第8話―8 激突!空手バカ vs 空手部エース
「なんか⋯⋯だいぶ大きさ違うよね」試合場で対峙するふたりを見て凛子がボソッと漏らした。
たしかにこうやってなにもない空間にふたりだけが立っていると、その体格差が際立って見える。10キロは確実。下手したら20キロくらいは違うのではないか?円は省吾のことをガッシリ体型と思っていたが、いま村上と向かい合っている彼は細く、頼りなく感じられた。
「あれくらいの体格差で試合するのって普通なんですかね?」円は不安になって弥幸に問いかけた。
「ウ~ン、どうだろ?わかんないけど⋯⋯」弥幸は首をひねる。「さっき村上くんは重量級で、有明くんが中量級って言ってたよね。階級が分けられてるってことはそれだけ有利不利があるってことだよね」
そりゃあ省吾は熊との闘いも想定している空手バカだが、とはいえこれは厳しいのではないかと円には思われた。なにせ相手は空手部のエースだ。技量が同じくらいなら体格の差が物を言うだろう。円は弥幸の話でさらに不安がかき立てられた。
「時間はどうする?MMAに倣って5分3ラウンドくらいにしとくか?」村上が尋ねる。
「いえ、"己のプライドがルール" ということなら、お互いが納得いくまででいいんじゃないでしょうか」
省吾の返答がツボをついたのか、本当に楽しそうな笑顔を見せる村上。
「ならウォーミングアップもなしでええか。最初から真剣勝負といこうや」そう言うと中央で礼をして距離を取った。
礼を返した省吾も反対側へ距離を取る。試合開始のゴングはない。互いが目を合わせ、頷くと、それが合図だったのか構えを取って間合いを詰めた。村上が差し出した左手に省吾が左手を触れる。円たちにはわからないが、敬意を示すグローブタッチである。
自分の強みを知っているのだろう。村上は大きく両手を前に突き出したオーソドックスな左前の構え。ドッシリとしていてどこか雄大さを感じさせる。一方の省吾は、こちらもオーソドックスにドッシリと構えている。
セオリーどおりなら小兵である省吾がよく動いて相手の間合いを外し、正面に立たないようにするべきである。しかし省吾は村上の動きに合わせて立ち位置を調整するくらいで、ステップも踏まない。時折村上が様子見で繰り出してくる左ジャブを手で叩き落としたり、かわしたりしている。
省吾のほうからはあまり手を出さない。ちょっと牽制程度にジャブや低い蹴り――すねの外側を狙うカーフキックを数発出した程度。動きがないまま最初の1分を経過した。
ちょうどその頃、なにか珍しいことをやっているのに気がついた空手部員たちが試合場に集まってきた。人数的には円たちより少し多いくらいだが、ホーム側の観客である。事情はわからないままに村上に対してヤンヤヤンヤと檄を飛ばしている。
それに後押しされたのか、それとも予定通りかは知らないが、村上の動きが変わった。一気に間合いを詰めると、省吾を呑み込むような激しい突きの連打を見せる。
なんとかガードを固めて急所へのクリーンヒットは回避する省吾。しかし徐々に後ろへ下がっていく。とうとう試合場を表す線の角にまで追いつめられた。別にロープがあるわけでなし、そこから出ても文句を言う者はいない。しかしこの勝負は "己のプライドがルール" である。省吾は誇りにかけて、そこに踏みとどまった。
素人目に見ても明らかな劣勢にある省吾。円はこれまで彼のそんな姿を目にしたことがなかった。いつもなんでそうなるかわからないままに怪異を打ち倒してきたのだ。初めて目の前で見る生身の人間同士の格闘に怯みながらも、円の心のなかには不満が積もってきていた。
なんで手を出さないんだ?いつものようにバシッとやっつければいいじゃないか。なんだ結局人間相手だとそんなもんなのか!理不尽な怒り。相手側で空手部員たちが盛り上がっているのがまた腹立たしい。こういうものに慣れていない弥幸も凛子も、そして自分も、応援とか言いながらひと言も発せられないでいる。
もう円の我慢は限界だった。ついに彼女は無意識のまま立ち上がると大きな声で怒鳴りつけた。
「どうしたぁ省吾ぉ!もういいからはやくぶっ飛ばせッ!」
その声は省吾の耳にたしかに届いた。彼は勝負を決めにきた村上の渾身の右ストレートに合わせるように、左のボディブローを相手の脇腹に突き刺した。村上はヨロヨロと後退し、その場に蹲る。省吾は追撃はせず、残心の構えを取った。村上はもう無理だとばかりに仰向けに倒れ込み、手を振った。
勝負ありッ!空手バカ有明省吾の見事な一本勝ちだった。




