第18話―5 ふたりのマスクマン
「うおぉ、なんだこれ!これってリングですよね?」そんなのを使って行われるようなものには興味のない円だが、現物をみるとさすがにテンションが上がった。「ここってなにするんスか?格闘技?」
「これはたぶんプロレスやるのよ。プロレス研究会ってサークルがあって、毎年やってるみたいね」英依が珍しくちゃんと説明してくれる。
「へぇ~、さすが大学にはいろいろありますね。去年も見に来たんですか?」
「んーん、話には聞いてたんだけどね、私も初めて。プロレスってよくわからないし」
「ですよね」
などと話していると、リング上で動いている数人のなかに、見覚えのある人物⋯⋯というか服装が見えた。白い空手着の大柄な男性と、薄いピンク色の空手着のそれよりは小柄な男性。どちらも額にKと書かれた、奇妙なメカっぽいマスクを着けている。色は黒とシルバー。白い方が黒で、ピンクがシルバー。ややこしいな。彼らは張られたロープの具合を確かめるように、リング上を縦横に走っていた。
客もいないし、試合ではなさそうだが⋯⋯なにやってんだアイツら?と円は不思議に思いながらも、その運動を眺めた。空手着だけならそういうスタイルのプロレスラーもいるかもしれないが、あの色の空手着ってのはアイツしかいないだろう。
「いましたね」円はリング上を見つめたまま、ボソッと英依に話しかけた。
「そうね」英依は応えると、「お~い」と手を振って声をかける。
白い空手着の方が即座に反応した。ロープの反動を利用して猛スピードでリング際までやってくる。なんならそのまま場外へ飛び出していきそうな勢いだった。ロープから身を乗り出したところでギリギリ静止する。
「は、英依さん!見に来てくれたんか!」白い空手着のマスクマン、村上は高揚して少々裏返った声で叫んだ。あーうるせえうるせえ。
「ううん、省吾を探してただけ」英依がつれなくもそう返す。
村上はあからさまに肩をガックリ落とした。マスクで表情が隠れているのに、なんてわかりやすい男だ。それから薄ピンク空手着のマスクマンの方をチラッと見たが、その目はきっと羨むような光を帯びていよう。
「見に来るもなにも、あなたがなにやってるか知らないじゃない?なにしてるの?出るの?プロレス」
「おう、明日の試合にな」村上マスクはそう言って、またチラッと後ろを振り向いた。「省吾と組んでタッグマッチや。急造タッグやけどなかなかいい線いってるやろ」
「そのために有明くん連れてったんですか?いきなりなにやってんスか?」円は呆れながらも尋ねた。
「いや、ホントはウチの空手部の後輩と組んで出るつもりやったんやけどな、今日になって風邪ひいて熱出したみたいでの。それで急遽助っ人をお願いしたんや」
そもそも今興行の目玉イベントのひとつとして、プロレス研 vs 空手部の対抗戦と銘打ったカードが組まれていた。これはプロレス研のメンバーと親交のある村上が、酒の席で冗談半分に言ったことが実現した形であった。村上はプロレス好きの後輩と組んで、文化祭2日目の試合に出る予定だったのだという。
「それでなんで有明くんなんですか?空手部に部員はいっぱいいるでしょ」円は当然の質問を投げかける。
「おお、スマンのう。せっかくの文化祭なのに彼氏をお借りしてしもうて」と村上は相変わらずなにか勘違いしたようなことを言って、円をイラッとさせた。「ただウチの部は格闘技ファンはいっぱいおるけどプロレス好きは他におらんのよ」
ちょうどそこに薄ピンク空手着のマスクマン、省吾もやってきた。かなり動いていたはずだが、息も切れていない。その佇まいは変なマスクをしていても空手バカ、有明省吾そのものだった。
「有明くんってプロレスできるの?ていうか、プロレスと格闘技ってなにが違うの?」円は無自覚なまま難しい質問をぶつけた。村上などはやれやれといった風に首を横に振っている。
「違いませんよ」しかし省吾はまっすぐ答えた。「表現の仕方が違うだけでどちらも闘いであることに違いはありません。実際にやるのは初めてですので、できるかどうかはわかりませんが、精一杯挑戦しようと思います」
「な?省吾はわかってると思ったから頼んだんよ。前に巌流島決戦のルールを知っとったからの」村上はそう言って胸を張る。
巌流島がどうのとか、円にはさっぱり意味がわからなかったが、少なくともこの空手バカがやる気になっていることは伝わった。となれば邪魔はできまい。好きにさせておこう。
しかし英依にはそんなことどうでもよかったようだ。本来の目的からブレがない。
「ふ~ん、まあいいわ。じゃあ省吾、お祭り見物に行くから早く着替えてらっしゃいな」
「ああ、はい、わかりました」
そうして試合前日のリングチェックはあっさり打ち切られたのであった。




