第17話―7 ミユキちゃんと、豪華な夕食
十四段の階段を上り部屋の前、ドアを開けようとしたその時、横から視線を感じた。見ると廊下の奥の柱の陰にさっきの着物の女の子がいた。僕がそちらに目を向けると慌てて引っ込む。そのまま見ているとおずおずとまた顔を出す。
その動きが面白くて、僕は彼女を手招きした。少女は躊躇いながらも少しずつ距離を詰めてくる。猫みたいだ。ようやく話せるところまで来たので、「どうしたの?」と声をかけた。
モジモジと恥ずかしがって、まっすぐ僕の目を見ない。なぜかキョロキョロ、僕の後ろや横のあたりを見ている。
「お名前は?」僕はしゃがんで目の高さを合わせてから尋ねた。
「⋯⋯ミユキ」と、か細い声。
なるほど、そういうことか。僕は得心がいった。この少女、ミユキちゃんは従業員の誰かの娘さんなんだろうが、どこかで僕の名前を聞いたのだ。自分と同じ名前の客が来ているということで、それがどういう人物なのか気になってやってきたのだ。でも日頃から客との距離感については教えられていて、それでこんな感じに曖昧な態度になってしまうだろう。
「ああ、それじゃあ僕とおんなじお名前だ」僕はなんとか気持ちをほぐそうとして笑いかけた。ミユキちゃんはその言葉に小さく頷いて笑みをこぼし、ロビーでのようにまたダッと動きだすと、さっき僕が上ってきた階段を駆け下りていった。
そんな微笑ましい様子に心の芯までリラックスできたような気がした。部屋に入って座椅子に腰を下ろすと、すぐにウトウトしてしまった。
トントンというノックの音で目を覚ます。まあ寝ていたといってもせいぜい十分か十五分程度のことだろう。目を擦りながら返事をすると、女将さんが失礼しますと入ってきた。夕食の時間らしい。手際よく準備を始める。
しかしさっきから女将さんばっかりだな。仲居さんとかはいないのだろうか?宿の女将といえば仕事もたくさんありそうだが⋯⋯
「女将さんがひとりでこういうこともされるんですか?」これも取材と思って聞いてみた。
「いいえぇ、今日はたまたまお客様だけしかいらっしゃいませんのでね」女将はそう答えると取り繕うようにオホホホと笑った。
そういえば土産物屋のユキエさんもここまでは客がやってこないと嘆いていた。怪異の類ばっかりだ、と。たしかにバスで通り過ぎてきた有名なほうの温泉街は活気があるように見えた。この宿も、歴史はあってもきっと経営は苦しいに違いない。
自分などは幽霊が出るとなればそれを面白がるだけで済むが、このようなお仕事の方たちにとっては死活問題である。オカルト話をあまり広めるのも考えものだと、自戒も込めて思った。
そうこうしている内にテーブルには御膳が整いつつあった。これはすごく豪華な夕食だ。魚介を使った鍋料理を中心に、肉料理や郷土料理がズラリと並ぶ。いや、これはちょっと⋯⋯豪華すぎるような。予約したサイトに載っていたのはもう少し控えめだったと思うが。
「うわあ、すごい料理ですね」僕は心からそう称賛した。
「ありがとうございます。でもこの時期でございますでしょう?山海の幸をふんだんに、というわけにもいきませんで、ありきたりなものになってしまいました。春先だったらもっと、このあたりで採れる山菜などをお出しできるんですけどねえ」
「いえいえこんな美味しそうなものが出てくるなんて、期待以上ですよ」
「そう言っていただけるとウチの板長も喜びます。お味のほうも自信を持っておりますので、どうぞお召し上がりください」女将さんはそう言い終わると、思い出したみたいに軽く手を打った。「ああ、いけない、お飲み物を伺ってませんでしたね。おビールでよろしいでしょうか?地酒もありますよ」
「いや、僕は残念ながら下戸ですので、お茶かなんかいただけますか?」
なぜだろう?そう言うと女将さんは少し寂しそうな顔をした、ような気がする。まあ気のせいか。
すべての用意を整えたあと、それではごゆっくりと女将さんは去っていった。僕は美味しそうな料理を前にして、やっぱりみんなで来たら楽しかっただろうな、と部員たちの顔を思い浮かべていた。




