第8話―2 まどか、待つ
後期のガイダンスを受けたあと、円はサークル棟までやってきた。おなじみの超常現象研究会、通称オカ研へ顔を出すために。しばらく間が空いたので気後れするが、これ以上疎遠になってしまうことへの危機感もあった。それに、後期授業の履修について、面倒見のよいオカ研会長・三浦弥幸のアドバイスがもらえるのではないかという、実利的な目論見もあるのだ。腹黒まどかである。
もちろんひとりで訪れるのは不安なので省吾と待ち合わせをしていた。昼食は部室で食べようと勝手に決めていた。棟の入り口まで来ると、まだ省吾は来ていない。
円はなるべく人目につかないよう、隅の方に隠れながら省吾が来るのを待った。彼については一昨日の夜に会ったばかりなので気楽なものだが、その時最後にちょっと微妙な雰囲気になったことを思い出す。省吾らしからぬ、どこか含みのある態度だった。
いっしょにオカ研に入部してくれるかと円に頼まれた省吾は困惑した表情で言葉を詰まらせ、しばらくなにも言わなかった。心霊スポットであることとは無関係に重い空気が立ち込めたが、円はジッと返答を待った。ぶっちゃけ彼女は省吾をなめているので、断られるとは考えていない。なぜ即答しないのだろうと不思議に思っていた。
「私はオカ研に入部してもいいのでしょうか?」省吾は時をおいてようやくこう話し出した。
なにを言っているのか円にはイマイチ理解できない。またなにか空手と関係のある理屈でもあるのだろうかと首を傾げた。
「なんで?」仕方がないので円はシンプルにそれだけ尋ねる。
「私には神谷さんや三浦先輩のような心霊現象に対する知識も、情熱もありません。芦原先輩みたいなこともできません。私のような中途半端な人間が入部してよいものなのでしょうか?」
「は?なに言ってんの?」円は省吾の言い分を聞いて真向から否定する。コイツなに?そんな意味わかんねえこと考えているのか。「知識とか情熱とかそんなの関係ないでしょ。コリンを見なよ。あいつにそんなものあると思う?」
「しかし、りん⋯⋯コリンさんには霊を呼ぶ才能がありますし、先輩たちともとても親しくしてらっしゃいます。オカ研におおいに貢献していかれるのだと思います。しかし私は⋯⋯」
霊を呼ぶ才能って、そんなのねえわ。あんなの勝手に取り憑かれてるだけのイタコリンじゃないか、と円は思った。そんなのより省吾のほうがずっとすごいことができるじゃないか。円はこのへんで省吾が真剣に悩んでいることに気がついた。これはマズいぞとこちらも真剣に説得する。自分が省吾抜きでオカ研に参加するなど考えられない。
「有明くんだって空手でオバケと闘えるじゃん。なんでそんなことで悩んでるのか、もうぜんぜん意味わかんないよ!」
「しかし、私はこんな、空手もオカ研も中途半端な状態でいいのかと⋯⋯」省吾はもうずっと暗い顔をしている。月明かりだけだからというわけではない。彼の表情は苦悩に歪んでいた。
「いつもの有明くん見て、中途半端だなんて思う人はいないよ!それともアレ?こうやって探索するの嫌になったの?もう空手に戻りたいの?」円の語気も荒くなってきた。
「そういうわけではないのですが⋯⋯」
「もういいよ!ちゃんと考えといてよね!」円はついに面倒くさくなって投げ出した。それでも最後に本音をひと言、勇気を出してつけ加えた。「私は有明くんがいないと心霊スポットなんて怖くてしょうがないんだからね!しっかりしてよね!」
顔を上げると省吾がこちらへ向かって早足でやってきていた。円の視線に気がついて、手を上げるとダッと駆け出した。すごい瞬発力で距離が一気に縮まり、もう目の前にいる。
「おつかれ〜」省吾にだけは気さくな円。この前の衝突のこだわりも見せない。
「おつかれさまです」省吾はハキハキ返すと丁寧に頭を下げる。「三浦先輩はもう部室にいらっしゃるそうですよ」
「え、なんでそんなこと知ってるの?」円はキョトンとして省吾を見つめた。
「LINEで確認しました」省吾はなんでもないことのように答えた。
(コイツそんなこともできるのか⋯⋯)円はショックを受けていた。事前に相手の予定を確認するだなんて、そんな社会性を省吾が備えていたことが信じられない。お前、私より馴染んでるじゃねえかと、胸のうちでブツブツ言いながら、円は先に立ってサークル棟の中へ入っていった。




