第66話 パートのおばちゃん奮闘記
羽曽部食品が異世界に転移してから25日が経過した。異世界に転移した従業員たちは、サバイバル生活に少しずつ慣れつつあった。
現在の活動は、大きくいくつかのチームに分かれている。
まず、工場の稼働準備を進めている工場従業員と、設備課のメンテナンスチームだ。機械の整備や修理に励み、工場の再稼働に向けて日々努力を重ねている。
次に、小田農務官率いる農作業員チームがある。異世界の肥沃な土地を耕し、作物の栽培に力を注いでいる。異世界の独特な気候や土壌に適応するため、試行錯誤を繰り返しているが、その努力は確実に実を結びつつある。
また、開発課は異世界の原材料を用いて新しい商品の開発に挑んでいる。仁と真那から送付された香辛料を元にレシピを考案し、試作を重ねる日々を送っている。
さらに、水路周りや各建物の清掃を担当するチームも存在する。彼らは衛生管理に徹し、清潔な環境を保つために働いている。
川魚を釣るチームは、日々の食料確保に重要な役割を果たしている。全員に行き渡るには時間が掛かるが、それでも順番で新鮮な魚を提供する事ができ、食生活を豊かにしている。
最後に、薪拾いとお湯を沸かすお風呂準備隊がある。彼らは森で薪を集め、お風呂の準備をすることで、皆の疲れを癒している。
今述べたチーム以外にも、食料や電気、水の割り振りを行う管理部署も存在している。このように、各チームはそれぞれの役割を果たし、協力し合いながら異世界でのサバイバル生活を乗り切っていた。
そんな中、工場勤務のパートのおばちゃんたちは特にその適応力を発揮していた。今日はそのおばちゃんたちが主役の話だ。
◇◇◇
羽曽部食品の本社工場に勤務しているパート[森田悦子58歳]が日課の薪拾いをしている最中、ふと森の中に生息している植物に目が留まった。それは趣味で山菜採りをしていたことのある悦子だからこそ気付いたことであり、その植物は現代社会で見た山菜によく似ていた。
「(これ、ゼンマイじゃないかしら?)」
悦子はそう思いながら丸々と太った体を思いっきり屈み、その植物を一つ引き抜いて慎重にハンカチに包み、後で食べられるのか確認してみようとポケットにしまい込んだ。
薪拾い作業が終わると、悦子は土屋工場長の元へと足を運んだ。ハンカチに包んだ植物を見せると、土屋はそれを手に取り、もしやという表情で悦子を見つめた。
「これって異世界の山菜ですかね。食べられるのかしら?」
悦子が尋ねると、土屋は真剣な顔で答えた。
「ああ、もしかしたらこの付近の森に山菜が自生している可能性があるな。堀越本部長を通じて慈愛様に聞いてみよう」
すぐに土屋は堀越の元へ走り、現物を見せながら説明した。二人は急いで慈愛の元へ向かうことにした。
慈愛のいる大会議室のドアをノックし、了承を得て中に入る。先ほどの植物を手渡すと、慈愛はそれをじっくりと眺めた。
「これは[マイゼン]と言う植物じゃな。さすがにわしも全ての植物を把握している訳ではないが、毒などを持つ危険な植物ではない筈じゃ」
「すると、調理して食べる事が出来れば問題ないということでしょうか?」
土屋が確認すると、慈愛はうなずきながら答えた。
「そうじゃな。お主らの世界で調理法があるなら、食べても問題ない筈じゃ」
慈愛は手に持ったマイゼンをヒラヒラとさせながら優雅に話した。
この情報は大きな収穫になるかもしれない。異世界に転移したばかりの頃は羽曽部食品の商品在庫で食い繋ぐしかなかったが、今は農業も始まり、川魚も手に入るようになった。これで山菜も手に入れば、食生活も大きく前進するだろう。
そして翌日、山菜探索チームが結成された。リーダーは発見者の悦子。その他に山菜採り仲間でもあり、同じ工場勤務のパート[鈴木清美57歳]と[長橋美佐子55歳]が選出され、保護者として土屋工場長が同行する事となった。
「工場長も一緒に行ってくれるなんて嬉しいわ~」
「もしかしてこの中にお目当ての人でもいるのかしら?」
「主人もいるのに襲われたらどうしましょ~」
好き勝手に言うパートさんに対し、土屋は嫌な顔一つ見せずにいたが、内心は苦笑いをしていた。
「(襲われたらどうしましょ~って、こっちのセリフだよ・・・)」
土屋は心の中で突っ込みを入れながら空にした防犯リュックを背負い、4人はいざ森の中へと歩いて行った。
「ここにもある!あそこにも!」
悦子の声が森の中に響き渡る。4人は慎重に植物を採取し、それを種類ごとに袋に詰め、リュックへと集めていった。
慈愛にはゼンマイしか見せていない。取り敢えず現代社会で山菜と呼ばれる植物に類似している物は、袋に小分けしておいて後で鑑定してもらう事とした。
「あら、工場長の袋、あまり山菜が採れてないわ?」
「ああ、いまいちどれが山菜なのか見よう見まねで採っているからな」
「違うわよ悦子さん!工場長、さっきから私たちのお尻ばかり見てて手が進まないのよ!」
「ヤダー!ギャハハ!!!」
「(見るか!んなモン!!!)」
しかし、順調に思えた探索にもトラブルはつきものだった。
「キャー!」
突然、美佐子の悲鳴が森の静寂を破った。
「どうした!?」
土屋が駆け寄ると、美佐子は蜘蛛の巣に絡まってパニック状態になっていた。
「大きな蜘蛛の巣が私の身体に!誰か取って!」
「待って、美佐子さん、動かないで!」
土屋は冷静に蜘蛛を手で払いのけ、美佐子を安心させた。
「はぁ、びっくりしたわ…。工場長、ありがとう。どさくさに紛れて胸に触れた事は黙っておくわ」
「(・・・触れて・・・無いよな)」
美佐子がほっと息をつき、土屋が唖然としていると、再び別の声が響き渡った。
「キャー!」
「今度は何だ!?」
土屋が慌てて声の方向へ駆け寄る。そこには、先ほどと同じように蜘蛛の巣に引っ掛かっている清美がいた。土屋は木の枝を拾い、蜘蛛の巣から清美を解放させた。
「ありがとう工場長・・・どさくさに紛れ・・・」
「いやいや、皆さん夢中になるのも良いけど、あまり離れないようにしま・・・」
「キャー!」
清美の言葉を遮った土屋の声を、更に遮るようにまた悲鳴が聞こえた。
「(またか)今の声は悦子さんだな」
慌てて工場長たちが向かうと、そこにはまた蜘蛛の巣に引っ掛かっている悦子がいた。
しかし、何かがおかしい。それは蜘蛛の巣の大きさだった。直径が5メートル程の巨大な巣で、蜘蛛の糸も5?程と太かった。
「うわっ、なんだこの大きさは!?」
土屋が驚きの声を上げると、巨大な蜘蛛の巣の真上から、異様に大きな蜘蛛が現れた。
異世界の自然の脅威が目の前に突如として現れたのだ。
「みんな、冷静に!あまり動かないで!」
土屋は必死で指示を飛ばした。何か大きな動作をして刺激でも与えたらこの蜘蛛は襲ってくるかもしれない。
その蜘蛛は全長1メートルほどあり、体色は暗い紫がかった黒で、不気味な光を放っていた。脚は細長く、節ごとに鋭い棘が生えており、動くたびにカサカサと音を立てる。目は複数あり、光を反射してぎらついている。その視線がどこを向いているのかはっきりしないため、不気味さが増すばかりだ。
腹部には模様が浮かび上がり、異様な恐怖を感じさせる。口元には鋭い牙が並び、微かな唾液が滴り落ちる様は捕食者そのものだった。
「こここ、これって、何かの特撮映画みたいじゃない?!」
清美が笑いを交えながらも震える声で言った。
「(確か以前、慈愛さんが言っていたな。邪悪=生存本能とは違うと)」
土屋は冷静に周囲を見渡し、適当な武器を探した。幸い、近くに手ごろな木の枝が落ちていた。それを拾い上げ、土屋は手馴れた手つきで慎重に蜘蛛を威嚇し始めた。
異世界に転移する前、土屋は学生時代から剣道を続けていた。その為、棒切れであろうと多少の武術の心得はある。
「このままじゃ危険だ。清美さん、美佐子さん。俺が悦子さんの所へ一気に近寄って蜘蛛の巣から助けて来る。それまでの間、蜘蛛の注意を引いてくれ」
「わわわ・・・わかったわ、工場長。気をつけてね。」
清美と美佐子は足元に転がっている石を拾い始めた。
「よし、一気に行くぞ!」
土屋は掛け声とともに、棒を振り回しながら悦子の元へ近づき、蜘蛛の巣を叩き切って行く。
すると、巨大蜘蛛は無音のまま、一気に土屋と悦子の元へと素早く移動して来た。
「今よ~~!!!」
清美の掛け声に美佐子も反応し、二人は石を投げ始めた。
石は直撃こそしなかったものの、巨大蜘蛛の周囲に投げられ、徐々に巨大蜘蛛を後退させていった。
もう少しで悦子に絡まった蜘蛛の巣を切断できる。しかしそう上手くは行かなかった。巨大蜘蛛は口から数本が束になった糸を吐き、遠くから石を投げている清美と美佐子の身体を絡めとった。
「なに!?」
鉄砲の弾のように発射された蜘蛛の巣の糸で、石投げをしていた二人の身体を絡めとり、動きを封じられてしまった。
すると、巨大蜘蛛は土屋の方へと振り向いた。糸を吐き出し、土屋の持つ木の棒へと絡み付かせた。しかし、それはただ絡み付いただけではなかった。巨大蜘蛛の口から途切れることなく糸が伸び、それが土屋の手に持つ木の棒まで繋がっている状態で絡み付いていたのだ。
糸を手繰り寄せるように、巨大蜘蛛は土屋に近づいてきた。
「(グッ、すごい力で振りほどけない)」
土屋は力の差に圧倒され、必死に抵抗するも巨大蜘蛛の力には敵わなかった。
巨大蜘蛛はすぐ目の前まで迫っていた。その無機質な目には感情が読み取れないが、勝ち誇ったように感じられた。土屋の真上まで来た巨大蜘蛛は、その大きな口を開けた。鋭い牙が露わになり、土屋の恐怖を煽る。
「やばい・・・」
土屋の声はかすれ、冷や汗が頬を伝った。その瞬間、後方から悦子の声が響いた。
「これでも食らって~~~!」
悦子は絡み付いた蜘蛛の巣の隙間をぬい、リュックから必死に何かを取り出していた。それは、彼女がいつも持ち歩いている虫よけスプレーだった。悦子は勇敢にも巨大蜘蛛に向かってスプレーを噴射した。透明な霧が巨大蜘蛛の顔に直撃し、聞いた事のない叫び声が聞こえた。
巨大蜘蛛は一瞬戸惑い動きを止めた。その反応を見逃さず、土屋は体をひねり手にチカラを入れ、絡み付いた糸を何とか引きちぎろうと全力を尽くした。
「プギャー!来るなー!」
悦子はさらにスプレーを噴射し続けた。巨大蜘蛛は顔を振りながら後退し、視界を遮られたかのように動きを鈍らせた。
「(行ける!)」
土屋は糸が緩んだのを感じ、最後の力を振り絞って棒を振り回した。すると糸が切れ、土屋と悦子は自由を取り戻した。
「皆、今のうちに逃げるんだ!」
土屋と悦子は叫びながら後退し、清美と美佐子に絡まっている蜘蛛の巣を二人掛かりで外すと、4人は急いでその場から離れた。
◇◇◇
「本当に助かった悦子さん。よく虫よけスプレーを持ってましたね」
土屋は息を切らしながら感謝の言葉を述べた。
「これくらいお安い御用よ。普段持ち歩いている虫よけスプレーがこんなに役に立つなんてね」
悦子は冗談めかして言ったが、その顔には安堵が浮かんでいた。
一行は無事に森を抜け出し、安全な場所へと戻った。今回の山菜採りは思わぬ大冒険となり、異世界でのサバイバルがいかに危険であるかを再認識させられる出来事となった。
「それにしても、こんな経験をするとは思わなかったな・・・」
土屋は深いため息をつきながら、改めて異世界の厳しさを噛みしめたのであった。




