番外編―5 美少女、転生!
魔方陣の中央に突如現れたその少女は顔を上げ、状況を確認するようにあたりを見回した。そして少しふらつきながらも、ゆっくりと立ち上がる。まだなにも理解できていないのだろう。キョトンとした表情をしている。
「ちょ、ちょっと先輩、なんか急に出てきましたよ、このコ」円は泡食って隣に立っている英依の腕に触れた。「このコ、なんですかね !? これも心霊現象ってことでいいんですか?」
「なんだか可愛らしい女の子が出てきたわね」英依はこの事態にも動じることなくそう返した。
可愛らしい、まったくもってその通りな、まさしく美少女であった。服装は細く絞られた腰と、やけにヒラヒラとしたのが付いてふわっと広がったミニスカートが目につく。円はその名称を知らないが、バルーンスカートというものだろうか。
その、まるでアニメから飛び出てきたような美少女を前に、円は絶賛混乱中であった。これってもしかして異世界転生だか転移だかってやつじゃない?どうすんのこれ?呼び出してはみたけど倒してほしい魔王とかいないよ?ただの遊びだよ?
少女は円たちの会話が聞こえたのか、キョロキョロもう一度周囲を確認したあと、ジッとこちらを見つめてきた。そして⋯⋯
「えっ !? ワシぃ?」と自分を指さしながら鈴の鳴るような可憐な声を発した。
(おお、言葉が通じるのか!)円は彼女の言葉が聞き取れたことに驚いた。これがあの転生時に付与される特権ってやつか。それなら無双できるスキルなんかも持ってたりして⋯⋯えっ、ヤバくね?このコ解き放っていいの?ていうかワシっ子?
円があれこれ思いを巡らせている間、その少女はなぜか己の身体を弄って、青い顔をしている。彼女も混乱しているのだろう。なぜか上を見ながらまたキョロキョロと不審な動きをしている。
「ハッ、ハイッ!聞こえます。聞こえます。あなたはいったい⋯⋯」少女は突然大声を出した。
なんだなんだ、急にどうした?と円は少女の動向を見守る。
「おおっ、ペロペペロペペペロリン様ッ!もしかしてこれはあなた様の⋯⋯」少女はそう続ける。誰かと会話をしているかのようだ。
「ペロ⋯⋯なんですかね?」円は小声で英依に尋ねた。
「ペロペペロぺぺペロリン様って言ってたわね」英依は少女を見つめたままそう答えた。まるで知っている言葉を口にしただけというようにスラスラと。
(なんだ?ペロ⋯⋯ペロリン?って⋯⋯)その瞬間、円の脳裏にある画像がパッと浮かんだ。
――遍露■遍露■■露隣命――
「あっ!」円は英依を見る。「なんとかリン様ってこの前の⋯⋯」
英依はなにも言わず、目の前の出来事に集中している。
「そ、それはつまり異世界転生というやつでしょうか?」少女はまだ会話を続けていた。返答を待つような間を取りながら、まだ上方を見ている。「いや、どんな気持ちと言われても⋯⋯なんか股のあたりがムズムズしています。尿意を我慢できない感じというか⋯⋯」
モジモジと内ももをこすり合わせるような仕草がこれまた愛らしい。どういう会話をしているのか、円は気になってたまらなかった。
「えぇ⋯⋯ワシ、男には興味ない⋯⋯」少女が嘆きの声をあげる。
えぇ⋯⋯百合だよ百合!危ない危ない!こんな美少女が百合やるとか、こんなの世界が壊れちゃうよ!円は誰にともなく、心の中で訴えた。
「そ、そんなぁ⋯⋯ペロペペロペペペロリン様ぁ⋯⋯」少女は最後にそう言うと、ガックリうなだれ肩を落とした。会話が終わったのだろう、もうなにも話さなかった。
円たちも怪訝な顔のまま静かに少女を見つめていた⋯⋯
(ハッ!)いかんいかんと円は頭を振った。これで終わりじゃない。どうすんだこのコ?今後この世界で生きていくの?ウソでしょ?ていうかこれ人?悪魔召喚やってんだから悪魔とか妖怪とかじゃないの?
円は振り向いて省吾を見た。彼はまだ戦闘態勢を解除していないようだ。どこか昂ぶったような表情をしている。
「ねえ、有明くん、あれたぶん妖怪かなんかだと思うんだけど、どうする?ぶっ飛ばしとく?」円はとりあえず平静を装い、軽口を叩いてみた。
「いえ、別に攻撃されたわけじゃないですから⋯⋯」と省吾はいつもの理屈に従って否定するが、なぜかその目はギラギラと輝いている。「でもなんとなく闘ってみたい気はしますね」
この空手バカが戦意を高揚させている。これはもう完全に危険な存在で確定だろと円は戦慄した。ホントヤベえよ、どうすんだよ⋯⋯
「先輩、これどうしましょうか?」円はすがる気持ちで英依に問いかける。裏にはちゃんと責任取れるんかいという思いもあった。
「ん~、そうね、遊びで悪魔召喚やってみたら変なの出ちゃったわね」英依はあまりにも軽い調子のまま言って、ちょっとだけ考えるような素振りを見せた。それからしゃがみ込むと、足下の荷物をゴソゴソやりだした。
円はそんな英依を見つめている。なにが出てくるのだろうか?この事態をどうにかできるのはもう英依だけだ。きっと一発逆転のすごいのが出てくるはず。そうだよね?
しかし――英依がその手につかんでいるのは前にも出てきたアレ。黒い髪の毛を編んだような、謎の呪いのアイテムだった。英依はそれを右の手に巻きつける。
「めんどくさいから送り返しましょう」そう言うと英依はおもむろに前に出る。
(まさか !? )と円が思った時にはもう遅かった。少女の前に立った英依は躊躇うことなくその右を少女の顔面に突き刺した!物理ッ !?
音もなく膝から崩れ落ちる少女。それを待ち受けていたかのように、彼女の足下に円形の黒い穴のようなものが現れた。昏倒している少女はなすすべもなくその穴に呑み込まれていく⋯⋯
英依はそれをその場で見届けるとスタスタと円の隣に戻った。
「さあ、お片付けしましょうか」そう言って英依は円の肩にその右腕を置き、ニヤッと笑った。




