第72話 ハゲ散らかしてるおじさん
ウィスドムホールにはいくつかの貴金属店が存在していた。仁と真那は羽曽部食品との通信が繋がらないことに不安を抱きつつも、テレッドの情報を得るため、一軒の店を訪れていた。
店内は輝きを放つ宝石が散りばめられたサークレットやネックレス、指輪などで彩られ、まるで魔法によって生み出されたような美しさを放っていた。いつもなら真那も興奮するところだが、連絡が取れない状況に気がかりが募っているのか、真剣な眼差しでテレッドを探していた。
テレッドと思われる赤い鉱石がいくつも展示されていたが、大きいものでも爪ほどのサイズであり、二人が求める大きさのテレッドは見当たらなかった。
「すみません、このくらいの大きさのテレッドってありますか?」
仁が手のひらで示すと、店員は驚いた表情を浮かべながら苦笑し首を振った。
「そんな大きなテレッドは存在しませんよ」
真那は食い下がり、もう少し詳しく尋ねるも、店員の答えは同じであった
「噂では聞いたことがありますが、あくまで噂で実際に見たことはないですね」
それほどまでに追い求める大きさのテレッドは、まるで幻のような存在だったことを二人は痛感していた。
次に訪れた店でも同じような結果に終わった。宝石を扱う専門家たちが口を揃えて「見たことがない」と言うのだから、本当に存在するのかさえ疑わしくなってきた。
「どうする、真那?」
「うーん、こうして足を使って情報を集めるしかないですよね。でも、どこかに必ずあるはずだから、諦めないで続けましょう」
それらしい宝石店を一軒ずつ巡り、情報を集めることに専念するも、有力な手掛かりは見つからない。それでも、羽曽部食品との通信が繋がらないことが、二人の心に影を落としていたが、今は目の前の任務に集中するしかなかった。
100年前、異世界転移した街の話では、結局大きいテレッドは見つからないまま魔法陣を発動させ、転移に失敗したと神託書院の館長は言っていた。当時も必死に探したが見つからなかったのだろう。存在すらも危うい幻の鉱石であること以外は何の情報も得られないままであった。
何か良い案はないものかと街道を歩きながら考える仁と真那。
時間はお昼時に差し掛かり、二人は気分転換に昼食を取ることに決め、喫茶店風の店に足を踏み入れた。
店内にはコーヒーのような香りが漂い、穏やかな雰囲気が広がっていた。異世界にいながら、まるで元の世界の喫茶店に戻ったかのような錯覚を覚える。
二人はメニューを手に取り、異世界風のサンドウィッチやカラフルな飲み物の絵を興味津々で眺めた。未知の食材で調理された料理や飲み物を試すのは、二人にとって唯一の楽しみだった。
「採取の報酬ももうすぐ手に入るし、好きな物を頼んでみよう!どれにしようかな?」
仁は嬉しそうに言いながらメニューを探り始めた。今日一日物静かだった真那も、興味津々の様子でメニューを眺めている。
「この異世界風のサンドウィッチ、美味しそうですね」
「じゃあ、このコーヒーのような飲み物も一緒に頼もう」
仁が提案し、ウェイトレスを呼んで注文を告げる。新たな味覚を試す機会に期待を膨らませながらも、今日の真那の様子が気になっていた仁は、ふと考えていたことを切り出してみる。
「なぁ真那、一度これ食べたら宿に戻って慈愛に連絡取って見ないか?」
仁が心配そうに尋ねると、真那は即答で「はい」と答えた。やはり気になることは早めに片付けておきたい。冒険に身が入らないわけではないが、モヤモヤしていると本領を発揮できないと感じていた。
ウェイトレスが手に持ったトレイに、美しく盛り付けられた料理が乗せられて仁と真那の前に運ばれた。サンドウィッチはカラフルな野菜とジューシーなお肉が挟まれ、見るからに美味しそうな香りが漂っている。コーヒーのカップからは濃厚な香りが立ち上り、その深い色合いは一瞬で目を引いた。
「まさか異世界でもこんなサンドウィッチがあるんだ。見た目も美しくて、食欲をそそるな」
仁が感嘆しながら、サンドウィッチを手に取る。真那も興味津々の様子でサンドウィッチを手にし、一口噛んだ瞬間、ジューシーな肉汁が口の中に広がった。真那は驚きと満足が入り混じった表情を浮かべながら、美味しさを楽しんでいた。
「このお肉、牛肉に近いですよ。何と言うか、ローストビーフのような味わいで美味しいです」
一方、コーヒーカップからは豊かな香りが漂い、その香りに深い満足感を覚えた。口に含んだ瞬間、濃厚な味わいが舌を包み込んだ。仁は思わず一歩後ろに引いて驚いた表情を浮かべた。
「おお!こんなに美味しいコーヒーがあるなんて、コーヒー好きの俺も大満足な味だよ」
仁は興奮気味に話しながら、異世界風のコーヒーをゆっくりと味わっていた。その様子を見て、真那も自然と笑顔を見せるようになり、仁は少し安心していた。あとの残る不安は、慈愛との連絡がまだ取れていない事だけであった。
◇◇◇
食事も終わりシルバーローズ・ホテルに着くと、さっそく共有スペースで慈愛との通信を試みる。普段は夜だが昼間でも何の問題もなかろうとゾルに通信を呼びかけるようお願いする。ゾルが通信を繋ぎ始め、いつもの呼び出し音を喋りだす。
「トゥルートゥルルルルー・・・」
出ない、しかし粘ってみる。応答があるまで呼び出そうとゾルに指示をする。
「トゥルー ツカ トゥル レタ ルルルー ノジャルー・・・」
ゾルがギブアップしそうな頃、突然「モシモシ?」と聞こえてきた。いつもの慈愛の声ではない。子供の声だった。仁と真那はすぐに気づいた。これはセイジの声だ。予定通りセイジが羽曽部食品に到着したのだ。
スクリーンが空中に映し出されると、セイジの顔が大きく表示された。仁と真那はスクリーンに近づき、顔を覗き込んだ。
「あ、これ、セイジ!勝手に通信を繋ぐでない」
セイジの背後から慈愛の声が響いた。どうやらセイジはネフィリアの杖を持たされていたようだ。
スクリーンは激しく揺れ、視界がめまぐるしく変わる。今は外にいるようで、一瞬青空も見えたが、多くの人々が行き交う様子も捉えられた。そして、背後からは小さな言い争いの声が聞こえてきた。
再びセイジの顔がスクリーンに映し出される。セイジは少し困惑した表情を浮かべながら言った。
「ブーボのおじちゃん、ここの人たちは喧嘩ばかりしてるよ、こんなんで起業するつもりなの?」
仁は眉をひそめて前のめりになり聞き返した。
「え?喧嘩?喧嘩ってなんだ?」
画面が再び揺れ動き、次に映ったのは慈愛の顔だった。慈愛は呆れた様子で一言だけ「すまん切るぞ」と告げ、通信は強制的に切断された。
慈愛はセイジからネフィリアの杖を取り上げた。今回の羽曽部食品の騒動は仁と真那には余計な心配をさせないよう、ほとぼりが冷めたら連絡しようとしていたが、一瞬セイジにネフィリアの杖を預けたタイミングで向こうから通信が入るとは何とも間が悪すぎた。
「セイジ、勝手に通信を繋ぐでない。ネフィリアもじゃ」
羽曽部食品では、荷物をトラックに積み込む為の駐車スペースが工場と物流センターの間にある。
そこに対立している神谷グループと、その他の主要メンバーを集め、慈愛から両陣営に話をするところであったのだ。
「慈愛殿、それで話とは何なのですか?」
反乱グループのリーダーである神谷が堂々とした態度で話し掛けてきた。
『この対立をなくすのがセイジの初仕事じゃ』
慈愛はセイジに小声で呟くと、皆の前にセイジを連れていく。
旅に出ている二人が遣わした異世界との商売を仲介する人物と紹介した。皆は紹介された人物が子供というだけで騒めいていた。
慈愛はセイジのこれまで行ってきた商売についての才能や、その家系の凄さなどはあえて伏せていた。一番はセイジに話をさせ、実力を示し皆の信頼を得ることが良いと考えていたのだ。
神谷はセイジを目にして後ろの部下たちに振り向いた。
「私たちの判断は正しかったな」
その神谷の言葉に部下たちも口々に自分たちが正しいと言いニヤニヤし始めた。
「そこのハゲ散らかしてるおじさん?何が正しいの?」
セイジは無邪気な顔で、まるで挑発するかのように神谷に問いかけた。
神谷は顔を真っ赤にし、声を荒げた。
「ハアッン!訳の分からんクソガキが大人を舐めくさりおって!知りたければ教えてやる。こいつらと共倒れはゴメンだと言う事だ。今のままでは食料は持たない。限られた人数で帰れるその時まで生き延びるのだ!」
セイジは微動だにせず、冷静に話を続けた。
「なるほど、でもここの会社が起業して商売が軌道に乗れば、食料問題はなくなるはずだよ。ここにある食料だって限界があるしね」
セイジの言葉には一理あった。しかし、反乱グループが懸念しているのは、まさにその起業という点だった。未知の異世界で、何百人もの従業員全員が食べていけるほどの商売が果たして成り立つのか。そして、その重要な仲介人が子供であることを知り、不信感が増していた。
神谷は苛立ちを抑えきれず、再び声を荒げた。
「簡単に言うな!この世界でどうやって商売を成功させるんだ?そんな保証はどこにもない!」
この言い争いの場には全ての従業員が囲うように集合して見守っていた。その中で神谷に怒りを抑えきれない従業員がいた。
「このぉ!神谷ぁ!なめてんじゃねーぞ!」
声を荒げたのは間野であった。間野も一度は反乱とまでは行かないが暴動を起こした経緯がある。それは彼の中で一つの汚点となり、まるでそれを打ち消すかのような叫びであった。
「ああぁん?この俺を呼び捨てにするとは生意気な奴だ!」
神谷の言葉に更に怒りを覚え、今にも飛び掛かりそうな間野を稲木が必死で抱きつき抑えこんんだ。
「やめろ間野君!須沖さんと話したことを思い出せ!理性を保つんだよ!」
「くっ・・・」
握ったコブシを震わせて間野は踏み止まり、神谷を睨みつけた。しかし神谷は余裕の表情で口元が笑っていた。
「んん~?どうしたどうした?次は俺のターンで良いか?」
神谷は一瞬の冷静さを取り戻し、両腕を広げてとんでもない提案を口にした。
「他にも仲間に加わりたい従業員はいるだろう?良いぞ!受け入れてやる!ただし条件は女性のみだ!」
その言葉に従業員たちは凍りついた。女性のみとは一体どういう意味なのか。神谷率いる反乱グループには女性が一人もいない。彼の提案は想像するだけで恐ろしい悲劇が待ち受けていることを示唆していた。
「(ハゲ散らかしている"エロ"オヤジだな・・・)」
セイジは呆れた表情で神谷を見つめ、心の中で毒づいた。起業の手助けで来たはずが、何でこんなことに巻き込まれてしまったのかと、うんざりした顔で慈愛に視線を送る。慈愛も同様に眉間にシワを寄せ、セイジと同じくうんざりした表情を見せ苦笑いした。
小田や原田もその場を見守っていた。原田は順調に進んでいた異世界サバイバルが崩壊しかねない事態に怯えていた。しかし、小田にとっては全く逆の心情が渦巻いていた。彼女が最も慕っている上司と部下が、見知らぬ土地で目標に向かって前進している。その彼らの帰る唯一の場所が荒らされていることに激しい怒りを覚えていた。
無言のまま、小田は突然歩き出した。神谷の元へと向かうその姿を見た原田は驚き、小田の名を困惑の声で呼んだが、小田は歩みを止めなかった。
神谷の前に立ち止まった小田に、神谷は気味の悪い笑顔を浮かべて歓迎の言葉をかけた。
「おお、品質管理課の小田係長。歓迎するよ」
そう言いながら、神谷の視線は小田の頭からつま先までをねっとりと凝視し、両腕を広げて小田の肩に触れようとした。
その瞬間、小田の腕が高く上がった。神谷をキッと睨みつけ、神谷の手が小田の肩に届く前に振り下ろされた。
その音は、周囲の空気を一瞬にして緊張させた。小田が神谷に思いっきり平手打ちを浴びせたのだ。
神谷は驚愕の表情を浮かべた。彼の期待していた反応とは全く違う状況に直面し、思わず後ずさりした。周囲の反乱者たちもその場の雰囲気に圧倒され、ざわめき始めた。
小田は、静かだが力強い声で言った。
「この場所は、私たち全員の希望の拠り所です。神谷部長にそれを壊す権利はないわ」
その言葉は、鋭く響き渡り、神谷の笑顔を一瞬にして消し去った。そして、叩かれた痛みが実感となって湧いてきた。
「このぉクソアマがぁ!」
殴られた痛みと、皆の前で自分より格下の女性に叩かれた事で逆上した神谷は小田の腕を思いっきり掴み、反乱グループの輪の中に無理やり引きずり込もうとした。
「この女を連れて帰るぞ!手を上げた罰を与えてやる!!!」
「う・・・うわー!やめろー!!」
原田がガムシャラに腕を振り回し、半泣きしながら小田の救出へと走り出した。
その行動に、誰もがもう暴力で鎮圧するしかないと考えていた。反乱者と言えど、数は圧倒的にこちらが有利である。物流センター入口にバリケードを張って籠城でもされている状態であれば難しいが、今は話し合いの場が外に設けられている為、全員が外に出ている。
周りで見ていた男性従業員も原田の行動を見て、一気に飛び掛かかる寸前であった。




