第16話―8 おまえの空手をみせてやれ
「まあまあ先輩、きっと大丈夫ですよ。多少汚されててもコリンはコリン、私たちは優しく受け入れてあげましょうよ」円は暗く沈んだ表情の弥幸にこのような言葉をかけた。これで励ましているらしい。それから円は弥幸の背中をバシッと叩き、「さあコリンちゃんは車で来るそうですから、通りに出て待っときましょう」と促した。
満面の笑みで先頭に立つ円。その後ろには重い足取りの弥幸と、心配そうに様子を窺う省吾が続く。円はもう完全に焼肉の気分だった。ベストな肉のローテーションを頭のなかで組み立てている。まどかの焼肉の流儀も見せてやろうじゃねえか!うおォン俺はまるで人間火力発電所だ!
迎えにいくのは凛子なのか、それともパンパンの(ダブルミーニング)財布か。財布だな、財布財布。これが善意のつもりなのだからタチが悪い。
取り憑いた霊を祓ったあと、正気を取り戻した凛子にパパ活の記憶はあるまい。これを皆で黙っていればなかったことと同じになるだろう。しかし懐には分厚いお小遣いが残るはずだ。これをうまいことチョロまかして、せめてパーっと栄養に変えてやろうという趣旨だった。完璧な除霊プラン、アフターフォローもバッチリ!
夕方になって増えてきた繁華街の人通りを、物怖じもせずにかき分けていく。円がイメージする繁華街は天敵であるギャルやパリピ、あと真島の兄さん的な人々が跋扈する恐ろしい場所であったはずだが、タガの外れたいまの円には関係なかった。自分はここに仕事で来ている!それに荒事は空手バカに任せておけばいい。
そろそろ車の走る通りに出ようかという地点でそれは目に飛び込んできた。円の欲に濁った瞳はその姿を見逃さない。そこには目的の財布⋯⋯もとい凛子が立っていた。しかしなんということだ、男2人を連れているだと !? しかもあの見た目、間違いなくホストというやつではないか!
想定外のことだったが久々登場の円のスーパーポンコツコンピューターがすぐさまストーリーを補完する。なるほど、なぜ援交霊はいまだに援交をするのか?それはもちろんホスト通いのためだ。死してなお、ホスト遊びに未練があって、それでコリンの若い肉体を欲したのだ。となるとこれから同伴で店に行って、コールを受けてのシャンパンタワー、稼いだ金はぜんぶヨイショ♪ヨイショ♪と放出してしまうだろう。
阻止せねば!
「有明くん、ほら見て!コリンが悪い男たちに囲まれてるよ」悪い女が省吾に言った。行けとは言わない。暴力が問題になったら困る。でも行くよな?行かないとマズイよな?と暗に含めた。
省吾にその意図が伝わったのかは不明だ。しかし先に足を踏み出したのは弥幸だった。弥幸は凛子のもとへ駆け寄ると間に割って入る。
「このコは僕の連れなんだ。遠慮してもらえるかな」弥幸は堂々たる態度で凛子の前に立った。
「あっ、みゆきせんぱ〜い」ようやく出会えた王子さま。それもこんなシチュエーションで、祈ったままに。凛子の胸はドキドキ高鳴った。動悸息切れ目眩などの諸症状でフラフラっと弥幸の背にもたれかかる。その瞳からはハートが無数に飛んでいった。
「さあ、行こうか」弥幸は凛子を庇いながら身を翻し、円たちのいる方へ。
こんな超絶イケメンに迎えに来られてしまえば、普通は引き下がる他ないだろう。ところがこの男たち、かなり調子に乗ったヤカラであった。
「おいおい、勝手に話し終わらすんじゃねえよ」そう言って弥幸の肩を掴んで振り向かせると、軽くではあったがもう片方の拳で弥幸の顔面をガツンと打った。
思わぬ攻撃によろめく弥幸。飛び出す省吾。固まる内弁慶まどか。そして――神聖不可侵たるそのお顔を傷つけられて凛子の怒りが一気に頂点へブチ上がった!怒髪天を衝くとはこのことか、鬼の形相が浮かびあがる。
その時、不思議なことが起こった。
凛子のなかの乏しい闘争のイメージが、これまで見てきた空手バカ有明省吾の動きと重なった。凛子の肉体は無意識に、自身も一度食らったことのある省吾の中段正拳突きをトレースしていた。スピード、タイミング、股関節の動きや手首の返しに至るまで、細部にも行き届いた完璧な一撃が、殴った男の腹部に突き刺さった。
「スゴい⋯⋯」省吾が思わず立ち止まる。ホンモノ空手バカの目にもそれは見事な打撃だった。あのモノマネ空手バカなど足元にも及ばない。
食らった男は崩れて膝立ちになり、盛大に吐いている。それからその己の吐瀉物の上に倒れ込んだ。
周囲には人だかりができていた。スマホで撮影している者もいる。これはヤバいな。察知した円は今度こそ省吾に指示を出した。
「とりあえずズラカルぞ!アイツラ連れてきて!」
それに即座に反応した省吾は、すぐに駆け寄って弥幸を介抱し、いまはちょっと正気かどうかわからない凛子を抱えあげる。取って返して円に合流すると、一行は脱兎のごとくその場をあとにした。




