第81話 約束の日
無事にブーボハム1万個を納品し、ひと仕事を終えた仁と真那は、ホッとした様子でシルバーローズ・ホテルへ向かってウィスドムホールの大通りを歩いていた。
「セイジの用意周到ぶりには驚いたけど、真那が録音していたなんて想像もしてなかったよ。さすがだな」
仁は感心したようにそう言うと、真那は照れくさそうに微笑みながら軽く冗談を飛ばした。
「えへ、これって昇格案件ですかね、須沖課長?」
「おう!本当に昇格させても物足りないくらいだよ。すごく助かった。真那とセイジの二人がいなければ、このビジネスは成功しなかっただろう」
仁は心から真那を褒め称えた。本当に仁だけではこのビジネスは成立しなかったに違いない。
残りの問題として頭をよぎるのは、羽曽部食品の内部反乱と、セイジに持ち帰ってもらったテレッドのことだった。
二人はシルバーローズ・ホテルに着くと、簡単に夕食を済ませ、部屋の共有スペースで羽曽部食品からの通信が入るのを待った。時計の針が静かに時を刻む音だけが、二人の間に漂う緊張感を際立たせていた。
通信を待つ間、真那はふと神谷のことを仁に問いただした。真那は仕事の立場上、神谷について詳しくは知らなかった。反乱を起こすほどの人物であることが不思議でもあり、興味もあったのだ。
仁は少し思い出すような素振りを見せた後、静かに語り始めた。
「俺も直接仕事で一緒になったことはないが、神谷部長は厳格な人だ。まさに昭和の断魂世代という感じかな。見た目もどこか強面っぽい雰囲気があるが、部下のためには全力を尽くす人だった。苦手な人は多かっただろうけどね」
真那はその説明に頷きながらも、何か引っかかるような表情を浮かべた。
「でも、そんな人がどうして反乱を?」
仁は唸りながら深い溜息をつき、再び語り始めた。
「う~ん。異世界という特別な環境が神谷部長の野心をさらに煽ったって所かもな。俺たち地上世界で過ごした現代人にとって、この異世界デルカニアは別の可能性を見出してくれる。それは良くも悪くもだが」
その言葉を聞いた真那は、少し考え込むように眉をひそめた。
「なるほど。神谷さんの本心はどこにあるのか、気になりますね」
「そうだな。でも、どんな背景があろうと、反乱は許されるものじゃない。今はただ、状況が少しでも好転するのを願うばかりだ」
◇◇◇
羽曽部食品の広大な敷地内、トラックの駐車スペースに広がる広場には、続々と従業員たちが集まり始めていた。夜の闇を照らし出すライトアップの光の中、社長や役員達、そして慈愛やセイジの姿も見受けられる。静寂を破るのは、物流センターから反乱グループが出てくるのを待つ緊張感だけだった。
「小田係長のメッセージ、ちゃんと届いていると良いですね」
原田が静かに口を開き、ネリシュギを物流センターに投げ込んだ時のことを思い出して小田に話しかけた。
「大丈夫よ、原田君。きっと届いているわ。羽曽部食品の社員なんですもの。根は悪い人たちではない筈よ」
小田は優しく微笑みながら答えた。彼女の言葉には、確かな信念と希望が込められていた。それはふと、仁と真那の顔が頭の中に浮かんだからだ。彼らも今回の件で色々と奮闘してくれたことは聞いていた。それが小田には心強かった。この反乱も、彼らが加わった事により、良い方向に進むに違いないと確信していた。
それは、仁と真那が仕事上の仲間でもあり、信頼できる上司と部下の間柄から来る自信でもあった。
広場には、会社の将来を左右するような重苦しい空気が漂っていた。
羽曽部社長は、厳しい表情で従業員たちを見渡し、静かに語りかけた。
「我々は一つの家族だ。この異世界に来てから、困難を乗り越え、多くの成果を上げてきた。しかし、今この瞬間が最も重要だ。反乱を起こした仲間たちも、同じ家族であることを忘れずに迎え入れよう」
占拠された物流センターの本来の責任者でもある高橋もまた、その言葉に続いた。
「皆さんの協力があってこそ、無事にブーボハムの販売も開始し、今日ここに立てている。共に困難を乗り越え、再び一つのチームとして歩み出すことを願っています」
社長と高橋の言葉には、無用な争いは避けたい事が大いに感じられた。出来る事なら和解し、元の羽曽部食品に戻そうとする決意が込められていた。そして従業員たちも、その言葉の真意を感じ取り、息を呑んでその場に佇んでいた。
そしてその時、物流センターの扉がゆっくりと開き、神谷を先頭に反乱グループが姿を現した。




