第6話 貯水タンクの再始動
2日目の朝、いつもと違う寝床に気付き、誰もが異世界に転移した事が夢でなかったと諦め、現実を受け入れながら起床し始めた。
仁も緊張の為か、あまり深い眠りには至らなかった。
朝は部署ごとに点呼を取る事から始まった。
さすがに夜のうちに居なくなる輩はいないと思うが、皆の安否を確認する上で行う事となった。
その後、各部署に配られた食料で朝食を済ます。
まだ今日の予定は決まっていない。このままダラダラと過ごす訳にも行かないだろう。ある程度お偉いさん達が決めた方針や相談事を詰めなければならないが、昨日出会った異世界人慈愛は今日のいつ来るかもわからない。
本社棟の屋上から見た周辺の景色は一面森であった。
太陽や雲、そして青空は今まで見て来た景色と同様だ。しかし近代的な羽曽部食品のビルや工場だけが、大自然の深い森の中にポツンと取り残されているように感じられた。
周辺の木々には現代社会で見た事もない植物が生えているのを従業員の誰かが発見した。その話はすぐ広まり、ここが本当に異世界である事を皆が改めて納得していた。
無論、皆は昨日、異世界人の慈愛が引き連れたプテラノドンの姿を見ているから、明らかに現代社会ではない事はわかっていたが。
廊下に出ると仁は稲木の姿を見掛けた。稲木はバツが悪そうな顔をして舌打ちをし、仁を避けるようにして自分の部署の部屋へと即座に戻って行った。
稲木の顔は少し赤く膨れ上がっていた。
昨日の原因に関してはこちらに非がある訳でもない。だが、仁は暴力を振るってしまった。しかも大勢の部下たちの前で。
原因とか善悪でなく、やはり人を傷付けるのは後悔の念が多い。仁は大きくため息をつき、そのまま外に出て一人工場へと向かった。
工場の外には多くの人が集まっていた。
設備課が自動車3台を工場に横付けし、貯水タンクへと何やら配線を組んでいた。
「おはよう!須沖!」
土屋が手をあげ挨拶すると、次に手招きをしてきた。
「おはようございます。もしかしてポンプの稼働テストですか?」
「おう、テストと言うよりぶっつけ本番だがな」
土屋が笑い、そう話していると何やら人混みから歓声が聞こえ、拍手が聞こえた。
「お、どうやら上手くいったようだな」
設備課が土屋に向け、手で大きく丸を作って合図していた。
「水はどれくらい持つんでしょうかね?」
仁は現実的な質問をした。取り急ぎこれで水には困らないが、それも貯水タンクに入っている分だけである、そう長くはもたないだろう。
「今の貯水量であれば5日、節約すれば10日ぐらいかな」
「だいぶ予想に開きがありますね?」
「正直、298名が生活するににどれだけ水を使用するかなんて、俺には皆目見当もつかんよ。概算だ」
そう笑う土屋だが、今までの仁の知っている土屋なら、その概算もほぼ当たりの範疇であると頷いた。
順調に稼働するポンプをしばらく眺めているとと、本社棟から一人の男性従業員が工場に向け走って来た。その従業員の後ろに見える本社棟からはプテラノドンが屋上に降り立つのが目に入った。
どうやら慈愛が来たらしい。
昨日の話の続きをする為、再び従業員全員を大会議室に集めることになった。
◇◇◇
本社棟の玄関口に戻ると、真那の姿が見えた。真那も仁を呼びに来たようであった。仁は真那にプテラノドンの姿を見た事を伝え、大会議室に集まる事を理解してるように頷いた。
階段を昇り大会議室のある12階を目指すと、ちょうど屋上から荷物を片手に携えた慈愛が降りて来た。
しばらくこの本社棟に滞在すると言う話は本当らしい。
慈愛の右手には布製の膨れ上がったバッグと、左手には何やら杖の様な物を持っていた。ファンタジー世界の魔法使いが持つような杖なのだろうか。だが、その先端にはミイラ男ならぬミイラ女のような包帯グルグルの顔のオブジェが取り付けられていた。
なぜ、ミイラ女とわかったのか。
その包帯の隙間からは髪の毛の束がツインテール風に左右へ飛び出しており、唯一、包帯の隙間からは赤い紅色の唇が見え、何とも異様な不気味さを漂わせていた。
慈愛は会議室に入ると一番奥に陣取り、近くにいる従業員に声を掛けた。
「おい、そこのお主。まずは約束の朝食を持って来るのじゃ」
それを聞いた従業員は慌てて、その旨を自身の上司に伝え、食事の準備をする事となった。
「(おいおい、まずは朝食かよ・・・)」
もう既に従業員が集まり掛けている事で、仁は異世界人の行動に少し呆れていた。




