番外編―3 久しぶりの3号館
「それで、なんでまたここなんです?」円は小声で尋ねた。
大学近くのえらく隠れ家的な、暖簾も出てない謎の定食屋で食事を済ませたあと、3人はおなじみのこの場所、3号館にやってきた。前の時と同じように施設が施錠される直前のタイミングで忍び込み、3階奥の教室に身を隠していた。
「それはほら、実績がある場所じゃない?ここって」と英依。
実績って⋯⋯いや、まあ実績ではあるか。この場所が一番手近なオカルトスポットであることはたしかだ。ある時間さえ過ぎてしまえば人けがないのもうってつけである。が、しかし⋯⋯
「今日も鍵持ってるんでしょ?もうあとから侵入した方が楽じゃないですか?」と円はさらに問う。
「ダメよ、不法侵入は。遊ぶ時はこうやってちゃんと手順を踏むのが大事なの⋯⋯あっ、来たみたいね」英依は人差し指を口に当てて、円と省吾に合図した。
静かな空間に、外の廊下を進むコツコツコツという足音がよく響く。円は恐怖に冷や汗をかきながらジッと息をひそめた。足音はだんだん接近してくる。高鳴る鼓動をどうにか鎮めようと深呼吸したら、英依にジロリと睨みつけられ、さらに肝を冷やした。
足音は円たちのいる部屋の前までやって来た。ガラガラとドアを開く音。光線が雑に部屋の中を点検し、それから再びドアが閉じられた。遠ざかる足音に円の気持ちがフッと緩む。ハァ~と息を吐いて、自分が無意識に呼吸を止めていたことに気がついた。
窓から様子を窺っていた英依が手でOKとサインを出す。これでもう大丈夫。ここ3号館は朝まで外からの干渉は受けない。英依は光が漏れないよう、念入りに窓のカーテンを引いた。
「さて、それじゃあいっちょやりましょうか」英依は荷物に手を突っ込んでゴソゴソとやりだした。まずはこの前の合宿で使ったのと同じ、LEDランタンが出てきた。弥幸に借りてきたのだろうか?スイッチを入れると柔らかい灯りが室内を照らした。
「黒魔術ってことはやっぱりアレ、魔法陣とか描くんですか?」円が背後から問いかける。
「⋯⋯うん、魔法陣はね、もう描いてきたの。ほら」そう言って英依は円に畳んだ布を放り投げた。
円は不器用にそれをキャッチすると、広げてみようとした。しかし布が大きすぎてひとりではうまくいかない。省吾を呼び寄せて端を持たせる。大きな白い布に複雑な紋様が描かれている。赤い塗料で描いてあるけど⋯⋯まさか血とかじゃないよな?と円は疑わしい気持ちで眺めた。
とりあえず(主に省吾が)机を動かして、それを広げられるだけのスペースを作る。床に広げてみると、これがなかなか本格的なものであることがわかる。おおすげえ、本物っぽい、と円は感心した。
英依は自分が用意した魔法陣の出来栄えに満足するように、ウンウンと頷いている。円はその時目ざとくも気づいていた。英依が小脇に抱える小さな箱のようなものに。
「省吾はほら、着替えなさいよ」英依はそう指示を出す。
言われて省吾は廊下に出ていった。女子ふたりの前で服を脱ぎださないだけの恥じらいは持っているようだ。
「先輩、その箱って⋯⋯」円は指差した。
「ん?これ?」英依は箱を持って無造作に振ってみせた。カラカラ音が鳴る。「ちょっとね〜あとのお楽しみってことで」
「お楽しみって⋯⋯」不安しかないんだが、と円は苦笑いを浮かべた。
「あっ、そうそう⋯⋯」英依はまた取って返して荷物を漁りだす。「あったあった」と手になにか掴んで円の方へ戻ってきた。
「今度はなんですか?」と円。もうヤバいのは勘弁な。
「じゃ~ん」英依は手に掴んだものを前に突き出した。「ロウソクでした〜」
なんだロウソクかと胸をなでおろす。円にそれを見せたあと、英依は敷いた布の四隅にそれを立て、スイッチを入れた。小さな明かりが英依の顔を下から照らした。
「あれ?火じゃないんですね」
「まあ一応ね」英依はニッと笑う。「火事になったら大変だから、LEDロウソクにしてみたの⋯⋯うん、雰囲気は普通のと変わらないわね」
「はぁ~ハイテクですね」円はオカルト界にも押し寄せる時代の波を感じた。効率化がここまで来たか。
そんなこんなで準備も整い、省吾も戻ってきた。どうやら彼は外でウォーミングアップを済ませたようだ。やる気満々である。いったいなにと闘うつもりなのかと呆れつつ、円だってもう、さっきとは違う意味で胸が高鳴っているのだった。




