第17話―13 解説其の七
暗い夜道に浮かび上がる懐中電灯の明かり。それを持つのはこの世のものとはとても思われない絶世の美男子。それだけならまだいいが、まるで彼を守護する如く、囲んで付き従うこの世のものではない者たちがいた。
百鬼夜行と呼ぶにはかなり物足りないが、一升びん片手の文士を先頭に、カッパと座敷わらし、ノボルとチーコの無理心中アベックらが歩道も車道も気にせずに広がって歩く。五鬼夜行とでも言えばよかろうか。静かな道を喧騒で満たしていく。まあそれで害を被るのは感の鋭い一部の見える者と、野生生物、あとは彼らの同族くらいだろうが。
そんな迷惑集団に運悪く行き合わせたウォーキングおじさんは、この町の役場の職員。春先の健康診断で肥満を指摘されて以降、毎晩欠かさず歩いていた。いま弥幸が向かっている公園をひと回りして家に戻るいつものコース。これで春より5キロ痩せていた。次の診断はなにも言われず無事パスしたいと考えている。
おじさんに霊感はない。これまでオバケの類を見たことは一度もなかった。そういうのはテレビや物語のなかだけの、与太話だと思っていた。この時までは。
前から近づいてくる光が見える。人が歩いてくるのだろう。滅多にないことだが、ぜんぜんないわけでもなかった。おじさんはペースを落とさず進んでいった。その距離が縮まると、なぜか背筋がブルっと震えた。腕もゾワワと粟立つ。これはイカン、風邪のひき始めかもしれない。
ようやく相手の顔が見えるところまで近づいた。むこうから挨拶してきた。おじさんも挨拶を返す。ん?なんだ⋯⋯?やけにイイ男が歩いている⋯⋯が、それだけではなかった。
その彼の周りには、黒く蠢く影のようなものが取り囲んでいる。たまたま波長が合ったのか?それともこれだけの怪異がひと所に集中していれば、見えない者でも見えてしまうものか?まあ弥幸ほどの0能力ではなかったのだろう。
絶対ヤバい、見てはいけないヤツだ!日頃は眠っているおじさんの危機管理センサーがエマージェンシーを知らせた。それに従い、サッと目を逸らし、早足ですれ違う。そのあとは振り返ることなく全力ダッシュ。これがマズかった。おじさんの肉体はこのような急激な運動に慣れてはいないのだ。家に帰り着く直前にふくらはぎが肉離れを起こしてすっ転ぶ。あとは這うようにして自宅へ辿り着いた。不幸中の幸いか、風邪はひかなかった。
「あららァ、走って行っちゃった」チーコが嘲るように言った。
「挨拶してるのに感じ悪いわねぇ」カッパが同調する。
この挨拶というのは弥幸がしたものではない。それに続いて怪異たちも気さくに挨拶をしていたのだ。礼儀正しいのはけっこうなことだけど、自分たちの立場というものをもう少し考えていただきたい。お前らバケモノだゾ?そんなのに挨拶されてもどうもできねえよ!
一行はそのまま公園までやってきた。明かりもない真っ暗闇。空は雲で覆われて星もなく、弥幸にはなにも見えない。
「あ~疲れた。久しぶりに歩くと堪えるわねえ」カッパがこぼす。なんだその身体は見かけ倒しか?マシンで作った飾りだけの肉体か?
「たしかに近頃ちょっと運動不足だったかもね」と青ビョウタンの文士が応え、一升びんから酒をあおった。
「あら、それいいわね、ちょっと寄越しなさいよ」カッパが要求する。
このカッパ、酒ならいくらでも飲める酒豪であるが、食事のときはまったく気にもしていなかった。弥幸のお顔だけで十分に酔えていたのである。いま久々に外に出て、歩いてノドが渇いていたところに、ようやく目に止まったのだった。
「ぜんぶ呑まないでくれたまへよ」文士が一升びんを手渡すと、カッパは一気に呑み干した。
「ちょっと待って、アイツラが来る⋯⋯」急にチーコが低い声で言った。
ノボルがチーコを庇うように前に出る。その視線の先、公園の奥の闇の中から徐々に浮きあがるナニカがいた。夜目の利く怪異たちにはもう見えていた。旧日本陸軍の軍服を着た人影が、ひとり、またひとりと、総員五名現れた。
彼らは最近ここいらに流れてきた新参者。軍服姿で行進する霊として、その噂をユキエさんも語っていた。こんな姿をしているが、誰ひとり旧軍関係者はいない。というかただのコスプレイヤーである。
雪中行軍の写真を撮りたいと、ネットで有志が集った。それで実際の雪山に向かい、遭難死してしまったのだ。"山を舐めるな" この事故が表に出ていればそのような書き込みで溢れたことだろう。しかし彼らはいまだに発見されていない。
家族はどうしているのか?届けは出していないのか?五名も行方知れずなのに。
届けは出された、行方不明として捜査もされた。個別に。ネットで募集したのが悪かった。それもまだ黎明期のインターネット。まだ世間はそれのことをよく知らなかった。全国各地からやってきた、それぞれ面識のない五名。
しかも普段から山に登っているならまだしも、みんなこの時が初めての山だった。家族も知人も、まさか雪山に登っているなど考えもしない。各地で成人男性がひとりずつ消えても、それで念入りに捜査されたりはしないのだ。
そんな舐めた集団なので、ここいらの怪異からの評判はすこぶる悪い。常識外れの怪異から見ても常識がない。それになんか変な言葉使うし、笑い方キモいし。
「ドュフフフフ、カッパでござるよ」軍服のひとりが指さして笑った。
「カッパ!カッパて!」「カッパ乙」「今北産業」「wktk」
いつも温泉にいて表を出歩かないカッパは、話には聞いていたが初対面であった。なのにこのクソ舐めた態度。この地の古参としてのプライドがいたく傷つけられた。
なのに弥幸はもう帰りの道を歩き出そうとしていた。仕方ないので怪異たちもそれに続く。だがカッパだけは腹の虫が治まらなかったようだ。
「ちょっとあんたたち、先帰ってて」カッパが後ろから呼びかける。
「どうするのかね?」文士が返す。
「アイツラ軽くブチ転がしてくるわ」そう言うカッパの手には空の一升びん。
弥幸と怪異たちは雪のちらつくなか千歳楼まで帰り着いた。
待ち受けた女将サチコさんと弥幸の間に会話が交わされる。女将としてはそのロマンチックな状況に胸躍らせていたわけだが、傍から見たらちょっと怖い。彼女は潤んだ瞳で見ているつもりだが、怪異たちはその奥のギラギラした欲望を感じ取っていた。弥幸が根っからのお人好しでなかったら、きっと不審に思ったことだろう。
部屋に戻って温泉へ。女湯に行ったチーコ以外で弥幸と並んで露天風呂に浸かる。しばらくするとカッパが浴室に入ってきた。なにか物騒なオーラを身にまとい、フーフーと荒く呼吸をしている。誰にも見られないまま洗い場に行くと、その身に浴びた返り血を洗い落とした。
それからカッパも並んで湯に浸かり、そしてみんないっしょに部屋に戻ってきた。




