第8話―6 空手チャンプ有明省吾
「やっぱりそうか!」村上は大声をあげ、ニコッと笑みをこぼした。「いやあ、あの時、俺も重量級で出場しとったんよ。中量級で初出場の16歳がどんどん勝ち上がっていくの、横で見とったんだ」
「そうだったんですか」省吾は表情ひとつ変えずに相槌を打つ。
「まあ俺は2回戦で負けたからのんびり眺める余裕があったんだがな」村上は自嘲気味に笑い、頭を掻いた。「そうそう、たしか準決勝だったか、あんたボディへの突きで一本勝ちしたよな?その一撃で相手立てなくなって。防具の上からなのになんて浸透力だって驚いたよ」
「ああ、あれはすごくいいタイミングで技が入っただけで⋯⋯」
「ちょっと、ちょっと待って」マニアックな会話を続けようとするふたりに弥幸が割って入った。
よしいいぞ、と円も声援を送る(送らない)。現状まったく話の内容がわからない。そもそもその、なんとか空手というのが初耳だった。まあ円の格闘技知識なんてネットでミーム化している刃牙関連を知っている程度ではあるが。空手って神心会だろ?独歩ちゃんの。
「話がぜんぜんわからないからさ、その⋯⋯硬式空手?っていうので有明くんが日本一ってことだよね?ねえねえ、ちょっとすごすぎでしょ!さすが有明くん」弥幸はまるで自分のことのように喜んでいる。
「いえ、全国といってもそれほど規模の大きな大会じゃないので」省吾は首を横に振った。
「まあな、硬式空手はマイナー競技ではあるから、競技人口はそれほどでもない」村上も補足する。「だがな、全国優勝となると、これはもう生半可なレベルでは到達できんことだよ」
「その空手はどんなルールなの?当てるんだよね?オリンピックのとは違うよね」もうすっかり興味津々の弥幸がさらに尋ねた。やはり弥幸も男の子、格闘技に熱くなったりもするのだろう。
「ああ当てる」村上もその気分にあてられたか、得意そうに答えた。「防具を着けたうえで、だけどな。顔と胴に防具を着けて、手には専用のグローブ着用で殴り合うんよ。基本はポイントの取り合いだけどな、直接当てるからたまにKOもある」
隣で聞いていた凛子はうわぁという表情をしている。どうやらこのギャルはオバケだけじゃなく、そういう暴力的なのも苦手らしい。一方円はというと、先ほどのわだかまりは脇にどけ、血なまぐさい刃牙の地上最強トーナメントをイメージしてちょっと盛り上がってきていた。
「そんなのの日本一ってヤバいでしょ!」弥幸の称賛は止まらない。「いやあ有明くんの空手、普通じゃないとは思っていたけどそこまでなんてなあ。さすがだよ有明くん!」
「いえ、それほどでも」さすがにここまで褒められれば省吾も悪い気はしないのだろう。謙遜しながらも、少し口元が綻んでいた。
「しかしあんた、それから大会には出てこんかったな。ケガでもしたんか?」村上は急に真剣な顔になって省吾をまっすぐ見据え、そう問いかけた。
「いえ、そういうわけではありません。実は⋯⋯」
省吾によると、その当時修行の一環でさまざまなルールの大会に出場していたのだという。オープン参加が認められているものなら、寸止め、顔面なしのフルコンタクト、防具付き空手各種などなど、空手と名の付く大会には片っ端から出場した。硬式空手は地区大会で成績を残したことで推薦されて全国大会に出場することになった。
そこでたまたま運よく優勝できたが、この競技を続けるというわけでもなかったので、それを1つの区切りに、以降はすべての大会から身を引いたということだった。
「硬式空手は面白い競技でしたが、私の理想とする空手からは少し外れていたんですね。やはりあの防具というのはちょっと違う。スーパーセーフ面を着用しての闘いは間合いなどが素面の実戦とは異なりますし⋯⋯」
長々と続く省吾の説明にもうついていけなくなった円は、話を聞き流しながらだいたい理解したことについて考えた。ということはコイツは、専門でもない大会に出て、あっさり優勝かっさらって消えていったわけか。なんだそれ、伝説の男じゃねえか。どこがボッチの空手バカだよ!脇にどけておいたわだかまりがまた戻ってきた。
「なら怪我もなく、いまも空手を続けているわけか⋯⋯でもなんでこんなところにおるん?オカルトが好きなんか?」村上は当然浮かんでくるであろう疑問を口にした。
「いえ、それは⋯⋯」省吾は困ったような表情で円を見る。
おいおいこっちを見るんじゃねえ!と円はプイと顔を背けた。これはわだかまりからというよりも、村上と絡みたくない一心での行動である。しかし省吾は急に顔をぶたれたようなショックを受けた。
「こんなところってのはヒドいなあ」弥幸が絶妙なタイミングで苦情を入れる。
村上は「すまんすまん」と苦笑しながら手刀を振って謝った。「まあそれはいいわ。ここで会ったのもなにかの縁だ。有明くん、ちょっとうちの空手部に遊びに来んかの?あの日あんたの試合を見てから、一度手合わせをしてみたいと思っとったんだ」
その空手部エースの誘いに、省吾は臆することなく「いいですよ」と応えた。




