第84話 グランデリッチの街へ
仁と真那はウィスドムホールでテレッドに関する聞き込みを続けていたが、有力な情報はもう得られない事を慈愛と相談し、次の街へと繋がる街道を歩いていた。
目指すは[グランデリッチ]、貴族が多く住む街と聞いている。グランデリッチに住む貴族たちは、上品な服装に身を包み、宝石で飾られたアクセサリーを身に着け、洗練された高級品に囲まれ、贅沢な生活を楽しんでおり、美食の宴や社交パーティーが頻繁に開かれている。
そんな情報を慈愛から聞いた仁と真那は、希少な鉱石であるテレッドの情報もあるかもしれないと踏んで、グランデリッチを目指していた。
ウィスドムホールからグランデリッチまでの道のりは短く、歩いても一日掛からずに到着する。今日は天気も良く、心地よい風が二人の頬を撫でる。仁と真那は軽やかな足取りで街道を進みながら、和やかに雑談を交わしていた。
「貴族の住む街って、また肩書がすごいですね」
「なんか街の名前までリッチだもんな、お高い貴族たちが住んでいるんだろうなぁ」
「格好いい貴族様に求婚されたらどうしましょう」
真那が冗談めかして話した言葉に、仁は呆れて棒読みで返事をした。
「はぁあ?シロシロー」
「ええ~。大切な部下が本当にそうなっても良いんですか?」
真那が突っかかるように言ったその時、二人の進む道の先に、派手な衣装を纏った人物が平らな岩に腰かけているのが目に入った。その人物は二人に気付くと目線を向け、微笑んだ。
「おや?久しぶりですね、仁、真那」
「こ・・・虎峰!?」
その人物は、まさかの虎峰であった。いつもはリムというモンスターと共にいるため、すぐには気付かなかったが、デルカニア最強の男が目の前にいるのだ。
神出鬼没で知られ、仁と真那が旅立ちの際に立ち塞がり、二人を完膚なきまでに叩きのめしたあの男だ。
「こんなところでお会いするとは。まさか二人がここを通るとは思いませんでしたよ」
虎峰は淡々と話す。その声には余裕と風格が漂っていた。
「何故ここに?」
仁は警戒心を露わにしながら問いかけると、虎峰はヒョイッと身軽に立ち上がり、両手を振って敵意がないという仕草を見せた。しかし、あの虎峰のことだ。気を抜くわけにはいかない。
「お二人がどのくらい強くなったか様子見に来たんですよ。と言いたいところですが、本当に偶然です」
「偶然?いつも一緒にいるモンスターはどうした?」
「ああ、リムですか。彼、腰痛持ちで通院してるんです。今は病院ですよ。十二神獣なのに笑っちゃいますよね」
神獣という言葉に一瞬、仁と真那は怯んだ。まだまだ底が知れない異世界。モンスターではなく十二神獣と呼ばれる存在まであるのか。
「そうそう、お二人が向かうグランデリッチには貴族に雇われた上級ランクの冒険者がゴロゴロしてますよ。面倒なことに巻き込まれないように注意してくださいね。あなた方が強くなるのを楽しみに待ってるんですから」
虎峰はそう言うと仁と真那とすれ違い、手にした宝具[エレクトロウィップ]を傘の状態のまま広げて日傘の様にし、二人が来た方向に軽い足取りで歩き出した。
仁はもう一度緊張した面持ちで立ち去る虎峰に話し掛けた。
「それだけ言うために待ち伏せしていたのか?」
「いやぁ、だから偶然ですってば」
虎峰は軽く振り返りニコッとする。その笑顔の真意は定かではない。
取り合えず虎峰と距離を取りたかった仁と真那は顔を見合わせたあと、グランデリッチに向けて街道を早足で歩きだす。
二人は嫌な汗を搔きながら後ろを振り向き、虎峰の姿が見えないのを確認すると、立ち止まり二人して大きく息を吐いた。
「コエー!なんなんだアイツ、ストーカーかよ。真那狙われてるんじゃないのか?」
「ええー、私アイツに蹴られましたよ。仁が狙われてるんじゃないですか?」
二人は再び顔を見合わせ苦笑いすると、汗を拭いながら再度、足早に街道を歩き始めた。
◇◇◇
午後3時、ようやく街道の先にグランデリッチの壮麗な街並みが見えてきた。貴族の街と呼ばれるその場所は、贅沢な邸宅や宮殿が連なり、美しい建築物が遠くからでもその威容を示していた。
街の入口には衛兵のような格好をした兵士が両脇に立っている。仁と真那はそのまま通り抜けようとしたが、突然、両サイドの兵士の持っていた槍がクロスして行く手を阻んだ。
「通行証はどうした?首からぶら下げるのを忘れたのか?」
一人の兵士が冷ややかに尋ねた。
「通行証?いや・・・持ってないですが・・・」
レイクサイドやウィスドムホールではすんなり街の中へと入れたが、ここでは警備が厳重なのか。困惑している二人に、もう片方の兵士が命令をする。
「それならギルドカードを出せ」
「いや、ギルドカードも持ってないですよ。無いと入れませんか?」
仁はさらに困ったように尋ねた。やはりギルドに登録しておくべきだったか、と後悔が胸をよぎる。慈愛が「しない方が良い」と言っていたが、ここで足止めを食らうとは思わなかった。
「それなら通すわけにはいかん」
兵士は冷淡に言い放ち、二人を門前払いをしようとした。
仁と真那はその場で立ち尽くし、ウィスドムホールに戻るしかないかと考えていると、突然二人の名を呼ぶ声が聞こえた。
「仁さん!真那さん!」
門の脇にある兵士の待機所のようなところから、一人の兵士が駆け寄ってきた。なんと、その人物はイーサンであった。
「「イーサン!?」」
「お久しぶりです。まさかここで会うとは思いませんでした」
イーサンは笑顔でそう答えると、行く手を阻んでいた兵士に説明をする。
「この二人は私のよく知る商人です。通行証は不要です」
イーサンの言葉に、兵士たちは一瞬顔を見合わせたが、すぐに槍を下ろした。どうやら、仁と真那の見た目が冒険者風だったため、ギルドカードや街の知人に発行してもらう通行証が必要だったようだ。
商人であればそれらが免除されるらしい。グランデリッチが高級富裕層の集まる街であるため、特別な警備体制が敷かれているのだ。
「どうぞ、仁さん、真那さん、ようこそグランデリッチへ」
イーサンは現代で言うフリーアルバイターの様に、様々な依頼をギルドから受けて仕事をこなしている。
前回会ったのは馬車の護衛、今回は門番といった具合だ。仁と真那は助かったとお礼を述べ、さらにウィスドムホールで宿屋を紹介してもらった際に代金を前払いしてもらったことについても丁寧に感謝の意を伝えた。
「本来なら商人は通行証が免除されるんですが、仁さんは剣を持っているし、真那さんは防御耐性が付与されたローブを着ているので、冒険者と見なされたんでしょうね」
真那のローブは、慈愛のお古ということで旅立つ際に用意してもらったものだが、そんな機能があるとは真那も初めて知った。
「そうだったんですか。このローブにはそんな秘密があったんですね」
真那は両腕を左右に伸ばし、自分の服を改めて見つめながら驚きを隠せない様子だ。
「まあ、そういうわけで通行証なしでも大丈夫です。何か困ったことがあればまた声をかけてください」
仁と真那は感謝の言葉を繰り返しながら、ようやくグランデリッチの街へと足を一歩踏み入れた。
せっかく会ったイーサンにお礼もしたいと、二人は今晩の夕食を一緒にしようとイーサンと約束を交わした。仕事の終わる時間を聞き、また迎えに行きますと伝えてイーサンとは一旦分かれ、二人は街へ入って行く。
グランデリッチの街並みは、美しい建築物が街全体に調和をもたらす。豪華絢爛な彫刻や細工が施された建物は、貴族たちの洗練された趣味と高いセンスを反映していた。石畳の道には、鮮やかな花々が咲き誇り、その香りが風に乗って街全体に広がる。すれ違う人々は話に聞いた通り、上品な服装に身を包み、宝石で飾られたアクセサリーを身に着けていた。
仁は「まずは宿屋を確保しないと」と真那に話し掛ける。街の雰囲気から、さぞ物価も高いんだろうと少し心配していた。
案の定、街の中心部に行き宿屋を何件か見つけ値段を聞いてみるが、どこも1万ルーン以上はする。ウィスドムホールで採取依頼をこなしたといっても、その分の滞在費もあるから手持ちのルーンではギリギリであった。
もう少し手頃な宿を探そうと、仁と真那は街の中心から少し離れた場所へと足を運んだ。だいぶ街の外れまで来ると、日本風の昔ながらの木造家屋が目に入った。どこか懐かしい、旅館のような風貌をしている。
「仁!見て見て!旅館っぽいよ!」
「本当だ・・・え!?温泉マークが付いてる!」
その旅館の看板には、元の世界で見慣れた温泉マークがしっかりと描かれていた。もしやと思い、仁と真那はその日本風の建物に向かった。
そこはちゃんとした宿屋で、しかも温泉付きだった。料金を聞くと6000ルーンと、他の宿と比べると格安であった。名前は「セレスティア温泉旅館」。温泉旅館という言葉が異世界に存在することに、二人は驚きを隠せなかった。
受付を済ませ、部屋に通されるとそこは畳のある和室だった。
なぜ日本の文化が異世界にあるのだろうかと不思議に思った仁だが、すぐに慈愛の言葉を思い出した。
彼女は今までの<落ち人>から元の世界のことを聞いており、現代社会の知識を話すことも多かった。過去に訪れた落ち人たちが残した文化なのかもしれないと、仁はふと考えていたが、温泉付きの和室に、二人の気分は高揚していた。
「いやぁ~温泉か~。楽しみだ。久しぶりに湯に浸かれる」
「そうですね!私も嬉しいです!」
「混浴だといいなぁ~」
「!?」
「おっと、心の声が漏れてしまったようだ」
「もう、私の尊敬する須沖課長はそんなこと言いませんから!」
真那の仁に対する理想が思ったよりも高いことに気づき、冗談でも変なボロを出して軽蔑されないようにと仁は慌てて口を閉ざす。ゾルは無言だが、きっと呆れた顔をしていただろう。




