第8話―1 夏休み最後の探索
「なんかここハズレだったね」神谷円はそう言って足元に転がっていた空き缶を軽く蹴っ飛ばした。「あ~あ、ついに連勝記録ストップだよ」
後ろに立ってまだ周囲を警戒している有明省吾は、そんな円のボヤキを聞いても表情ひとつ変えない。
「連勝していたんですか?」表情を変えないというよりはなにを言っているのかわかっていなかったようだ。
「そうだよ」円は省吾に向き直って続けた。「だってこうやって心霊スポット探索始めてから毎回オバケとか変なのと遭遇できてたじゃん。大学に入ってからずっとうまくいってたのにさあ」
どうやら円は6月に省吾と出会うまでの記憶は消去してしまったようだ。あの、昼食を食べるのにも学内を独りさまよっていた憐れなボッチ少女がなにを言っているのか。とはいえ、彼女にとって以降の日々がそれほど輝いていたということだろう。寂しかった日々を全部吹き飛ばしてしまうほどに。
「たしか、ひとりかくれんぼ⋯⋯でしたっけ?あれの時も不発だったのでは?」省吾がめずらしくまっとうな問いを発する。
「えっ?あんなのノーカンだよノーカン。だって実家だよ?心霊スポットじゃないんだからさあ」そう弁解しながらなにか思いついたのかニヤッと笑った。「そうだ、あれだってコリンのとこには出たんだからさ、成功だよ成功!連勝記録続いてたんだよ!」
「ああ、そういえばそうでしたね。連勝中でした」省吾は円のいいかげんな言い分にも素直に丸め込まれてしまう。本当にそれでいいのか有明省吾!なんなら空手仕込みのツッコミをキツめに入れてもいいんだぞ!
もちろん省吾はそんなことはしない。ムダ口を叩きながら出口へ向かって歩いていく円の後ろを気を抜くことなくついていく。ボディガードとしての役割は円と別れるまで続くのだ。
真っ暗な建物のなかから、少しだけ月明かりで明るい出口が見えた。そのままふたりは何事もなく外に出た。円はクルッと振り向くと、ヘッドライトの明かりを当てて朽ちかけた建物の全容を眺める。近場の心霊スポットとして知名度は中程度だが、けっこう客は来るようで、壁にはスプレーで無数の落書きが描かれている。
「はあ~見た目はすごくいい感じなのになあ」円はガックリ肩を落とした。「この廃ビル、けっこう体験談多いんだよ。女の霊を見たとか子どもの声を聞いたとかさあ」
「そう言ってましたね」
「でも来てみたらとんだ肩透かしだよ。せっかく夏休み最後の心霊スポット探索だったのに」円のボヤキは止まらない。
「でも久しぶりにふたりだけの探索だったので、けっこう緊張感ありましたよ」省吾は慰めるようにそう言った。
「まあね」円は頷いて同意の意思を示す。「初心に返ってふたりで探索しようって思いついたんだけどね。あ~あ、夏休みこれで終わりかあ」
初心に返る云々は円のブラフである。真相はまた少し時間が空いたことでオカ研の面々に連絡しにくかっただけなのだ。この期に及んでまだ見栄を張ろうというのか神谷円よ⋯⋯
「学校始まったらまたいろいろありますよ」省吾はまだ励ましてくれる。「それにほら、オカ研に入部するんでしょう?またみんなでどこか行くんじゃないですか?」
「⋯⋯ああ、うん、それなあ」円はどうも煮え切らない。「入部ねえ⋯⋯どうしよっかなあ。いまさらな感じもするんだよねえ」
「えっ、やめるんですか?」
「いや、やめるってわけじゃないんだけど、なんかねえ⋯⋯」どうやら円はまたコミュ障を拗らせているようだ。しばらくウンウン唸っていたが、それから省吾の方をジッと見て、こう問いかけた。「もし私が入部したら、有明くんもいっしょに入部してくれる?」
この円の問いを受け止めた省吾はなんとも言えない曖昧な表情で、しばらくなんの言葉も発することができなかった。




