第17話―11 解説其の六
食事しながら孤独感に表情を曇らす弥幸であったが、この場にいる怪異たちにはそんな気持ちはわからない。みんなでおしゃべりしながらおいしい食事にありついている。といっても食べものを物理的に摂取するというわけではないようだが。お仏壇のお供えもの的なことなのかもしれない。
特に元気なのがあとからやってきた男女ふたり。そういえば彼らについての説明がまだだった。男はノボル、女はチーコという名前だが、コイツらこそが土産物屋のユキエさん曰く "無理心中したアベック" である。
といってもこの千歳楼でそんな事件があったのではなかった。彼らはもっと手前の、活気ある有名温泉街のホテルに泊まっていたのだ。あれは遡ること80年代。当時18歳だったふたりは、裕福なチーコの親の金と車を盗み、家出するように旅に出た。
交代で運転しながら目的もなく道路を北上し、行き着いたのがその温泉街。そこでパーッと豪遊しながら享楽に溺れておったそうな。それはもう、なんでもやった。酒やタバコはもちろん、出てくるときに都会の街角で仕入れたお薬も。そいつをパキッとキメての男女の営みも経験した。
そうするとだんだんエスカレートしてきて、SMや野外露出なんかの遊びにも手を出した。ポラロイドカメラでそういった行為を撮影し、酒と薬でちゃらんぽらんになった脳みそでケタケタ笑っていた。
写真はお金に変えようと、読者投稿のエロ本編集部へすべて送り、さあ次のプレイはなにをしようか?そうだ車でやろう。まだそれはやっていなかったとホテルを出た。ノボルが運転、チーコは助手席、ふたりで山道をドライブ。途中チーコが言い出した。ちょっと縛ってみてよ、と。この娘、その手のプレイにハマりつつあった。それで手首を紐で縛り、そうだ目隠しもしようぜとノボルの案も取り入れた。
助手席には手を縛られて目隠しの女がシートを倒して寝かされている。ノボルはそのまま出発進行。チーコは「うおぉぉ、怖えぇぇ、ヤベぇぇ」とはしゃぐ。その声に気分がさらに高まり車をすっ飛ばす。ガードレールもろくにない当時の山道で、酒とヤクにのぼせた頭でそんなことしたら、その末路は自明であろう。ふたりの車は宙を飛び、谷底へまっ逆さま。ブレーキ痕はなく、女性の方のその姿から、アベックによる無理心中として片付けられた。
あの写真がその場に残っていれば捜査関係者も察したことだろうが、それは雑誌社がきちんと受け取った。写真はなん号かに分けて掲載されたそうだ。よかったね、なかなか好評だったみたいだよ。
その後、成仏できなかったふたりは、泊まっていたホテルに舞い戻る。それで大人しくしていればよかったのだが、どちらからともなく客を脅かす遊びを始めてしまった。それがだんだん噂になって広まってきた。ユキエさんが話したのはその時の噂話。それをこの地の話として弥幸に伝えたのである。
ではどうして彼らはここ千歳楼にいるのか?まあやりすぎたのだね。噂に困ったホテルのオーナーは、テレビで著名な霊能者に除霊を依頼した。その人の能力は本物であったが、ちょっとショボかったんだな。お祓いで追い払えはしたけれど、成仏させるには至らず、流れ流れて怪異の集まるこの地まで流れ着いたというわけだ。いまは千歳楼の一室で、慎ましやかに暮らしている。反省する時間だけはたっぷりあった。
文士からの内線を受けて弥幸の部屋にやってきた無理心中アベック。最初は料理にしか目がいかなかったチーコだが、ヒョイと横を見れば、そこにはとんでもない美形の男性がいた。
「ちょっとちょっと、なにこの人?カッコよすぎじゃない?」チーコの目から大量のハートが飛んだ。
「そうなのよぉ。そんじょそこらにはちょっと見ないイケメンでしょう?」なぜかカッパが誇らしげに胸を張る。
カッパとチーコは弥幸をネタにワイワイ女子トークしながら、豪華な食事に舌鼓を打った。こうなるとノボルが面白くなさそうなものだが、意外とそうではないらしい。無心で皿に向かっている。長い付き合いだけにこんなことでは動じないのかもしれない。
「あらまぁ、このお兄さんため息なんかついてるよ」とチーコ。
いろいろ思うところあって気持ちが沈んだ弥幸のお顔、その憂いを帯びた瞳にカッパとチーコは惹きつけられる。ウットリ眺めてコチラもため息を漏らした。
「その人、ミユキのお婿に来てもらうんだからね。変なことしちゃダメだよ」と座敷わらしが釘をさす。
「そうなったら素敵ねえ」とカッパが自分の頬に手を添えた。「毎日いっしょにお風呂に入れるってわけね」
文士はそんな会話を聞きながら、さっき厨房から拝借してきた地酒を愉しんでいる。それは女将が弥幸に提供しようとしていた上等なものだ。いま酒に酔った彼の頭のなかには、この旅館を舞台にした、愛憎渦巻く傑作三文小説が生み出されようとしていた。発表する機会がないのが悔やまれる。
食事を終え、満足した怪異たちがゴロゴロとリラックスしていると、弥幸が立って、外出する支度を始めた。女将サチコさんは最後の望みを懸けて同行を申し出たが、すげなく断られた。その背中はあからさまに気落ちしていたが、弥幸はそれに気づかない。怪異たちはもちろん気づいてゲラゲラ笑った。
「どれ、僕たちも腹ごなしといこうか」文士がフラフラと立ちあがった。ミユキちゃんに依頼された監視の任務のことはもうすっかり忘れていた。むしろ怪異どもを引き連れて表に繰り出す。
ひとりアンニュイな気持ちに沈むイケメンの後ろに、ガヤガヤうるさいバケモノたちが続いていった。




