第17話―15 解説其の八
温泉から戻った弥幸はすぐに寝支度を整えた。その際、布団が敷かれた奥の間に三脚を立て、ビデオカメラを設置する。
これはオカ研では過去にも活躍した定点カメラ。寝ている間に起こるかもしれない怪奇現象を撮影するためのものだが、いま現にこの部屋に集っている怪異たちはその様子を不思議そうに眺めていた。
「あれってなにしてんだろね?自分が寝てるとこ撮影するのかな?なんで?」チーコがノボルに尋ねた。ノボルは答えに窮して「ウ~ン」と唸る。
「あらァ?アンタたちわかんないのぉ?」カッパは嘲るような笑みを浮かべた。「あれはね、ああやって自分が寝てるところを確認することで睡眠の質を調べてるのよ」
「え〜、いまってそんなことするの〜?」チーコは素直に驚きの声をあげた。
「そうよぉ、現代人はいろいろするのよぉ」カッパは偉そうにふんぞり返る。「たぶんあのコ、睡眠でお悩みなんでしょうね。もしかしたらこの温泉にやってきたのもそれを改善するためじゃないかしら。お風呂にゆっくり浸かってリラックスしたらよく眠れるものね」
「そっかー。じゃあ今夜は私が添い寝してあげようかな」チーコはそう言ってニッと笑う。
おいおいお前の女ヤベえこと言ってんぞ、とノボルに目を向けると、そっぽを向いて欠伸をしている。なんだお前ら?そういうのも気にしないの?若くして死んだ割にはいろいろ体験してきただけあって、スワッピングもすでに通ってきた道なのかもしれない。
「あら〜いいわね、それ。アタシも反対側いただくわ」カッパも同調し、チーコと共に奥の間へ入っていこうとする。
「ダメだよ!」そんな二匹を強く制止する声。座敷わらしである。「カメラで撮ってるなら入っちゃダメだよ。僕たち気を抜いたら映っちゃうことあるじゃん」
「え〜そのくらい平気でしょ」チーコが抗議する。
「そうよそうよ。それに絶対映るってわけでもないんだし」カッパも続いた。
「ダメだったら!」座敷わらしは一歩も引かない。「このお兄さんにはミユキのお婿さんに来てもらうんだから。もしカメラに映って怖がらせちゃったら、二度と来てくれないかもしれないだろっ!」
全くもって正論である。相手が普通の人であったなら。残念ながら彼らは弥幸がここに来た目的を知らない。心霊調査にやってきているなんて思いもよらなかった。むしろたくさん映ってあげたほうが喜んでくれるのに⋯⋯
「ヤッベ、俺さっきカメラの前、横切っちゃったかも」ノボルが心配そうに言った。
「やっちゃったものはしょうがないけどさ、このあとは絶対カメラに映るようなとこに入っちゃダメだからね!」座敷わらしは念を押す。みんなは「は〜い」と声をそろえてお返事した。
そうなってしまうとここでやれることはもうない。しばらく寝入る弥幸を遠巻きに眺めて、文士が「そろそろ帰ろうか」と立ち上がる。それに続いて怪異たちは部屋を出て、それぞれの棲み処へ戻っていった。
夜が深まった頃、女将サチコさんは自室の布団のなかで独り悶々としていた。隣の布団でスヤスヤ眠るミユキちゃんをよそに、ずいぶん久方ぶりに女である自分を意識する。ああ、もう我慢できない。いやダメよ、お客様にそんなこと。このせめぎ合いをもう幾度繰り返しただろうか。
実際に布団から出て立ち上がるところまでいったりもした。しかしなぜかその度に激しい罪悪感が襲ってくる。世間の常識、母としての責任、職業倫理、等々を一緒くたにしたような複雑な圧力が頭上から振り注ぐかのようだった。それで我に返って布団に戻るのだ。
そんな女将を見つめる目がある。この部屋に棲む座敷わらしだ。実はこのサチコさんの葛藤は座敷わらしによる精神操作であった。彼女が血迷って夜這いに向かおうとすると、座敷わらしが念を送って阻止する。ここでこの母親になにかされてしまっては面倒なことになる。そう考えた彼のファインプレー。その密かな闘いは朝方まで続いたのだった。
そんなこととはつゆ知らず、弥幸は静かな朝を迎えた。そして贅沢にも朝風呂に入りにいった。そこで彼を待ち受けていたのはカッパであった。といってもなにかしようと企んだわけではない。これまで通りただ並んで温泉に浸かっただけだ。
そりゃあカッパだって尻子玉をひと撫でしたかった。しかしその欲望は意志の力で封じ込めた。座敷わらしが言うように、怖がられてしまっては元も子もない。またこのイケメンお兄さんに来てもらえるように、カッパもグッとガマンした。まあ怪異になにをされようとも感知できない弥幸なので、こんなガマンはムダなのだけど。
弥幸が風呂から上がろうかという頃、ミユキちゃんは小学校へ行く準備をしていた。洋服は嫌がると前に書いたが、さすがに学校の制服だけは渋々受け入れている。
着替えながらミユキちゃんには心配事があった。もうあのお兄さんと会えないのではないか?たしか一泊だと聞いている。会えるのはこの朝が最後なのだ。でもお客さまのお部屋に行っちゃいけないって言われているし⋯⋯
「あのお兄さん、いまお風呂だよ。もうすぐ出てくるって」親友の座敷わらしが教えてくれた。カッパからテレパシーでも来たのだろうか?妖怪同士のなにかネットワークがあるのかもしれない。
それを聞いたミユキちゃん、急いで部屋を飛び出して、ロビーのところで待ち構えた。間もなくお兄さんが出てくる。ミユキちゃんはタイミングを見計らって歩いていく。
やっぱり今朝も美しいお顔⋯⋯思わずウットリしてしまう自分を抑え挨拶した。それから勇気を出して自分の想いを伝えたのだった。
また来るよと約束してもらってミユキちゃんは有頂天。母親のサチコさんすら見たことのないような、最高の笑顔を見せた。それを脇で見守る座敷わらしとカッパもニッコリ。カッパは自慢の筋肉を盛り上げてよっしゃよっしゃとガッツポーズまでしている。
喜びのあまり思わず外に飛び出したミユキちゃん。宿の前の坂道を駆け降りたところで、まだランドセルも背負っていないことに気がついた。それで耳まで真っ赤になって、俯きながらトボトボと引き返したのである。




