあれか、店番が陽キャだったから人も集まってたんか?陰の者だとみんなわかるもんなんか?ニオイか?チー牛女のニオイがしてるんか?円は鼻をクンクン動かした。自分で自分のニオイはよくわからない。たぶんいつもと同じだ。
他人を怖がる円が、いまはこんなにも誰かがやってくることを望んでいる。いつもならこのくらいの孤独など屁とも思わないのに。やはりそれはあの一角のせいだった。そこに置かれたお人形さんの視線が気になるのだ。"カッパの小指" がなくなって、なんとなくあの辺りのギャグ的オーラが減じたような気がする。
待て待て、たしかにあの人形は生きているみたいなこと言ってたけど、別に稲川さんの "生き人形" と同じじゃないんだ。たしかあれはおかっぱの少女人形。和風のものだったはず。あそこにあるのは西洋人形じゃないか。ドールだ、ドール。古いけど可愛らしいものじゃないか。
円はそう思いつつも、極力そちらには目をやらないよう、机に突っ伏し、反対側に顔を向けていた。そちら側には例の心霊動画の垂れ流し。もう見飽きてしまった画面を見るともなしに眺めるうちに⋯⋯耐え難い睡魔が襲ってくる⋯⋯いかん、血糖値を上げすぎ⋯⋯た⋯⋯
「あっ、まどかちゃん寝てる〜」と活気のある声。
顔を上げると、そこには弥幸と凛子が並んで立っていた。凛子の顔がやけにツヤツヤと輝いている。満面の笑みだ。壁の時計を見上げる。あれ?1時間以上経ってる?そこで円の頭は完全に覚醒した。
「じ、時間が飛んでいる !? 」円はガタッと椅子を引いて立ちあがった。
「いや、寝てたからでしょ」凛子がツッコむが、言い方がどこか柔らかい。「⋯⋯店番代わってくれてありがとね」と小声で付け加えた。
そう素直に礼を言われては円としても反応に困る。ん?さっきなんでもするって言ったよね、と代価を要求しようにも、少々やりにくい。「ああ、うん」と曖昧に応えることしかできなかった。
「暇だったでしょ。ゴメンね。僕のせいで」と弥幸が謝罪した。彼にはまったく責任はないのだけど、こういう時にそう言わずにはいられないのが弥幸であった。お人好しである。いいように使われなければよいのだが。
「いや、別にたいしたことじゃないんで⋯⋯」円はこれにも謙虚に返す。妙に照れくさいような、こそばゆいような気がして、無意味に咳払いして誤魔化した。「にしてもお客さん来ないッスねえ、ここ。来年はもう少し派手なイベントやりましょうよ。ああそうだ、淳二呼びましょう!ジュンジイナガワの怪談ショー!」
「ああ、そういうのもやってみたいねえ。でも予算がなあ⋯⋯ウチは弱小だから」弥幸は弱々しく微笑んだ。
「ですよねー」と円はニャハハと笑う。
仲間が戻ってきて、部屋の空気が一挙に明るくなった。和やかに会話が弾む。凛子は弥幸のモデル姿がどんなに素晴らしいものだったかを、大きな身振りで語りだした。スマホで撮影した写真を円にも見せる。おいおい、お前、撮りすぎだろうと思ったが、円は珍しくなにも言わなかった。この雰囲気を壊したくなかったのだ。
「お疲れさまです」省吾も戻ってきた。
部屋は違うけど、これでいつものオカ研である。円にとって、実に居心地のいい空間だった――ここまでは。
「あれ?」省吾が立ち止まる。それからジッとそちらを見つめた。「人形、どうしたんですか?」




