第18話―2 あの人が来たぞ!
だらけにだらけている円を不意打ちするように、ある人影が静かに部屋に入ってきて、円のそばに立った。
「あら?円ひとりでいるの?他のみんなはどうしたの?」
声をかけられて円はハッと顔を上げた。そこには黒尽くめの大柄な女性がそびえ立っていた。強烈な存在感をその身から迸らせるその人は、オカ研の先輩・芦原英依。それに気づいて、弛緩していた円の全身は一瞬で強張った。
いまやオカ研に馴染みすぎるほどに馴染んで、むしろ生意気にも増長してしまっている円であったが、この人にだけはぜんぜん慣れない。肉体が無意識に警戒してしまう。
「⋯⋯あ、ども、お疲れッス」円は首を前後に動かして挨拶した。「みんな外に行っちゃいましたね。弥幸先輩はコリンちゃんに引っ張っていかれて、有明くんはさっきまでいたんですけど、村上先輩が来て、連れていきました」
今日は朝からみんな揃っていた。準備は前日までに済んでいたので別にすることはないのだけど、それぞれ律儀に集まった。円だったら講義でもないのに朝イチからなんて絶対に来ないところだ。だが残念ながら昨日ジャンケンで負けて、最初の店番を担当することになっていた。
外から爆竹の音がして、それから文化祭開幕のアナウンスが流れると、円にもそれなりの高揚感があった。しかしそれも最初だけ。なにせお客がやってこない。閑古鳥が鳴いている。それでコリンちゃんこと和道凛子は、彼女の想い人で、当サークル会長の三浦弥幸を外に誘った。
責任感のある弥幸は、会長として最初からここを留守にするのは気が引けるらしい。しかし凛子は、店番は決めてあるんだから、と主張した。だからいっしょに出店とか見に行きましょうよ〜、と。
「それに⋯⋯」凛子は円の方を見てニヤッと笑う。「省吾くんもいることだし、ここはふたりに任せておけば大丈夫ですよ」
名指しされた省吾くん、有明省吾は凛子のニヤけヅラの意図は理解せぬまま頷いた。自分が見ていますのでどうぞ行ってきてください、ということだろう。先輩を立て、仲間に気を遣う誠実な男だ。でもそのクソザコ色ボケオボコリンの言ってるのはそういうことじゃねえんだわ。と円はイラッとしながらその様子を眺めた。
それでふたり残された。省吾が付き合ってくれてる形だが、なんなら円が店番を押し付けることも可能だったろう。彼なら快く引き受けるはずだ。しかし、さすがにそれはしなかった。というかそれをしたところで、である。こんな華やかなイベントで、円ひとり表に出ていったところでどうしようというのか?孤独感に打ちのめされるだけではないか!
とてもお似合いの地味な場所で店番を続ける円と省吾。そこに本日最初の来訪者がやってきた。それが村上先輩、空手部エースの2年生、村上竜一であった。なにか部で出し物でもするのか、空手着を着用している。
ヤツはむろん客ではなかった。これまでオカ研とも縁のあった彼は、どうやら省吾のことを探しに来たらしい。なにやら頼みごとがあるのだと言って連れ出そうとした。
困ったような表情の省吾に、円はシッシと手を振る。
「いいよいいよ、行ってきなよ。どうせ店番は私の番だしさ」
「おお、神谷さん、恩に着るわ!」村上は両手で拝んだあと、省吾の肩に手を回して連行していった。
それから円がひとりで退屈していたところにやってきたふたり目の来訪者が英依先輩であったと、そういう状況である。円がその流れを説明すると、英依はなるほどねえと、誰もいない部屋の中を見渡した。
「でもほら、寂しくはなかったでしょ?あそこにお友だちもいるし」英依は部屋の一角を指差す。それはむろん英依コレクションのコーナーだった。
「いや、なんかアソコ怖いんですけど」円は目を向ける。やはりあのお人形が気になった。「あの人形、こっち見てる気がするんですよね。動き出したりはしないでしょうね?」
「大丈夫よ」英依は笑顔で請け負う。「この部屋の中にあるうちは歩いてどっか行ったりはしないわよ」
いやいや、じゃあなにか?ここから出たら歩いてどっか行く可能性があるのか?チャッキーじゃねえか!なんてもんを持ってきやがるんだこの人は!円は英依の顔を驚愕の思いとともに見つめた。
そんな後輩の思いなどどこ吹く風、英依はそちらに歩いていく。円も席を立ってついていった。
「これとかいつもの呪いのアイテムじゃないですか」円はもはや見慣れた人毛?の首飾りを指でつついた。「こんなとこに出しててもいいんですか?」
「ああそれね。この前、湿気の多いところで使ったから⋯⋯」英依はなんでもないことのように答える。
使ったってなんだよ?この人よそでなにやってんの?円は尋ねてみたかったが、どうせ聞いてもはぐらかされるだけなので黙っていた。他の物品についてもいろいろ問いかけてはみたが、その回答はいまいち要領を得ない。
「この、なんか気持ち悪いのとか、なんなんですか?へその緒みたいな、干からびたの」
「ああ、それはカッパの小指ね。この前獲ってきたの」
カッパ!またカッパて!円もこれはさすがに適当にあしらわれているのだと思った。まさかそんな、カッパなんているわけないではないか。日本昔ばなしじゃあるまいし!
なにを聞いても終始この調子なので、もうすっかり質問する気も失せてしまった。




