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悪役令嬢、九尾に挑む

重厚な扉を閉めた部屋の中で、リリアンの父レイモンドは額に手を当て、大きなため息をついていた。

「まったく、あの娘は……。聖女を出し抜くための悪戯だと言って、次は九尾の雌狐だと……!」

椅子の前に立つヴィクターは腕を組み、いつもの冷静な表情の奥にわずかな困惑を浮かべていた。

「九尾の雌狐……。あれは伝説級の魔物だ。雪の大地を支配し、数々の腕利き冒険者を返り討ちにしてきた難敵。いくらお嬢様が優れた魔法の腕を持っているとはいえ、相手が悪すぎる。命に関わる危険が――」

レイモンドはヴィクターの言葉を遮るように顔を上げた。その目には深い信念が宿っている。

「ヴィクター、君は娘を見くびりすぎだ。リリアンの魔力量も、制御の腕前も、常識を超えたものだということを忘れたか?」

ヴィクターは少し言葉に詰まりながら、慎重に返す。

「もちろん、リリアン嬢の実力を認めていないわけではない。しかし相手は、魔法を自在に操り、九つの尾を持つという九尾の狐。単なる魔物ではなく、知能も高く、強大な力を持っている。何かあれば、後悔しても――」

レイモンドは机を軽く叩き、毅然とした声で言い切った。

「ヴィクター、君には娘を見守るよう頼んでいるのだ。戦いに介入するのではなく、あくまで本当に危険な時だけ助ける。それが君の役目だ。」

ヴィクターは目を細め、しばらく沈黙した後、静かに頭を下げた。

「……承知した。しかし、俺の目から見て、もしも本当に命の危険があると判断した場合には手を貸す。」

「それでいい。それ以上のことはする必要はない。あの娘は、これまでも常識を覆してきた。今回もきっと何とかするさ。」

ヴィクターは最後に一つ息を吐き、部屋を出る準備をする。扉を開ける直前、レイモンドはもう一度彼に声をかけた。

「ヴィクター、頼んだぞ。あの娘が何か大きな過ちを犯さないよう、そして……彼女が無事でいられるように。」

ヴィクターは振り返らずにうなずき、部屋を後にした。


彼の足音が遠ざかるのを聞きながら、レイモンドは再び大きなため息をつき、天井を見上げた。

(娘の悪戯好きには手を焼くが……それがリリアンの強さの源でもある。どうか、無事に帰ってきてくれ。)


★★★


白銀の世界が広がる雪国。リリアンは立ち寄った町の広場に足を踏み入れた。寒さのせいか、人々は活気がなく、重苦しい雰囲気が漂っている。話を聞けば、九尾の雌狐が支配するこの地では魔物が活性化し、命を落とす者も後を絶たないという。

町長と思しき老人が申し訳なさそうに頭を下げながら語る。

「弔いの花が必要なのですが、雪深いこの土地では採取に行くのも命がけでして……。ご存知の通り、魔物が辺りに巣食っておりまして……。」

リリアンは話を聞きながら、ちらりと外の雪原を見た。そして、ふとした拍子に口元に微笑みが浮かぶ。

「……弔いの花畑か。それなら、村外れの雪原に作ったら面白いかもしれないな。」

町長がぽかんとした表情を浮かべるのをよそに、リリアンはさっさと外に出ていった。その後を追いかけるヴィクターは、いつものようにため息をつきながら、彼女を見守る。



村外れの雪原。どこまでも白一色の世界に立つリリアンは、軽く手を広げて魔力を集中させた。その手から広がる淡い光が、雪原全体を包み込むように広がり、見る間に数え切れないほどの花々が咲き乱れていく。

青白い光を放つ弔いの花。一面に広がったそれは、まるで幻想の世界のようだった。さらにリリアンは花々を見下ろしながら悪戯な笑みを浮かべる。

「これだけじゃつまらないは。喋れるようにしてみたら、もっと楽しいんじゃないか?」

その言葉とともに、リリアンはさらに魔力を解き放つ。花々がひとつひとつ、かすかな声で話し始めた。

「お祈りを捧げるなら、こちらへどうぞ。」

「どうぞ、静かに祈りを……。」

その光景を少し離れた場所から見ていたヴィクターは目を見開き、唖然としていた。花畑を作るだけでも規格外だというのに、喋る花まで生み出すとは。

(また規格外のことを……。花が喋るなんて、誰が想像する? )

リリアンは花畑を眺めながら満足げにうなずき、花々にそっと手を振る。

「これで、弔いも少しは明るくなるだろう。人々が悲しみに囚われすぎないようにな。」

そう言ってくすくすと笑うリリアン。その背中を見ながら、ヴィクターは再びため息をついた。

「お嬢様、あんたという人は……。いや、もう何も言うまい。」


★★★★★

雪国の街で、リリアンは宿屋で聞いた話に耳を傾けていた。

「刀を持った狐の獣人に襲われるんです。あれはただの動物なんかじゃない。人の言葉を話す化け物です。何人も命を落としていて……。」

リリアンは顎に手を当てながら、楽しそうに微笑んだ。

「なるほど、刀を持った狐の獣人ね。ちょっと会ってみたいな。」


街の外に出たリリアンは、軽く呪文を唱えると周囲に魔力を放ち、獣人の気配を探り始めた。やがて遠くの森から動く気配を感じ取ると、指先を軽く動かして転移魔法を使い、その場に現れる。

そこには、鋭い目つきをした狐の獣人が刀を構えて立っていた。

「狐の獣人とは貴方のことか? まずはご挨拶代わりに……。」

リリアンが軽く手を振ると、獣人の足元に魔法陣が出現し、突然小さな爆発が起きた。煙に包まれた獣人が驚いて飛び退る。

「何だ、貴様は……!」

「ただの旅人だ。ちょっと悪戯が好きなだけのな」

獣人は怒りの声を上げると刀を抜き、一気にリリアンに向かって突進してきた。しかし、リリアンはその場に留まることなく、再び指を動かして瞬時に別の場所へと転移する。

「おやおや、そんな短い刀で届くと思ってるのかね?」

狐の獣人が攻撃するたび、リリアンはショートテレポートで距離を取る。そして遠くから次々と魔法を放ち、獣人の動きを封じていく。攻撃が激しさを増す中、獣人は徐々に追い詰められていき、ついに刀を取り落とした。

その瞬間、獣人の姿はふっと消え去り、一匹の普通の狐の姿に変わった。そして、驚くほどの速さで森の奥深くへと逃げていく。

「おや、狐に化けるなんて。捕まえ損ねたな。でもまぁ、これだけ痛い目に遭わせたら懲りるだろう。」

リリアンは肩をすくめ、くすくすと笑った。


街に戻ったリリアンは、宿屋で街の人たちに報告をした。

「狐の獣人、退治しておいたぞ。もう襲ってこないと思うから、安心していい。」

街の人々は口々に感謝の言葉を述べた。リリアンはそれを適当に流しつつ、心の中で満足げにうなずいた。


その様子を陰から見ていたヴィクターは、ふと考え込むように呟いた。

「本当に懲りていればいいんだが……狐というのは狡猾なものだからな。」


★★★

雪国の街に滞在するリリアンは、相変わらず日常的な依頼を楽しんでいた。

「旅の方、咳止め草を摘んでいただけませんか? 季節の変わり目で咳に苦しむ者が多くて……。」

「咳止め草だな。いいぞ、すぐに摘んでくる。」

リリアンはその言葉どおり、雪に覆われた野を探索し、あっという間に必要な量を揃えてきた。

「助かりました。本当に素早いですね……。」

次に訪れた鍛冶屋では、刃の結晶を求められる。

「貴族のお屋敷から特殊な剣の修理を頼まれたんだが、材料が足りなくてな。刃の結晶を雪山の奥から取ってきてほしい。」

「雪山の奥だな。了解した。」

リリアンは雪山に出向き、結晶を見つけ出すと、魔法で掘り出して持ち帰った。

その後、宿屋で依頼された花集めにも取り掛かり、雪原に鮮やかな花畑を作り出して美しい花を摘んで戻る。


そんな中、夜になると街外れの古びた倉庫にて、数人の人物がリリアンを呼び止めた。彼らは街のレジスタンスの者たちだった。

「あんた、すごい魔法の腕前だって話だな。」

「まぁな。で、私に何か用か?」

男は真剣な表情で続ける。

「俺たちはヒノエノの街の平和を守るために動いてる者たちだ。そして今、大きな問題がある。」

リリアンは興味深そうに眉を上げる。

「大きな問題?」

「九尾の雌狐の話を聞いたことはあるか?」

「九尾の雌狐? 噂には聞いてきたが、伝説の存在じゃないのか?」

「いや、実在する。この国を破滅させるために動いてる奴だ。そいつは人里離れた城に隠れ住んでいるが、美しい女に化けて街に降りてくることがある。そして今、王様を操り、この国を破滅に導こうとしている。」

リリアンは腕を組み、少し考え込んだ。

「ほう、それで?」

「そいつを退治してほしいんだ。お前の腕前なら可能だろう?」

リリアンは小さく笑い、軽く肩をすくめた。

「九尾の雌狐か。面白そうだな。引き受けよう。」

「本当か! 助かる……!」


やがて一人の若い男性が姿を現した。透き通るような白い肌に輝く銀髪を持つ彼は気品を持ちながらも、身軽な装いだ。隠れ家のメンバーたちは彼に深く頭を下げた。

「ラウル王子、お越しくださりありがとうございます。」

リリアンはその場にいたが、ただ興味深そうに王子を見上げた。

「おや、王族がこんな場所に。」

ラウル王子は穏やかな表情を浮かべながら、真っ直ぐにリリアンを見つめた。

「君がこの街のために尽力してくれていると聞いている。直接礼を言いたかったんだ。」

「礼なんていい。私はただ面白いことをしてるだけだからね。」

ラウルは軽く笑みを浮かべた後、表情を引き締めた。

「九尾の雌狐の話を聞いているな?」

「ああ。美しい女に化けて街に出没し、王を操っているとか。」

「その通りだ。そして奴の本性を暴く手がかりとなるものが存在する。『魔法の鏡』だ。」

リリアンは興味を引かれたように目を輝かせる。

「魔法の鏡? それで何ができる?」

「その鏡は、九尾の雌狐の正体を映し出すと言われている。ただ、現在その鏡は奴の城のどこかに隠されているはずだ。」

「なるほど、狐を鏡で映してその正体を白日の下にさらせと?」

「そうだ。その鏡を見つけてくれるだけで状況は大きく変わる。」

リリアンは軽く笑いながら肩をすくめた。

「面白そうだな。それで私がその役を引き受けると?いいだろう。やってやる。」

ラウルは目を細め、真剣な声で続けた。

「民のために行動し、力を惜しみなく使う姿……君はまるで聖女だ。」

リリアンは彼の言葉に一瞬驚いたようだったが、すぐに肩を震わせて笑った。

「私が聖女?そうか、私が聖女に見えるか。それは傑作だ。」

彼女の笑いはどこか茶化すようでありながら、どこか楽しそうだった。ラウルはその反応に少し戸惑ったものの、彼女の人柄に一層の信頼を抱いた様子だった。


陰でその会話を聞いていたヴィクターは頭を抱えながらつぶやく。

「また厄介ごとに首を突っ込む気か……九尾の雌狐なんてただの獣とはわけが違うんだぞ……。」




★★★


吹雪の中、リリアンは静かに雪山の奥深くにそびえ立つ九尾の雌狐の城にたどり着いた。城は黒々とした石造りで、雪に覆われた外観はひっそりとした威圧感を漂わせている。彼女は結界を潜り抜け、悪戯を楽しむような足取りで内部へと潜入していった。

城内は冷え冷えとして薄暗く、静寂を破るのは時折響く風の音のみだった。リリアンはまるで迷子になった観光客のように、興味深そうに城内を見回しながら進む。そしてやがてたどり着いたのは宝物庫だった。

「さて、ここにあるはずの魔法の鏡……と。」

部屋の中央に鎮座していたのは、美しく装飾された銀色の鏡だった。リリアンはそれを眺めて微笑む。

「見つけた。これがその『魔法の鏡』ってわけか。」

彼女は軽々と鏡を持ち上げ、楽しそうに玉座の間へと向かった。


玉座の間に入ると、そこには目も眩むような美貌を持つ女性が座っていた。艶やかな黒髪に透き通るような白い肌、美しい紅の着物を纏い、見る者を魅了する笑みを浮かべている。

「あら、お客様かしら? こんな山奥までご苦労なことね。」

「なるほど、確かにお美しい。だが、あなたの本当の姿を見せてもらおうと思って来たのだ。」

九尾の雌狐は少し眉をひそめる。

「本当の姿? 何のことかしら?」

リリアンは魔法の鏡をすっと前に掲げた。

「これが教えてくれるはずだ。」

鏡に映し出されたのは、美しい女の姿ではなかった。そこに現れたのは、巨大な九本の尾を持つ恐ろしい妖狐の姿。鋭い牙と血のように赤い瞳が鏡越しにリリアンを睨みつけている。

「……!!」

一瞬の静寂の後、九尾の雌狐は絶叫し、化けの皮を剥がされる怒りと羞恥で震えた。その姿は一瞬で鏡の中と同じ妖狐へと変貌した。

「よくも私の正体を暴いたな……貴様、許さない!」

彼女は怒り狂い、鋭い爪でリリアンに襲いかかる。しかしリリアンは全く怯まず、軽く肩をすくめた。

「では始めるとするか」


九尾の雌狐の爪が振り下ろされる刹那、リリアンは軽やかにかわし、魔法陣を展開する。玉座の間に吹雪が巻き起こり、妖狐と魔法使いの壮絶な戦いが幕を開けた。

九尾の雌狐の怒りの咆哮が玉座の間に響き渡った。鋭い爪が音を切り裂き、リリアンに向かって一直線に突き進む。その動きは凄まじい速さで、まるで嵐のような体術だった。

「貴様のような小娘に、この私が負けるはずがない!」

九尾の雌狐は動きながら空中に狐火を生み出し、それをリリアンに次々と放つ。青白い炎は生き物のように追尾し、彼女を焼き尽くそうと迫る。

リリアンは軽やかな動きでそれをかわし、炎が触れる寸前に結界を展開して防御する。

「ほう、なかなかの手練れじゃないか。だが……狐火だけでこの私をどうにかできると思ったか?」

彼女は楽しげに微笑みながら杖を振る。そこから放たれる光の奔流が、九尾の雌狐の周囲を一瞬にして包み込んだ。しかし、雌狐はそれをものともせず、光を弾き飛ばすように尾を振り、再び鋭い爪でリリアンに迫る。

リリアンは冷静そのもので、九尾の雌狐の動きを見切っていた。彼女は瞬間的に転移魔法を発動し、妖狐の攻撃をかわすと同時に高威力の氷の槍を生成して投げつけた。

「こっちも負けてはいられないな」

氷の槍は九尾の雌狐に命中し、彼女の動きを一瞬止めた。しかし雌狐はすぐに体勢を立て直し、逆にリリアンに炎の渦を送り込む。

「この程度では私を止められない!この地に君臨するのは私だ!」

炎の渦がリリアンを取り囲むが、彼女は微動だにしない。リリアンは両手を広げ、大規模な魔法陣を足元に展開した。その瞬間、空間が激しく震え、大量の光の刃が生み出される。刃は嵐のように九尾の雌狐を取り囲み、一気に降り注いだ。

九尾の雌狐は防御しようとしたが、刃の嵐は守りの妖術をも上回り、彼女を打ち倒した。最後の悲鳴を上げた妖狐は、力尽きて床に崩れ落ちた。

「こんな、はずでは……私が負けるなんて……」

リリアンは杖を軽く振り、最後の魔法で九尾の雌狐の動きを完全に封じ込める。

「ふぅ、なかなか強かった。少しばかり遊びすぎたか?」

彼女は玉座の間を見渡し、勝利を確信して微笑んだ。物陰でこの激闘を見守っていたヴィクターは、その規格外の戦いぶりにただ呆然としていた。


★★★

リリアンは九尾の雌狐を討ち果たした後、疲れた様子も見せず軽やかな足取りで雪山を下り、レジスタンスの隠れ家へと戻った。隠れ家に到着すると、待ち構えていたラウル王子やレジスタンスの仲間たちは彼女の帰還を心待ちにしていた。

「やった!リリアン様が戻られた!」

「九尾の雌狐を倒してくださったんですね!ありがとうございます!」

彼女の姿を見つけたレジスタンスの一員が歓声を上げ、彼女を迎え入れる。

「リリアン!」

ラウルの顔にも喜びが溢れていた。

「君のおかげで九尾の雌狐は滅び、父上も正気を取り戻された。すべて君の功績だ。心から感謝する」

リリアンは笑みを浮かべて軽く手を振る。

リリアンは軽く肩をすくめ、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「まあ、ちょっと遊んでただけだがな。でも役に立てたならよかったよ」

その言葉に隠れ家中が歓声に包まれた。レジスタンスの面々は九尾の雌狐を討伐したという知らせに歓喜し、勝利を祝った。

「遊びだと?君は冗談が好きだな。これほどの功績を立てながら、そんな軽口を叩けるのは君くらいだ。私たちにとって君こそが聖女だ。リリアン殿、心から――」

「やめてくれ!」

リリアンは手を振って言葉を遮った。

「聖女なんて柄じゃない。ただの通りすがりの魔法使いと思っておいてくれたまえ」

そう言いながらリリアンが笑うと、レジスタンスの面々もつられて笑った。

「これでこの街も、そして国全体も平穏を取り戻せる。父王も先ほど正気を取り戻したと知らせが入った。すべて、あなたのおかげだ。」

ラウル王子はリリアンの前に跪き、深々と頭を下げた。

「我々にとって、聖女はリリアン殿、君だ。民を救い、王家を救い、この国を守ってくださった君こそが真の聖女だ。」

リリアンはその言葉に少しだけ目を見開いたが、すぐに口元を歪ませて笑った。

「だから、聖女なんて柄ではない」

リリアンは照れくさそうに肩をすくめ、いつもの悪戯っぽい笑顔を見せた。その場が和やかな笑いに包まれる中、ラウル王子はさらに続けた。



その時、扉が勢いよく開き、外から慌ただしい声が響いた。

「大変です!聖女アメリア様がこちらにいらっしゃいました!」

中に入ってきたのは、聖女アメリアだった。彼女は拠点に集まった人々を見回し、ラウルを見つけると、彼女は甘えた声で言葉を続ける。

「ラウル様!わたくしが九尾の雌狐を倒したんですのよ。必死に戦った甲斐がありましたわ。」

その言葉にラウルは一瞬驚きを隠せない表情を見せたが、すぐに真剣な顔つきに変わる。

「本当なのか、リリアン殿?」

その問いにリリアンは肩をすくめ、笑いをこらえるような顔で適当に答える。

「あー、まあ、聖女様がそうおっしゃるなら、そうなんじゃないか?」

その軽い返事にラウルは困惑しながらも、どう答えていいのか分からない様子で沈黙する。一方で、アメリアは嬉々とした表情を浮かべ、ラウルに近づいた。

アメリアは柔らかな笑顔を浮かべながら、ラウルに向けて自信満々に話を続ける。


アメリアの心は歓喜で満たされていた。彼の称賛を浴びるその瞬間、彼女の頭の中には一つの確信があった。

(やっぱりそうよ。私ほどの美貌と才能を持つ聖女が、ラウル様に選ばれないはずがないわ。九尾の雌狐を倒した偉業も私のものにできたし、これで彼は攻略対象になるの。好感度なんて、彼を贔屓する選択肢を選び続ければ簡単に上がるわ。それにこの国は九尾の雌狐に支配されているイベント以降は平和だから、実際に私が戦う必要もないし。)

アメリアは心の中で腹を抱えて笑った。

(ラウル様には魅了の香水なんて必要ないのよ。彼は強く美しい聖女であるこの私に、自然と振り向くに決まっているもの。それに比べて…リリアン?あんな無粋な悪戯好きの子供じみた女が、どうしてラウル様に振り向かれると思うの?あり得ないわ。)

アメリアは微笑を絶やさず、内心では嘲笑を浮かべていた。しかしリリアンは、そんなアメリアの心中を見透かしているかのように、相変わらず余裕の笑みを浮かべている。

「ご苦労さま、聖女様。まあ、ちょっとはこの国も平和になったかもしれないな。」

リリアンは肩をすくめて言い放った。

アメリアはその言葉を聞いて勝利を確信したが、その奥で何か引っかかるものを感じることもなく、ラウルにさらに甘えた声を向けた。

「では、ラウル様、さっそくお城でこの偉業を王に報告しましょう?」

ラウルは少し戸惑った様子だったが、アメリアの言葉に微笑みを返した。

「それは後で必ず伝えるよ。でも、今はレジスタンスの皆と話をしなければならないんだ。」

アメリアは頬を膨らませて拗ねたふりをしながらも、リリアンに勝ち誇ったような視線を送る。

(この世界で私に勝てる女なんているはずがないわ。ラウル様は、私だけを見ていればいいのよ。)

アメリアはそう心の中でつぶやきながら、静かに笑みを浮かべた。


リリアンはそんなアメリアの態度を見ても特に気にする様子はなく、壁にもたれて小さくため息をつくだけだった。彼女の心中は、呆れる気持ちと微かな面白さが混じり合っているようだった。

「やっぱり聖女様は面白いなあ。」

ラウルは苦笑しながらも、その言葉には触れず、ただリリアンの無邪気な笑顔を見守った。





★★★★★


城の大広間では豪華な装飾が施され、聖女アメリアの九尾の雌狐討伐を称えるパーティが盛大に催されていた。煌びやかなドレスをまとったアメリアは満面の笑みを浮かべながら堂々と語っていた。

「九尾の雌狐との戦いは本当に過酷でしたわ。しかし、正義の力をもってすれば、どんな邪悪な存在も打ち倒すことができるのです。私は王国のために命を懸けました!」

彼女の誇らしげな声に、参加者たちは拍手喝采を送る。アルバートはアメリアを見上げ、感嘆の声を漏らした。

「アメリア、君の勇気と偉業は、この国の誇りだ。これほどの魔物を倒せるのは君以外にいないだろう。」

宮廷魔道士の息子であるエドガーも、驚愕の表情を浮かべながらその話を信じ込んでいた。

「九尾の雌狐を討つなど、まさに伝説のような偉業です。聖女様はやはりただ者ではありませんね。」


一方、会場の片隅で静かに立っていたリリアンは、グラスを手にしながらアメリアの捏造話を聞いていた。内心ではラウル王子やレジスタンスたちがこの場にいたらどんな顔をするだろうかと想像し、笑いをこらえていた。

(まあ、今のところ、別に私の手柄だなんて言うつもりはないがな。それにしても、よくもまあここまで堂々と嘘をつけるものだ。)

その様子を物陰から見ていたヴィクターは、溜息をつきながら呟いた。

「……あの聖女の面の皮の厚さには、毎度のことながら呆れるな。よく平然とあそこまで言えるもんだ。」


リリアンはまだ見ぬヴィクターの思いを知らず、グラスを傾けた。

誰も真実を知らないまま、パーティは歓喜と栄誉を讃える熱気に包まれ続けていた。


★★★★★


学園の中庭、澄んだ空気の中で、フリードリヒはアメリアと向き合っていた。アメリアの淡い香りがふわりと漂い、どこか心が落ち着かない。普段の冷静な自分とは違う感覚に戸惑いながらも、彼女を目の前にすると言葉が自然と優しくなる。

「リリアンの従兄さんって聞いて、どんな人か気になってたの。でも、こんなに優しい人だなんて思わなかったな。」

アメリアは伏し目がちに言いながら、ちらりとフリードリヒを見上げた。その瞳には涙が浮かび、儚げな笑顔が彼の胸を締めつける。

「…そうか。いや、別に俺は普通だよ。」

フリードリヒはそっけなく返そうとしたが、なぜか言葉がうまく出ない。頭の片隅では、なぜ彼女のことをこんなにも気にしてしまうのか理解できずにいた。

「ねえ、リリアン様が、ラウル王子と仲がいいのを自慢してきたんだけど…」

アメリアは少し笑みを浮かべながらも、悲しげな声で続ける。

「私も…ラウル王子とそんな風に仲良くなれたらいいなって思うんだけど。でも、もっと明るくて可愛くて、みんなから愛される人じゃないとダメだよね。」

そう言いながら、彼女の目からぽろりと涙がこぼれる。

「いや、リリアンはそんな自慢するような子じゃない。きっと君が気にしすぎてるだけだよ。」

フリードリヒは戸惑いながらも答えた。だが、香水の香りが彼の思考を鈍らせ、なぜかリリアンの言動が不自然に感じられてしまう。

「でも…この前、私にわざわざ言ってきたの。『ラウル王子と私、すごくいい関係なの』って。あんな風に笑顔で言われたら、私なんか敵わないって思っちゃう。」

アメリアは涙を拭い、震える声で訴えた。その姿はあまりに健気で、フリードリヒは胸が痛くなる。

「…リリアンがそんなことを?」

信じられない気持ちがありながらも、フリードリヒの心には微かな疑念が芽生える。彼女の悪戯好きな一面を思い出し、アメリアの健気さと比較してしまう。

「フリードリヒさん…私、どうしても負けたくないの。だけど、強くなろうとするほど心が折れちゃう。」

アメリアはまた涙をこぼし、声を震わせる。

その言葉に、フリードリヒの胸は締めつけられるようだった。リリアンの明るさや悪戯好きな性格が、なぜか霞んで見え、目の前のアメリアこそが本当に守るべき存在だと思えてくる。

「そ、そういえば……大いなる厄災を倒すためには準備が必要だろう?あなたがここで泣いてたら、誰も助けられないんじゃないか?」

フリードリヒは彼女を案じるが、アメリアは涙を拭き、ふっと微笑む。

「厄災なんてきっと、フリードリヒさんと一緒ならどうにかなるよ。」

彼女の言葉はまっすぐで、それがまたフリードリヒを動揺させた。


その一方で、アメリアは腹の中でほくそ笑んでいた。魅了の香水の効き目が完璧で、フリードリヒが完全に自分に惹かれていることを確信している。

(リリアンの従兄でもこんな簡単に落ちるなんてね。しかもこの香水、裏ルートで仕入れてるから誰にも咎められない。商会ギルドも手出しできないんだから。)

アメリアは内心で勝ち誇ったように笑いながら、表向きには儚げな微笑みを浮かべ続けた。


「フリードリヒさん、もう少しだけ、そばにいてくれる?」

彼女の甘い声が、フリードリヒの心をさらに絡め取っていく。

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