第70話 MPK(モンスタープレイヤーキル)
翌朝、シルバーローズ・ホテルで簡単に朝食を済ませた仁と真那は、セイジの選んだビジネスパートナーと落ち合うため、神託書院へと向かった。
到着した二人は、セイジの隣に立つ人物を見て驚いた。なんと、セイジがビジネスパートナーとして連れてきたのは、馬車の旅で一緒だった商人、バルダ一家だったのだ。
「ヤーヤー!仁さん、真那さん、こんなにも早くお二人にお会いできるとは思いもよりませんでしたよ。恩人のセイジさんからお二人の名前が出たときには驚きました」
バルダは現在、三つの店舗に商品を卸しているが、過去に業績が悪化した際にセイジの助言で持ち直したという。今回はセイジのお願いを受け、一家で羽曽部食品に力を貸すことにしたのだ。無論、<落ち人>である事はセイジから説明済みであった。
真那はこの前の馬車の旅で、奥さんのリリアナが手際よく料理をこなしていたのを思い出していた。セイジが昨日、奥さんの方は元宮廷料理人だと話していたのも納得がいった。リリアナの技術と経験は、異世界での食品事業に大きな力となるだろう。
また、バルダとリリアナの娘エルミナは、セイジの手をしっかり握っていて、とても微笑ましい光景だった。エルミナはセイジに懐いているようで、その姿はまるで兄妹のように見えた。
「バルダさん、一家で力を貸していただけるとは、本当にありがたいです」
仁が感謝の言葉を述べると、バルダはにこやかに答えた。
「ヤーヤー、セイジさんには多大な恩がありますし、何よりお二人には私たちも助けられましたから。これからは一緒に頑張りましょう」
仁と真那は慈愛と羽曽部食品の皆には伝えてあるからと話をすると、よろしくお願いしますと頭を下げた。するとバルダとリリアナもこちらこそと丁寧に頭を下げて返した。
一通りの挨拶を終えると、セイジが仁に話し掛けた。
「既に売り先の店舗をいくつか確保してあるから任せてよ!ブーボのおじちゃん」
それを聞いたエルミナがクスクスと笑う。
まぁいいさ。大人の対応をしようと仁は心に誓い苦笑いをした。
聞くところによると館長は部屋に閉じこもって写本の作成を開始したようだ。「1ヵ月後にまた訪れてくれ」と、セイジは仁と真那に館長から預かった言葉を伝えた。
再会を長く楽しむ訳にもいかず、セイジとバルダ一家に別れを告げ、仁と真那は薬草の採取に向かうことにした。
◇◇◇
フェザーフォールは高い木々の間に生えており、その葉は軽くて細かく、風に乗ってゆっくりと降り落ちるという特徴があると聞いていた。
真那はスマートフォンを取り出して撮影した地図の画像を開いて、仁と場所の確認をした。
採取場所はウィスドムホールの周辺の森林であり、慣れない場所での採取には注意が必要だった。まだ二人にとってもデルカニアは未知の部分が多いからだ。
また、50枚のフェザーフォールを集めることもそうだが、品質の良いものを選びながら採取してくるようにとの依頼だった。
仁と真那は採取の詳細を確認し、森林に向かう道中、慎重に進みながらも初めての依頼ということでワクワクとした気持ちでいっぱいだった。
到着した森林は静寂に包まれていた。仁と真那は顔を見合わせて気合を入れると採取を開始した。
二人は丁寧に木々の下にしゃがみ込み、目を凝らしてフェザーフォールを見つけ出そうとした。フェザーフォールの特徴は依頼書に絵として描かれていた。
最初は少し戸惑いながらも特徴が同じものを見つけ、仁と真那はフェザーフォールの葉を手に取り、風になびく様子を感じながら優れた品質のものを選び出していく。
時間は過ぎ、仁と真那のバックは次第にフェザーフォールで埋め尽くされていった。
時折、仁と真那はお互いに微笑みながら視線を交わしていた。会社の業務とはまた別の共同作業は、互いの存在が力となり、長い時間を過ごした森の中での作業も充実感に満ちていた。
そして、最終的に3時間ほどで目標の50枚のフェザーフォールを採取することに成功した。仁と真那は満足げに集めたフェザーフォールを確認し、成し遂げた達成感に満ちていた。
一息つき帰ろうとしたその時だった。助けを呼ぶ男の声が近づいてくる。
「た!助けてくれーー」
いかにも冒険者には見えない中年体形の男が、毛むくじゃらのモンスターに追いかけられながら仁と真那の方に向かってくる。
「チッ、真那!」
「はい!」
仁と真那は集めたフェザーフォールを地面に慎重に置き、臨戦態勢を取った。仁はゾルに手を掛け、真那はスティックを構えた。二人は緊張の面持ちで迫り来るモンスターに備える。その姿はまるでゴリラのようであり、その巨大な影が二人に覆い被さって来た。
「ヤツはゴリアというモンスタージャ!」
ゾルが叫んだ。ゴリラではなくゴリアか、と一瞬の戸惑いが走るが、無駄な殺生は避けたいと考えた二人は、まず真那が氷の魔法[フロストボール]を唱えた。冷気が凝縮された球体がゴリアの腹部に直撃し、突進するスピードを落とした。
怯んだゴリアに対し、仁が機を逃さず飛び掛かった。ゾルを鞘に入れたまま、全力で顔面を強打する。これによりゴリアは突進の勢いを完全に失い、よろめきながら後退した。先程まで凶暴な目をしていたゴリアは、二人の圧倒的な強さに感服したのか、逃げるようにして来た道を慌てて走り去っていった。
「ふう、何とかなったな」
仁が息を整えながら呟いた。
「もう大丈夫ですよ」
真那が振り返ると、そこには先ほど逃げていた男の姿がなくなっていた。それどころか、集めたフェザーフォールのバッグも一緒に消えていたのだ。
「へ?どういうこと、盗まれた?」
仁と真那が呆然と立ち尽くしていると、ゾルが静かに語りだした。
「今のヤツは騒ぎに便乗して冒険者から物を盗む常習犯ジャな。ゴリアは元々おとなしい種族じゃ。あの男はわざとゴリアを怒らせて、こちらに逃げ込んできたのジャ」
「MPKか・・・」
仁が何かを思い出したように言葉を口にし、真那が首を傾げる。
「エム?ピーケー?」
「真那、すぐに追いかけよう!まだ近くにいるはずだ。俺たちの戦いを最後まで見ていたはずだ」
仁が鋭い声で言い、二人はすぐに後方へ走り出し、真那が走りながら質問する。
「仁、最後まで見ていたって、どういうこと?」
「MPKってのは冒険者にモンスターを擦り付けて殺した後、その死んだ冒険者の身に着けている物や持ち物を奪う行為なんだ。だから俺たちがやられる姿を確認するために、見ていたはずだ」
「仁、すごい!異世界のことなのに、よく知ってるんですね」
「まぁな・・・(教科書はオンラインゲームだけどな)」
「それなら少し止まって!覚えたての魔法を試してみる」
真那は立ち止まり、両手を広げて「スキャン」と叫んだ。
「スキャン対象は50枚のフェザーフォール!」
真那の発動させた魔法[スキャン]の範囲は魔法力の大きさに影響する。まだ真那の魔法力ではスキャンの範囲は狭いが、仁の言う通り、盗人があまり遠くに行っていないとすれば反応があるはずだ。
魔法を唱えると、真那の視界が変化した。周囲の円形10メートルの風景は透明なマトリックスのようなグリッドに覆われ、目的の対象だけが明瞭に浮かび上がり、位置情報を直感的に把握できる。
『見つけた・・・』
真那が静かに言い、仁に場所を知らせた。どうやら盗人は木の上に登って隠れているようだ。
『よし、ここからは慎重に行こう。急がば回れ、焦らず確実に捕まえよう』
二人は静かに木の近くに接近し、気配を消しながら盗人の動きを見守った。
その木は他の木よりひと際大きく育っており、葉が多く生い茂っている為、下からでは盗人の姿は確認できない。仁と真那は目的の木の下を囲うように立ち上に向かって叫ぶ。
「おーい!降りてこい!隠れてるのはわかってるぞ!」
しかし木の上からは何も音沙汰がない。そうかそうかと仁が手ごろな小石を拾っていく。
「仁・・・ものすごく悪い顔してる・・・」
ビュンッと仁は木の上に向かって勢いよく石を投げた。
「・・・」
何も反応がない事を確認すると次々と石を投げていく。その内「イタ!」と声が聞こえた。仁はそこかと、狙いを定めて石を次々と投げ続けていく。
「や、やめ・・・ギャ!!」
クリーンヒットしたのか、盗人は枝に引っ掛かりながらドスンと落ちてきた。盗人の前に仁は仁王立ちする。
「おい!何してんだお前!」
「石なんか投げつけやがって、クサレ冒険者がっ」
盗人は石をぶつけられた事に逆ギレして来た。仁はその発言にカチンときて尻餅をついたままの盗人に目掛けて蹴りを繰り出した。
わざと相手の顔を外して先ほどの木にドンと足の裏を当てて威嚇をし、無言で睨みつける。盗人はそれに腹を立てたのか仁と真那を見て怒鳴り散らす。
「俺にこんなことしてただで済むと思うなよ!俺のチームのボスはこの辺じゃ顔の知れた冒険者![グラム・ハンマー]だぞ!」
ん?どこかで聞いた名だと仁が考えた表情をすると、真那がボソボソと仁に耳打ちして伝えた。グラム・ハンマーはレイクサイドで会った体だけは大きい小物の冒険者の名だった。
「お前のところのボス、5日前にレイクサイドで冒険者にパンチ一発で吹っ飛ばされなかったか?顔の具合は良くなったのか?」
そう言うと盗人は「なぜそれを?」と言いかけたが、急にアワアワ慌てだした。仁と真那がグラム・ハンマーを吹っ飛ばした張本人だと気付いたのだ。
盗人は仲間内からボスを一発で吹っ飛ばしたのは男女の冒険者だと特徴を聞いていた。そしてレイクサイドから離れたこの街ウィスドムホールで、この出来事を男女二人の冒険者が偶然にも知っている訳はない。
そしてゴリアをいとも簡単に追い払った戦闘力。間違いなく目の前にいる冒険者はボスを吹っ飛ばした冒険者だと判断したのだ。
「いやぁ、へへへ・・・ダンナ、戦いの最中にせっかく集めた素材が台無しになるんじゃないかと思って、慌てて持って木の上に避難したんですよ~」
盗人は手の平を返したかのように急に媚を売りだした。さすがに現実でこんな奴に会うとは仁と真那も少し引いていた。
「はぁ、もういいよ、盗んだバック置いてとっとと行ってくれ」
仁が呆れた顔で盗人を解放した。盗人は逃げるようにしてその場から立ち上がり森林を走り抜けていった。
「仁、警察とかに引き渡した方が良かったんじゃない?」
「まぁそうだが、帰りにあんな奴を引き連れているとせっかくの採取した達成感が台無しになるのが嫌だろ?初めて採取クエを達成したことを真那と噛み締めて俺は歩きたい」
「おお、須沖課長!ナイス判断です!」
真那は仁が二人の時間を大切にしているかのような発言に嬉しく感じたのであった。それもあって少し照れ隠し気味に返答した。
◇◇◇
二人はウィスドムホールに到着し、冒険者ギルドへ報告をする。ギルドの係員は満足そうにフェザーフォールを受け取り、お礼を伝えた。
ついでに盗人の話をしたところ、各街には警備隊がいるので、賞金首であれば報奨金が貰えると教えてくれた。もしかしたらそう言う稼ぎ方もアリなのかもと仁は思っていた。
シルバーローズ・ホテルに帰り、仁と真那は疲れた身体を休めながら、手に入れたフェザーフォールの価値や冒険の喜びを実感していた。依頼を達成した成果が、冒険者としての自信となり、新たな目標への励みとなっていった。
そして夜、慈愛との通信をおこなおうとしたところ、ゾルへネフィリアから今日は通信は休みと連絡が来たと言う。
―――理由は聞いてもわからない―――
何かあったのかと考えもしたが、慈愛もいるし、たまたま都合でも悪かったのかなと、あまり深く考えないでいた。
しかしその頃、羽曽部食品の物流センターでは、恐るべき事態が展開されていた。数多くの商品が保管されているその施設は、反乱を起こした一部の従業員によって占拠されていたのだ。
不穏な空気が漂い緊張感が充満する中、物流センターへ続く通路は騒然としていた。暴徒化した従業員たちは、制服を乱し、武器を手にして立ちはだかる。羽曽部食品の秩序は崩壊寸前だった。
工場の従業員たちが必死に立ち向かっているものの、反乱者たちは組織的に行動し、その抵抗を排除しようとしていた。その反乱者は30人程で20代~50代と年齢も様々であった。物流センターの中では、荷物が乱雑に転がり、混乱が広がっていく。
羽曽部食品の幹部たちは、この事態を重く受け止め、鎮圧のために工場へ応援を求めて鎮圧しようとしていたが、反乱者たちは固く抵抗し、入口には事務机でバリケードを張り、物流センター入口での攻防は激化していった。
この異世界に漂流してしまった危機的な状況の中で、羽曽部食品の未来が揺らぎ始めた。
一体何が起こっているのか、どのような背景が反乱の原因となったのか、それはまだ明らかにされていない。
しかし、その不穏な空気が醸し出す予感は、何か大きな転機が迫っていることを告げていた。




