第17話―番外編 湯けむり温泉カッパ地獄変 後編
その頃カッパは男湯に浸かって、あのイケメンお兄さんのことを考えていた。正確には彼の尻子玉のことを。あれだけの男前の尻子玉である。きっとこれまで触れたことのないような、スベスベと滑らかな上玉であったろう。やはりひと撫でだけでもしておくべきだった。嗚呼!さっき別れたばかりなのに、もう次に会える日が待ち遠しい!お兄さん許して〜!
カッパは己のリビドーの奔流を持て余した。そこで湯から出て、日課のカッパ筋トレで気持ちを鎮めることにした。カッパ筋トレ――それは彼のゴリゴリマッチョな肉体を作り上げた特殊な運動法である。普通の人間がマネをしたら全身の筋断裂で死ぬ。カッパの、それもよく修練を積んだ者のみが耐えられる苦行であった。まずは背中の甲羅をトレーニング専用のトゲトゲ甲羅に取り替えて⋯⋯
その準備を始めた時、脱衣所に誰かが入ってきた気配がした。カッパは手を止め、様子を窺う。どうやら本日の宿泊客がやってきたようだ。ならば筋トレはあとだ。その客の尻子玉を撫でることで、ひとまずの満足を得ようではないか。
日頃は自分好みの男性にのみ、その破廉恥行為を働くのだが、いまは男であれば誰でもよかった。どうせあのイケメンのあとではどんな男でも見劣りするのだ。ならば質にはこだわるまい。ただ男の尻子玉でさえあればそれでいい!舌なめずりしながらカッパは獲物を待った。
脱衣所からの扉が開かれた。湯けむりの向こうに大柄なシルエットが見えた。と同時に、カッパはこれまで感じたことのない圧力のようなものを感じた。
⋯⋯なんだ、このプレッシャーは?カッパは困惑する。やがてその人物が近づき、全容が見えた。
「げげェ、女ァ?」カッパは思わず叫んだ。目の前にはバスタオルを身体に巻いた大柄な女が立っていた。手にはなにか袋のようなものをぶら下げている
「ふぅん、アンタが客に悪さしているヤツね。カッパなんて珍しいじゃない」大女はそう言ってニヤリと笑った。
「ここは男湯だァ、女がなにしに来やがった!」カッパが威嚇する。
「ここの旅館の人がね、アンタに迷惑してるのよ」大女は言いながら袋からなにか黒い髪の毛のようなものを取り出して、右の拳に巻きつけた。
「はははア!それでわしをどうするんだってええ⋯⋯」
「死んでくれや!」大女は言い放った。「お前がここで客の尻を撫でるから、私が頼まれた。客の苦情で迷惑している人たちがいる⋯⋯それだけよ」
「わしは二百年、ここにおるのだぞ!」カッパはそう叫ぶと、近くにあった石けんをまとめて掴んで投げつける!ちなみに二百年はフカシである。そんなに昔に千歳楼はない。
「バカめ !! 年数など関係ないわ!」大女、英依は最小限の動きでそれをかわすと、高く跳んで距離をつめた。そこから蹴りを出す。「おまえがいるのが、ジャマなだけよ!」
カッパは強烈な飛び蹴りを顔面に喰らって昏倒する。あとはもう、ボッコボコ、ボッコボコであった。お前がッ、泣くまで、殴るのをやめないッ!いやいやもう泣いてるって、泣いてるよぉ⋯⋯
のんびり湯に浸かる英依の前に、カッパが泣きながら正座している。その後ろには座敷わらしに文士にノボル、そしてチーコまでが同じく並んで正座している。
「ごめんなさい、もうイタズラはしませんので、命だけは⋯⋯命だけはお助けください」頭のお皿を晒して、英依に土下座するカッパ。
「どうかお願いします。彼女も反省していますので、どうか、どうかお慈悲を」座敷わらしが頭を下げると、他のものも続いた。
なぜカッパのみならず、千歳楼の怪異たちが集結しているのか?それは例のテレパシーである。命の危機に瀕したカッパからのカッパ信号を受け取って、彼らは慌ててこの場にやってきたのである。
全員で浴室に駆けつけると、すでにバスタオルもはだけた大女がカッパに馬乗りになって鉄拳を振り上げていた。みんなで飛びかかり、それぞれ数発ずつボコられながらも、どうにか矛を収めてもらったのだ。
「まあ、アンタたちもそんな悪いヤツらじゃなさそうだし、カッパがもう客の尻を撫でないっていうんなら許してあげてもいいわよ」英依は風呂のなかからそう言った。
「⋯⋯いえ、あの、尻じゃなくて、尻子玉です。あの、その、触ってたのは⋯⋯」なぜかカッパはそんなところにこだわって訂正した。
英依はカッパをジロッと見やる。ただそれだけの動作に震えあがる怪異たち。
「ああ、尻子玉ね。なるほどね」英依は立ち上がり、バスタオルを巻きながら湯から出た。
機嫌を損ねてしまった!なんでいらないこと言うんだよこのクソカッパ!と後ろに並んだ怪異たちは思った。もうダメだ、おしまいダァ⋯⋯
「いいわ、許してあげる。その代わりに、もうしないっていう証をいただこうかしら」英依はカッパの前でしゃがむと、その左手の小指を指で摘んだ。そして力を込める。
スポンッと小指が抜けた。それは英依の手のなかで一瞬でシワシワシワと縮んでいって、干物のようになった。
痛いのか?まあ痛いんだろう、カッパが「ウギャアアアアア」と叫びながらのたうち回る。他の怪異たちはドン引きでその様子を眺めた。
「今度くる時までなにもしないでいられたら、この小指は返してあげる」英依は摘んだ干物をプラプラ振りながら言った。「でももしまた、誰かの尻子玉を触って、私のとこに連絡がきたら⋯⋯」
「はは〜、もう二度とそんな悪さはいたしません」カッパがまた額をタイルにこすりつけた。
それから英依は女将さんにすべて片付いたことを告げると、あとは一泊して、気持ちばかりの謝礼と交通費をもらって帰っていった。板長のおいしい料理 (通常版) や、露天風呂 (女湯) なども満喫したが、それよりなにより "カッパの小指" などという珍妙なアイテムをゲットできて、たいへんご満悦の様子である。
はたして彼女はその小指をカッパに返却するだろうか?それはまだわからない。
第17話―番外編 了
番外編のちょっとしたあとがき
どうもAKTYです。「湯けむり温泉カッパ地獄変」をお送りしました。結局3エピソードかかってしまった。しかしヒドい話ですね。カッパさんかわいそう。でもまあ勝手に人の尻子玉を触っちゃいけませんよね。あれって取られると死んじゃうんでしょ?そりゃあ危ない。むやみに弄くっちゃイカンよ。
え〜それで、今回の英依さんですが、凶羅でございます。ご存知ですかね?あの藤田和日郎先生の傑作漫画『うしおととら』に出てくる暴力破戒僧の凶羅。カッパと英依さんのやりとりはまんまその初登場時のパロディです。コミックスで言うと第5巻ですね。
実は凶羅さん、出てきてすぐに妖怪退治してその実力を読者に見せつけるわけですが、その時に相手しているのがカッパなんですね。それも巨体のカッパ。千歳楼のカッパはゴリマッチョですから、ちょうどいいかな、と。
ファーストアタックが石を投げる攻撃だったので、代わりに石けんを投げさせました。うしとらのカッパさんは凶羅さんに腕をもがれるんですが、それではあんまりなので、英依さんは小指だけ持っていくということにしました。
カッパさんは小指なくなったらどうなるんでしょうね?カッパ筋トレには多少の支障が出るかもしれません。でもまあいっか。バケモノだし。気にしない気にしない。
じゃ、そゆことで。続けて始まる第18話もよろしくお願いします。
AKTY




