第82話 内部反乱 決着の行方
羽曽部食品の工場と物流センターの間に広がるトラックの駐車スペース。その一角には、今宵も再び集まった人々の姿があった。神谷率いる反乱グループの30人余りが、静かな緊張感を漂わせながら近づいてくる。それを迎え撃つように、セイジ、羽曽部社長、慈愛、そして高橋が立ちはだかっていた。
その周囲には見守るようにして小田や原田の姿もあった。
「いよいよですね・・・」
唾を飲み込むように原田が小田へ視線を向ける。小田はそれに応えるように緊張した面持ちで原田に答えた。
「大丈夫よ。私たちには品質管理課の勇者と女神が付いているわ。きっと幸運を運んでくれる」
原田は黙って頷く。小田の言った勇者とは須沖課長で、女神は岡宮主任であると理解しているからだ。
神谷は一歩前に出て、セイジに鋭い視線を向けた。
「約束の1週間が過ぎたが、商売はできたのか?何個か売れたのか?」
その声には冷笑と侮蔑が混じっていた。
セイジは一瞬、困惑の表情を浮かべた。その様子を見て、神谷は薄笑いを浮かべた。
「ふん、その顔を見る限り、私たちの予想通りだったようだな」
しかし、その瞬間、セイジの顔には別の表情が浮かんだ。自信に満ちた笑みがその口元に広がった。
「いや違うよ、俺の予想以上で困ったのさ!」
その言葉に、神谷は驚きと不信感を隠せない。セイジの態度があまりにも自信に満ちていたからだ。
セイジは無言で紙を神谷に渡す。この1週間の売り上げや、その利益率、そして異世界で暮らしていける費用も算出されたものが記載されていた。
「販売先に大口が入ってね、人手不足で困っていたのさ。ちなみにその生活費用には神谷さん、あなたたちグループも含まれているからね」
セイジは初めて神谷を"さん"付けで呼んだ。神谷は驚きと困惑の入り混じった表情で、渡された紙をじっと見つめていた。予期せぬ結果に情けを掛けられたことで、彼の心は揺れていた。
そんな神谷の姿を見た慈愛が、一歩前に出て声を掛けた。
「おい!羽曽部食品が元の世界に帰るために必要なアイテムは既に仁と真那が手に入れておる。こんなことで時間を無駄にしている場合ではないのじゃ」
その言葉に続いて、羽曽部社長が厳かに前に進み出た。
「神谷部長、この1週間で得た結果は我々の予想を遥かに超えたものだ。君たちの行動がきっかけで、我々は一層結束を強め、困難に立ち向かう力を得たのだ」
神谷は手渡された紙を凝視していた。まさか、この短期間で製造すらしていなかったにも関わらず、見事な売り上げと利益を生み出している事実に、彼の心は動揺していた。
セイジがさらに一歩近づき、優しく語りかけた。
「神谷さん、あなたたちの行動が無駄だったわけじゃない。反乱があったからこそ、この羽曽部食品の皆は一層の努力を重ね、異世界でのビジネスを成功させることができたんだよ」
神谷は手にした紙を持ったまま呆然と立ち尽くしていた。その背中を見た比嘉が一歩前に進み、神谷の隣に立って静かに声を掛けた。
「神谷部長、もう無理をするのは止めましょう!」
「む、無理だと?私は無理などしていない!こ、これはただ…振り出しに戻っただけだろう?」
神谷は言葉を絞り出したが、その声にはかつての威厳や力強さが失われていた。彼の傍らに、小池も歩み寄り、目を半ば閉じたまま訴えかけた。
「もう僕らのために無理をしなくていいです。そもそもこの反乱は、僕らの世迷言を聞いてくださって起こしたものです。もう僕らにその意思は消え失せています」
小池の言葉に、反乱グループのメンバーたちも無言で頷いた。その姿を横目で見た神谷は、申し訳なさそうに顔を上げた。
「しかし、今更こんな大事にしてしまって・・・おめおめと皆のもとに帰れるはずがない・・・」
神谷の言葉には後悔と自己嫌悪が滲み出ていた。他のメンバーもまた、同様に俯きながら沈黙していた。重苦しい空気が広場を覆う中、「パンッ」と手を叩いた大きい音がした。驚いた表情で神谷グループが顔を上げて音の方向を見る。手を大きく叩いたのは羽曽部社長であった。
「神谷部長、それに皆、誰でも気の迷いはある。こんな世界だ、私だって迷うことは沢山ある。しかし、前に進むのを止めてしまってはいけない。恐れてはいけないんだ。セイジさんは私たちに道を示してくれた。示すだけじゃない。結果を出してその道を強固なものとした。それだけではない、旅に出ている須沖課長たちも私たちの為に困難に立ち向かってくれている。ここで我々だけが逃げ出すのは許されないことだ」
神谷の体は微妙に震え、無言のまま涙を流し始めた。それを見た反乱グループのメンバーも次々に後悔したかのように泣き始める。
物流センターの責任者である高橋が、重い空気を切り裂くように神谷に声をかけた。彼は神谷の同期であり、同じ役員という立場ながらも、神谷に対しては深い敬意と友情を抱いていた。
「神谷部長、私たちが入社間もない頃、営業でどれほどガムシャラに飛び回ったか覚えていますか?もう一度、その情熱を取り戻しませんか?私と一緒に、一歩一歩、前進しましょう」
高橋の言葉には、かつての友情と信頼が滲み出ていた。神谷はその言葉に深く胸を打たれ、本心を口にした。
「この勝負、私たちの惨敗だ・・・。ここまでの短期間で、皆が成し遂げたこの数字。異世界であろうと関係ない、皆の努力が如実に伝わってくる」
神谷の声は震えていたが、そこには真摯な反省が込められていた。彼は決意を固め、静かに地面に両手をつき、深く頭を下げた。土下座の姿勢をとる彼の背中に、かつての威厳はない。ただ、心からの謝罪と誠意だけがあった。
「す、すまなかった、皆さん。一時の迷いが大惨事を引き起こしてしまった。他の皆にも誠意をもって謝罪をする。罰を受けるなら私だけで良い。どうか、他のメンバーは羽曽部食品の一員として迎え入れてください。」
神谷の懺悔の言葉は、広場に集まった全ての従業員の心に静かに浸透していった。その時、セイジが一歩前に出て、神谷の肩に優しく手を置いた。
「神谷さん。罰になるかどうかはわからないけど、お願いしたいことがある。羽曽部食品が異世界でのビジネスを始めたことで、新たな物流ルートを確立しなければならない。そこで街道まで続く森の中を商品の運搬を大量にしなければならなくなった。そこで神谷さんには、この運搬の責任者をお願いしたい」
セイジの言葉に、神谷は驚きと感謝の入り混じった表情を浮かべた。まさか、こんな形で再び頼りにされるとは思っていなかったのだ。彼は深く息を吸い込み、胸に手を当てて答えた。
「セイジさん・・・。今までの暴言申し訳ありませんでした。そしてありがとうございます。この新しい任務を全力で遂行します。過ちを犯した私にもう一度チャンスをくださるなんて、感謝の言葉もありません」
神谷は丁寧にセイジへ謝罪した。すると周りからは拍手が沸き起こった。それは改心した反乱グループに向けたものと、元通りの羽曽部食品に戻った喜びによるものだった。
どうやらこれで丸く収まったようだと、セイジは慈愛を見て顔を見合わせる。あとは羽曽部食品のメンツに任せることにし、慈愛とセイジは大会議室に戻っていった。
「小田係長・・・ネリシュギパワーですよ!僕感激ですよ!」
原田の言葉に小田は満面の笑みへと変わり、夜空を見上げた。
「(やったよ仁にぃ・・・)」
その場にいた全員が和解と再出発の喜びを分かち合う中、一人だけ異なる感情を抱く者がいた。それは真那の同期である[豊川ちはや]であった。彼女は他の従業員たちと喜びを共有することなく、蔑んだ眼差しを神谷に向けていた。
「(なーんだ、もっと面白い展開になると思っていたのに・・・所詮、この会社はお人好しの集まりね)」
ちはやは心の中で嘲笑を浮かべた。スキル持ちに選ばれなかったあの日から、彼女の内なる二面性が徐々に露呈し始めたのだ。彼女の表情や態度にはそれが一切現れず、周囲の誰も気づかないほど巧妙に隠されていた。心には冷たい闇が宿り始め、表向きは従順な社員を装いながら、内心ではスキル持ちとして旅立った真那への憎悪と嫉妬が渦巻いていた。彼女の微笑みの裏に潜む冷酷さは、未だ誰にも見抜かれていなかった。
「(この平和が続くわけがない。いずれ私の出番が来る。皆が気づかないうちに、私の計画を進めるだけ・・・)」
彼女の思考は冷徹かつ野心的だった。誰にも知られることなく、静かに機を窺っていたのである。




