第17話―5 ノンビリ湯けむり露天風呂
食事の前にひとっ風呂浴びておこうと、僕はさっそく温泉に向かうことにした。浴衣に着替え、持ってきていた巾着袋に下着とタオル、お財布。あとはスマホを片手に部屋を出る。資料になるかもしれないので廊下の様子から撮影することに。
ジンバルをつけたスマホを構えながら階段を下りる。うん、やっぱり十四段だな。どこにも異常は見られない。さっき受け付けをしたフロントのあるロビーに出て、その全景をカメラに収める。女将さんは見当たらない。裏で仕事をしているのだろう。
「ねえねえ、なにしてるの?」
真後ろからふいに声をかけられて、一瞬ドキッとする。さっと振り向くとそこには誰も⋯⋯いや、視線を落とすとそこには女の子がいた。小学校の低学年くらいだろうか?きれいに切りそろえられた黒い髪に、シンプルな柄の着物と、その上にちゃんちゃんこを着ている。
「ああ、こんにちは」僕は身を屈めて挨拶した。「この建物があんまりにも立派だからね、ビデオに残しておこうと思ったんだよ。君はこの宿の子?」
少女は嬉しそうにはにかむと、「うん、そう」と返事をする。それから急に駆けだしてロビーの奥へ。僕がそちらへまた向き直ると、思い出したみたいに立ち止まり、クルッと翻ってニッコリ笑ってお辞儀した。客に対する作法としてそうするように躾けられているのだろう。愛らしい仕草だ。僕は手を振ってそれに応えた。
浴場は少女が消えていった先にあった。男湯と女湯の暖簾がかかっている。もちろん男湯の方をくぐった。中は意外と広い。木製のロッカーと使い込まれた風合いの籐製のカゴがあった。他にお客はいないとはいえ、お風呂場を撮影するのはマナー違反なので、スマホと財布はロッカーに入れた。着替えはカゴのなか。服を脱いで浴室へ。
お風呂も広く、古びてはいるものの趣がある。やはりこの画は撮っておきたいと思った。撮影していいか、あとで女将さんにでも聞いてみよう。洗い場で身体を清めたあと、誰もいない広々とした湯船に浸かる。白濁した柔らかいお湯。温度は熱すぎず、ぬるすぎず。あ~いい気持ちだ。頭を背後の壁に預けて目を閉じる。ピチョンピチョンと天井から水滴の落ちる音がする。静かに深呼吸して立ち昇る湯気を吸い込んだ。
しばしそうやって旅に疲れた身体を温め、そういえばと思い出して立ち上がる。女将さんの話では、露天風呂もあるはずだ。浴場から外へ続く扉があった。そこをガラガラと開く。冷たい外気がほてった肌に心地いい。
こちらの湯船もいい感じだ。石組みの、イメージ通りの露天風呂。真ん中の大きな岩はもしかしたら女湯との仕切りだろうか。むこうの様子はわからないが。まあお客は僕だけみたいだし、気楽なものだ。手足を伸ばしてゆっくり浸かる。
露天だからって景色がいいとかそういうわけではないけれど、やはり天井がないのは開放感があっていい。身体に溜まった悪いものが湯のなかに溶けだしていくみたいだ。この温泉だけでも旅に出た甲斐があったなと思った。
温泉を思いっきり満喫し、少し湯当たりしたのか、ぼんやりした気持ちで風呂場をあとにした。帰り道、売店で牛乳を飲む。待っていた女将さんに「お風呂上がりのお飲み物でもどうですか?」と声をかけられたのだ。「そうですね」と同意した僕に、彼女は目を細めて微笑んだ。




