番外編―エピローグ
再びランタンを灯すと室内がよく見渡せた。さっきたしかにあそこに存在していたはずの少女は、いかなる痕跡も残さず消え失せていた。
こうやって見ているとなんだか夢でも見ていたんじゃないかって気がする。あのコは本当にいたのだろうか?円はそう自問する。軽く下唇を噛んでみた。うん、痛い。夢じゃないな。
すぐに英依に話を聞いてみたいところだが、どうもそういう雰囲気ではなかった。英依はなにやら考え事をしながらノロノロ動いているし、省吾は黙々と机を元の状態に戻している。仕方がない、まずは片づけるかと気を取り直し、円もそれなりに手伝った。
表に出て、英依が入口の鍵を閉める。これでもう安心とばかりに手に持ったその鍵を振ってみせた。
円もそれでホッとひと息つけた。品行方正に生きてきた自分にはこういうのは緊張するなあ、と円は本気で思っている。認知の歪みというやつだ。
「じゃあ帰りましょうかね」英依はそう言うと前に立って歩き出した。
は?と円はその後ろ姿を見送る。
「いやいやいやいや」円は慌てて追いすがった。「さすがにそんなわけないじゃないですか。ちゃんと説明してくださいよ」
円の手が高い位置にある英依の肩にかかった。英依はそれで歩みを止め、クルッと振り返る。
「説明って言われてもねえ⋯⋯」英依は眉を八の字に寄せ困ったなあといった顔をした。「あんなの私にだってなにがなにやらわかんないわよ」
肩をすくめるながら両手のひらを上に向ける。いや、アメリカナイズな仕草やめろ!アメリカンポリスだからか!円もこれにはイラッとした。
「ならあれは?」円は諦めない。「あの黒い毛みたいなヤツでぶっ飛ばしたでしょ?あれって送り返す方法知ってたんですよね?じゃないとあんな女の子いきなり殴ったりしないでしょ」
「ハァ?、そんなわけないじゃない。たまたまよ、たまたま。たまたま最初に試してみたのが正解だっただけ。アレでダメなら他のを使ったわよ」
他の?他のってなんだ?どんなのが出てくるんだ。円の興味が英依の荷物に引っ張られる――いや、いかんいかん、それはあとだ。いまはそれよりも今回のことを⋯⋯
「でも、でも、え~と、あっそうだ!アレ、あのコが言ってたペペ⋯⋯なんとかリン様、あれってこの前の祠のでしょ?」
急いでスマホに残しておいた画像を開いて英依に突きつけた。 "遍露■遍露■■露隣命" これならもう言い逃れはできるメエ!
「あら、ホントにぃ?へぇ、ぜんぜん気づかなかった。円よく気づいたわね」英依は大げさに驚いてみせる。
なんて白々しい。この期に及んでまだシラを切るというのか。円はなにか追及できるヒントはないかと開いた画像に目を凝らした⋯⋯あっ!
「たしかあの時先輩言ってましたよね? "ペが足りないって" ほら、あのコが言ってたペロペペロ⋯⋯ぺぺペロリンって、この文字にあてはめたら足りないですよね、1文字!」
ついにたどり着いた証拠をダダーンと突きつけ、円は得意な気持ちで英依を見た。円はこの時すっかり忘れていた。目の前の人物がさっきの少女以上の危険人物であったことに⋯⋯
「本当にいいのね?」英依は静かに尋ねた。顔から一切の表情が消えていた。その黒く深い瞳がまっすぐに円の目を射抜いた。「それを聞いてしまったらもう引き返せないわよ⋯⋯」
円はゴクリと唾を飲み込んだ。全身が硬くこわばり、まったく身動きが取れない。額を粘っこい汗が伝う。そのまま英依と見つめあった。
「まあ覚悟ができたらまた来なさい」と英依は微笑んで身を翻した。あとは振り向くことなく去っていった。
まだ緊張が解けない円の肩に手が置かれる。後ろで一部始終を見ていた省吾だ。
「神谷さん、今日のところはこのくらいにしておきましょう」
身体が一気に脱力し、膝から崩れかけた。省吾はサッと円を支える。
「ああ⋯⋯うん、ありがとう」円はなんとか体勢を立て直した。「なんなんだろうね、あの人」
「なんなんですかね」
誰もいない夜の大学構内に立ち尽くすふたり。密度が濃かったこの日の出来事を真に理解できる日がいつかはやってくるのだろうか?こればっかりはペロペペロぺぺペロリン様にもわかるメエ。
番外編 了
あとがき
やあやあ読者のみなさん、ここまで読んでいただいてありがとうございます。
まずはなにも知らずにこのようなわけのわからない話を読まされてしまった方へ言い訳をしなければなりますまい。今回の話はですね、別の短編小説に書いた出来事のバカまどかサイドなんですね。
【異世界ユーモア短篇】サラスパ外伝 師匠の異世界転生
もちろんこれはノリで書いただけのただのお遊びだったわけですが、今度いい感じに場が整いました。
第7話で "遍露■遍露■■露隣命" なんて文字列を出して、神さまを匂わせ、英依先輩が異世界と繋がっちゃいそうな鏡を手に入れた。これは書いた時は別に狙ってなかったんですがね、できたものを読み返したら使えるんじゃないか、と。
バッターボックスに入ったらいい球が来たのでカキンと打ったって感じですね。ただ、いくらなんでも本編に組み込むのは問題かなあと思いまして、一応番外編ということにしました。
番外編なんでこの出来事が物語の中で実際に起こったのかどうかは保留にしときます。あったかもしれないし、ぜんぜんなかったかもしれない。召喚の実験はしたけどなにも起こらなかったのかも。あるいは美少女じゃなくて大魔王が出てきて、それをみんなの力を結集して倒したのかもしれない。そのくらいいいかげんな話だってことですね。
さて、次回ですが、本編第8話に戻ります。今度はもう少し地に足のついた話にしようかなと思っていますので、引き続き読んでいただけたらと思います。
その際ですね、コメントとかブックマークとかポイント評価とかいただくとたいへん励みになりますんで、いつものようにおねだりしときますね。おくれよぉ、反応をおくれよぉ⋯⋯
それではお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。




