第8話―番外編 村上竜一ナイト 前編
いますぐにでも飛び出そうかという勢いだった円と省吾の歓迎会は、英依が夜じゃないと来れないというので、仕切り直し。夜の19時に集合ということになった。オカ研メンバーは一度村上に別れを告げ、部室へと戻っていった。
ひとり武道場に取り残された村上はこれから厳しい空手部の部活が始まるわけだが、もうそんな場合ではない。早く帰宅して夜の準備をしなければと、なんとか抜け出す段取りを考える。その時ズキンと脇腹が痛んだ。これだッ!
「あーイタタタタ、あーイテえなあ、こりゃちょっと今日はムリっぽいなあ」大げさに声をあげ、腹をおさえて蹲る。
それで他の部員たちが心配して駆け寄ってくる、なんてことはなかったが、これは別に村上が嫌われているということではない。ただ全員がまたか、と思っただけだ。こうやって下手な芝居をして稽古を抜け出すことは村上の日常茶飯事であった。
弥幸は村上を紹介するとき、空手部エースと併せて次期主将候補と言っていたが、それは本当だろうか?かなり疑わしい発言である。村上の空手に賭ける想いは本物だが、このムラっ気のある性格だけがネックだった。こんなのを主将にしてしまっては下の者に示しがつかない。それとも立場が人を作るのか?空手部の明日はどっちだ?
とにかくこの日、村上は負傷を理由に練習を軽めで切り上げ、さっさと帰宅した。そして寮の自室に戻るとすぐ、友人の部屋を訪ねた。今夜着ていく服を借りるために。基本タンクトップしか持っていない村上の装備ではこの一世一代の決戦を迎えるに心もとない。寮のオシャレ番長と名高い彼の助けが必要だった。
彼はレスリング部員だが、幸い?いまはケガをしていて自室で寝ていた。村上は事情を話し助力を請うた。ちょうど退屈していた彼は、ピョコピョコ片足で跳ねて自分のコレクションを出してやった。村上に指示を出しながらあれこれ検討する。
うん完璧だ、とオシャレ番長のお許しが出た。村上にはそれがどう完璧なのか判断はできないが、彼がそう言うのならそのとおりなのだろう。なにせ彼にはこの寮で暮らすムサい男たちのなかで珍しく、長く続いている恋人がいるのだから。実績に裏打ちされた信頼なのだ。
「じゃ、この借りはいずれそのうち精神的に⋯⋯」オシャレ村上隊長はそう告げて意味深に笑い、番長と別れた。
寮のエントランスに設置されている大きな鏡に自分を映す。服に着られている感がなきにしもあらずであったが、少なくともいつもの黒タンクトップよりはずっと現代の大学生風である。似たような体格のオシャレ番長の服なだけに、自分にもよく似合っているような気がしてきた。
ウンウンと鏡の自分に頷いて、ニッコリ笑う。鏡のなかからその動作がそのまま返ってくる。これならイケる!村上は確信した。今夜こそはやってやる!やってやるからなあ!村上は胸のうちで力強く咆哮するのであった。
おいやめろ、いったいなにをやろうって言うんだ。これは健全なオカルト青春譚だぞ !? 地の文の心配をよそに、村上の瞳はギラギラと熱っぽく輝いていた。




