第8話―5 空手部のエース現る!
(え、誰 !? )突如現れた見知らぬ大男に動揺を隠せない円であったが、だからといってできることなどなにもない。ただ静かに息を潜めた。そんな円の気持ちなどお構いなしに、大男はズケズケと室内に入ってくると、机を挟んで弥幸の対面、凛子の左斜め横の位置に椅子を引き出し、ドッカと腰を下ろした。
「ん?村上くん、今日はどうしたの?」こんな粗野な人物にも朗らかに話しかける弥幸。どうやら知り合いではあるようだ。
「いやな、ちょっと後期の授業のことを相談しようと思ってな」村上と呼ばれた男は意外と真面目そうなことを言う。
そのやり取りを聞いて、円は一応最大級の警戒態勢は解いた。おそらく弥幸の同級生なのだろう。人物的に円の好みからは遠いようで、いささか危険な気もするが、どうせ自分には無関係な人物だからと無視することにした。しかしそうは問屋が卸さない。だって社交と気遣いの人、三浦弥幸がいるのだから。
「あ、みんな、こちらは僕と同じ学部の同級生、村上竜一くん」と弥幸は円の望まぬ紹介を始めた。「彼は空手部のエースで次期主将候補なんだよ」
空手部と聞いて円の脳裏にあの大学初日の記憶が蘇った。たしかあの日、空手部のパフォーマンスに気を取られていて、省吾にぶつかったんだった。そういえば瓦割ってたヤツは大男だった気がするな。さてはコイツか?円が思いを馳せている間も迷惑な弥幸の紹介は続いている。
「それで村上くん、このコがうちの新入部員のコリンちゃん」そう言って弥幸は凛子を両手で示した。
「コリンで〜す♡よろしくおねがいしま〜す」さすがは凛子、キラキラ☆ギャルである。このような社交などお手のもの。相手が弥幸の友人とあらば、特に念入りに愛想を振りまいておこうという算段だ。
しかし村上は眉ひとつ動かすことなく、小さく会釈を返しただけだった。さすが空手部、心まで鍛えられている。
「あとこっちのふたりが最近いっしょに活動してくれている1年生の神谷円さんと有明省吾くんね」弥幸も変わらぬニコニコ顔で円たちへも玉を飛ばしてきた。
紹介されてしまっては無視することもできず、円は「ども」とだけ言って不器用に首を動かした。省吾はすっと立ち上がると「有明です」と言って深く礼をする。またもや円の無礼さが際立ついつもの対比である。
省吾の挨拶を受けて自分も立ち上がり礼を返そうとする村上。第一印象を上書きするようなその態度に、円はただ粗野なだけの人じゃないのかと少し評価をあらためたのだが⋯⋯なぜか村上はお辞儀の途中でピタッと止まり、省吾の顔を凝視している。
おおっ、これはアレか?ガンつけてんのか?強者が強者を知るみたいな?空手家同士なにか通じるものがあったのだろうか。これは龍虎相搏つ的展開が来るか!と円はワクワクしながら見守った。
「あんた⋯⋯以前硬式空手の高校生の部で全国優勝しとらんかったか?」村上はそう尋ねると姿勢を正し、返答を待った。
省吾は特に考えることもなく「はい」と返す。まっすぐに村上の目を見つめている。
弥幸も凛子も全国優勝のくだりで「えッー!」と驚いていたが、ここで一番動揺しているのは間違いなく円であっただろう。なぜか円の胸がチクリと痛んだ。そんな知れば誰もが認めるような実績を省吾が持っていたなんて⋯⋯
省吾の空手が並でないことはこれまでの付き合いで円も感じ取っていたところだ。だがそれでも、これは空手バカの執着で身につけた異能であると勝手に解釈していた。映画『七人のおたく』のウッチャン的なやつなのだろうと。全国優勝だなんてそんな⋯⋯そんな⋯⋯雲の上の人じゃねえか!
ギリギリと無意識に奥歯を噛み締める。これはひどい裏切りだ。ハッキリそう考えていたわけではないが、円の胸にはそれに類するわだかまりが生まれていた。




