第8話―3 人見知りまどかと弥幸の疑問
部室の前に来ると、またも円は省吾の背に隠れ、ドアを叩かせた。すぐに聞き慣れた柔らかい響きの声が返ってきたが、それでも気を抜かず、省吾を盾に部屋へ突入する。
「あ、いらっしゃ~い」そんな不審な動きをする円にも優しく声をかけてくれる弥幸。こんなイケメンはそうはいないというのに、円は弥幸に少し慣れては元に戻る、またしばらく付き合って慣れては元に戻るというのを繰り返している。人見知りここに極まれり、である。
「お久しぶりです」省吾はそう言って深くお辞儀をする。円もあとに続いてヘコヘコと首を動かした。
「ふたりとも夏合宿以来じゃない?なんか忙しかったみたいだね」弥幸は朗らかな表情でそう問いかける。円が断る口実についたウソの数々を微塵も疑っていないようだ。その澄んだ瞳が円の罪悪感を刺激する。
「ええ、まあ⋯⋯」円はやっとそれだけ返すと、愛想笑いのつもりで口角をニッと持ち上げた。
「英依さんとは一回なんかやったらしいね」弥幸はそう言ってちょっとほっぺたを膨らませた。なにか不服なようだ。
おいおいそんな仕草、成人男性がやってかわいいとかどういうこったよ、なんなんだよこのイケメンはよお!と思いながら、またも円は「ええ、まあ⋯⋯」と曖昧に答えた。あの日のことについて弥幸に話してもいいものだろうか?あの芦原英依先輩が自分たちだけを選んで招集したということは、他には秘密ということではないか?ここは慎重に対応しなければならない。
「はい、芦原先輩の実験にお付き合いしました」省吾がすんなりと漏らしてしまう。おい、おま、ちったあ考えろやと円は省吾の横顔を睨みつけた。
「えー実験 !? なにそれ、すごく気になるなあ。どうして英依さん呼んでくれなかったのかなあ」弥幸は大げさに天を仰ぎながら嘆いた。
いやたしかに、なぜあの実験で弥幸をハブったのかはいまもよくわからない。コリンについては危険だからとわかりやすい答えが返ってきたが、弥幸については言葉を濁しただけだった。いいのか?あの日のことを話してしまっても。いや、下手なことしたら相手はあの英依だ。ここは慎重に⋯⋯
円が対応について頭を悩ませていたちょうどその時、ノック音がした。反射的な弥幸の「は~い」という返事と同時に、「みっゆきせんぱ〜い」という能天気な声。キラキラ☆ギャル|のコリンちゃん、和道凛子が現れた。
「お昼食べましょ〜」そう言う凛子の手には、かわいらしいピンクの巾着袋がふたつ握られている。
この手のことには鈍い円だが、これにはすぐにピンときた。コリンめ、さては弥幸に弁当を作ってきたな。ランチタイムにしっかりアピールしていこうという腹か。ずいぶんかわいらしいことで。円は皮肉っぽくそう考え、凛子を見てニヤリと笑う。
凛子は思わぬ天敵がそこにいることに気がついてギョッとした。しばらく見ないから安心していたというのに、思い切って初めて弥幸の弁当を作ってきた日に限ってこれだった。なんでコイツこんなにタイミングが悪いのよ、と円にキツい視線を飛ばした。
「あっコリンちゃんおつかれ〜」弥幸はそんな凛子の心情も知らず、いつものように声をかける。「お弁当作ってくれるっていうから楽しみにしてたよ〜ホントありがとね〜」
その言葉を聞いただけでもう一挙に気持ちが舞いあがってしまう凛子。もはや彼女の瞳には弥幸以外の者など映ってはいない。「いやあ、昨日お弁当用に仕込みすぎちゃって〜」などと、用意していた言い訳をつらつらと述べながら、弁当の片方を弥幸にしっかり手渡した。
「うわ~どんなのかなあ、楽しみ〜」弥幸は無邪気に喜んでいる。そして蓋を開けるその前に円と省吾に尋ねた。「ふたりともお昼はどうするの?⋯⋯え、持ってきてる?じゃあまずはみんなでお昼ご飯にしようか」
それを合図に円と省吾も荷物からゴソゴソ持ってきたものを取り出した。新学期初日、オカ研の楽しい楽しいランチタイムのスタートである。




