第69話 希少な鉱石テレッド
セイジが羽曽部食品の一員として働く報酬として、定期的に館長に商品を届けることが約束された。
「セイジはずば抜けた頭の良さであるが為に、これまでに多くの人間と関わってきたが、どれも間接的であり仲間と呼べる者がいなかったのじゃ。会社の一員となれば、そこには多くの従業員がおるじゃろ
?」
「はい、羽曽部食品には多くの仲間がいます。セイジ君もきっと溶け込めるでしょう」
仁が言うと館長はシワの多い顔を更にニコリとしてシワを増やしていた。さて、そうすると一度羽曽部食品までセイジを送り届けなければならない。
「大丈夫!慈愛様の森なら何度か本を届けに行ったことがあるよ!」
何とも頼もしい返事が返ってきた。見かけや喋り方は子供だが、言葉に芯が通っている喋り方をする。さすが大賢者の血を引く者か。
「一つお願いがある。子供の俺だけじゃ話がまとまらない可能性もあるから、ビジネスパートナーを連れていきたい。その人は商人を営んでいて、更に奥さんは王都にある宮廷の料理人を以前していた実績もある」
セイジの意見に仁は了承し、明日ここで顔合わせをするからと言って足早に部屋を出ていった。
「館長、本当にありがとうございます」
仁と真那は深々と頭を下げた。館長は「よいよい」と言い髭を触りながら話し始めた。
「運命を感じたのよ。大賢者の孫としてのぉ。私には[アストラリウス]と言う名の兄がいた。兄は《《七》》賢者の一人であり祖父と同様に大賢者と呼ばれていた」
七賢者?と仁と真那は耳を疑う。六賢者じゃなかったのか。
「15年前、第三の混沌、魔導王ヴァリオンとの戦いで命を落としたのじゃ。その戦いには主らの良く知る慈愛も参加しておった。兄は自らを犠牲にして<次元の狭間>に魔導王ヴァリオンを封印したのじゃ」
館長の話ではその後、一人欠けたことにより六賢者となり今に至ると言う。館長は祖父のやり遂げれなかった偉業と、兄アストラリウスの命を掛けた戦いを胸に、仁と真那が目の前に現れたことで、自身にも宿命を感じたそうだ。
このまま神託書院の館長として、孫の成長を見守りながら余生を過ごすのも悪くないと思っていたところであったと館長は言う。
「さてと」と重そうな腰をあげて館長は仕事に戻って明日からの調整をすると言い、先ほどいた管内の中央にある仕事場に戻っていった。仁と真那はもう少し調べものしてから帰りますと再度お礼を言い部屋を出た。
『やったね仁!何もかもトントン拍子だね』
真那は小声で言いながら、満面の笑みを仁に向けた。仁もまた、その笑顔に応えるように、喜びが顔に表れていた。
「よし、今日はテレッドについて調べてみよう!」
仁が意気込むと、真那も元気よく頷いた。
二人は神託書院の広々とした閲覧室に戻り、棚に並ぶ古びた書物や巻物を次々と手に取った。書院の中は静寂に包まれ、たまに窓から差し込む夕陽が、古いページを照らしては消えていく。二人は集中してページをめくり、時折顔を見合わせては情報を共有した。
日が暮れるまで二人は書院に留まり、テレッドの手掛かりを求めて、ひたすら資料を読み続けた。外が暗くなり始める頃、ついに調査を終えた二人は、成果を手にシルバーローズ・ホテルへと帰路に就いた。
ホテルのエントランスに到着すると、心地よい疲労感が二人を包み込んだ。真那が軽くストレッチをしながら仁の方を見た。
「今日は本当に収穫があったわね。これからも頑張らなくちゃ。」
「そうだな、少しずつだけど確実に前に進んでいる気がするよ」
仁も真那をマネて背伸びをしながら答え、ホテルのフロントに向かい部屋の鍵を受け取り部屋へと向かった。
部屋に入ると、仁はベッドに倒れ込むように横たわり、真那も椅子に深く腰掛けた。
「今日の情報を整理しよう。これで少しでも帰還の手がかりが掴めると良いけどな」
仁が言うと、真那も静かに同意した。二人は、これまでに得た内容を以下のようにまとめた。
*****
テレッド:眩いばかりの真っ赤な鉱石で、極めて希少とされる。
用途:美しい宝石として扱われ、市場には小さなテレッドが散見されるものの、大きなものはほとんど流通しない。
探求者:冒険者たちはテレッドを探し求め、貴重な情報を集めることに情熱を注いでいる。
市場価値:1センチ四方の小さなテレッドでも3万ルーンの価値がある。
発見場所:鉱石と言われているが、発見場所は様々であり特定ができない。運よく偶然に発見されることが多い。
*****
「う~ん、何か分かったかのようで、実は何も分かってない気もするな・・・元の世界へ帰還するための具体的なアイテムについては、さすがに図書館でも手掛かりがない」
仁が腕を組みながら、まとめた内容を見つめていた。
「仁、前に慈愛が<落ち人>を一人戻すのにコブシ大のテレッドが必要って言ってましたよね?何か慈愛から情報を貰えるかも。コブシ大でも市場価値は無茶苦茶高いでしょうし」
「あ、そうか!慈愛が既に持っている可能性もあるしな、大きいテレッド!」
◇◇◇
そして夜になり、仁と真那は部屋の共有スペースにゾルを設置し、慈愛との通信を開始した。
仁が元の世界に帰る方法を見つけたと伝えると、画面越しに仲間たちの歓喜の様子が映し出された。しかし、慈愛は冷静な表情で「詳しく話してみろ」と促した。仁は、神託書院の館長との会話を詳細に説明し始めた。
「なるほど、アストラリウス様の弟が神託書院の館長だったか」
慈愛は幼いながらも第三の混沌に参加していたため、当時の七賢者とは面識があったようだ。ただその表情には、どこか懐かしむような特別な優しさが漂っていた。
仁は続けて、魔法陣や詠唱のこと、そして必要不可欠な30センチ程の大きなテレッドについて話した。
「そんな大きなテレッドは、さすがに私も持っておらんの。しかも三つも必要とはな」
慈愛もこれまで見たことがないと話し、彼女の知識の中には大きなテレッドの存在に関する噂しかなかった。それでも、デルカニアのどこかに大きなテレッドが現存する可能性があるという話は聞いたことがあると言った。だが、その情報の真偽は定かではなかった。
「そうなると、私たちの次の目的はテレッドを手に入れるための情報収集ですね」
真那は慈愛の言葉を聞き、新たな決意を言葉にした。慈愛は大きく頷き、真那の意見に同意した。
「その通りじゃ。まずは情報を集めることから始めるのじゃ」
続いて、セイジの話に移った。仁がセイジの加入により、羽曽部食品の起業の可能性が高まることを伝えると、仲間たちは再び歓喜の声を上げた。
「ふむ、セイジか。良い人選じゃ。あの子のことは良く知っておる」
慈愛は微笑みながらそう答えた。セイジはしばしば慈愛に本を届けに行っていた為、二人は顔見知りだったのだ。
「明日はセイジの話したパートナーと顔合わせをして、その翌日にそちらに向かう予定です」
仁は慈愛にだけでなく、画面に映っている羽曽部食品の従業員へ向けてそう答えた。
「それは良い知らせじゃ。お前たちの努力が実を結びつつあるな」
慈愛は感慨深げに言うと、後ろにいた羽曽部社長も画面越しに声を掛けて来た。
「ありがとう。須沖課長、岡宮主任。二人のお陰で希望が見えて来た。大変だろうがこれからもよろしく頼む」
二人は羽曽部社長の言葉を受け、背筋を伸ばし大きくお辞儀をした。
こうして慈愛との通信を終えて、再び明日からのことを仁と真那は考える。神託書院の館長に依頼した魔法陣と詠唱の写本は1ヵ月は掛かると言っていたから、それまでにテレッドは見つけておきたい。
だが、現時点の情報だと1個だって手に入るかも怪しい。見つかったとしても莫大な金額で売りに出されでもしていたら手も足も出ない。
「う~ん、焦らずに地道に情報収集しながら金策でもした方が良いかな。長期戦になるかもしれないしな」
「仁、とりあえず明日はセイジ君と会ったあとに薬草採取の依頼をこなしてみませんか?」
「うん、それは良いかもな。目先のことを地道にこなした方が無難だしな」
大きな進展があったこの日。共有スペースから仁と真那はそれぞれの個室に向かい、眠りにつくまでの間、真那は魔法書の暗記に没頭し、仁はゾルから得たモンスターの情報を紙にまとめる作業に取り組んでいた。
◇◇◇
同時刻、羽曽部食品の敷地内にある物流センターの一角では、数十人の従業員がロウソクの淡い光に照らされながら円陣を組んで座っていた。節約のため消灯された空間に、緊張感が漂っている。
「神谷本部長、今日の通信の感じでは元の世界に帰るのは不可能なんじゃないですか?」
「起業するったってここはアウェーみたいなもんじゃないですか?余所者が受け居られるとは思えない」
「そうですよ、既にここは弱肉強食の世界ですよね。俺たちだけでも生き残りたいっすよ!」
「訳の分からない異世界人を招き入れて起業するなんて無理に決まってる」
従業員たちは、営業本部長であり役員でもある神谷に不安と不満をぶつける。それぞれがこの異世界での生存に対する切実な思いを口にしていた。
「ここの物流センターには食料が大量に保管されています。俺たちだけでも生き残るために、俺たちだけで使用した方が良いです」
「このままでは共倒れになってしまいますよ!神谷本部長!」
「神谷本部長!!」
皆の言葉に耳を傾け、目を瞑り黙考していた神谷が、突然目を見開き、厳然とした口調で告げた。
「よし・・・わかった。ここを占拠しよう。反乱だ・・・」
その言葉は、ロウソクの光に揺れる顔に一瞬の静寂をもたらした。しかし、それはすぐに静かなざわめきに変わり、集団の決意を固める音となった。
羽曽部食品が異世界に転移してから、団結して困難に立ち向かってきたはずの仲間たち。しかし、ここに来てそれぞれの思惑が絡み合い、会社の結束が脆くも崩れ始めていることを感じさせる瞬間だった。
異世界でのサバイバル生活は、理想と現実の狭間でさらなる試練を迎えようとしていた。




