第5話 異世界最初の夜
段ボールと食料、そして防災用の簡易トイレを工場から譲り受け、仁たちは品質管理課の部屋に戻って来た。
時間は20時を過ぎていた。明かりは何とかスマートフォンのライトで各々が照らし出すことが出来るが、それもその内電源が切れてしまう。
非常用のランタン式ライトもあるが、さすがに全員の手元を照らすほどの数はない。皆は部署ごとに配布されたライトの周りに集まって食事をする事となる。
仁たちが工場からもらってきたのは、チルドのハムやソーセージ、そして冷凍状態の肉まんだ。
「須沖課長、肉まんはどうするんですか?チン出来ないですよ」
小田が肉まん片手に質問してきた。
「それは既に加熱はしてあるから、解凍して食うしかない。一晩出しておいて明日の朝食用だ」
「なるほど、そういえば調理室のガスも使えませんでした。漏れている訳ではないでしょうけど」
「ああ、もしかしたら本社棟は都市ガスだったかもしれないな。何にせよ、工場にはガスタンクもあるだろうから、その辺も明日聞いてみよう」
「でもそれも限りがありますよね(ボソ)」
原田がソーセージの袋を開封しながら呟いた。
その呟きにつられてか、皆の顔は俯き加減になる。
仁はそんな雰囲気を感じ取り、手をパンパンと2回叩いた。
「みんな、俺たちはまだ良い。なぜなら飢えは無いからだ。テレビのニュースでも戦争などの悲惨な状況は見て来ただろう?今はつらいだろうが皆で踏ん張るしかない!」
仁の言葉に勇気づけられたのか、皆は軽く頷いて決意したようにソーセージを口に運んで行く。仁もそれを見て同じようにソーセージをガブリついた。
「うん!そのままでも美味い!さすが羽曽部食品のソーセージだ!」
「そうですね!美味しいですよ!」
真那が仁の言葉に便乗するように微笑んだ。すると皆も顔を見合わせながら軽く笑みがこぼれ始めた。
仁の言うように食料にはしばらく困ることは無いだろう。製品を大量に保管してある物流センターも一緒に転移した事が幸いした。
まだ時期も春先で若干の寒さはあるが、寝れない程寒い訳でもなかった。毛布などの備蓄も会社にはあるが人数分はない。とりあえず通勤時に来ているコートやジャンバーを掛け布団代わりに羽織るだけでこの時期の夜は越せる。
だが、原田の言うように資源にも限りがある。
異世界人の慈愛が話したように帰る方法が見つかるまでは生活基盤を築き安定させなければならない。
皆は食事も終え、段ボールを使いそれぞれの寝るスペースを確保していった。仁は周りを見渡して一段落したのを確認すると、品質管理課の出口に向かった。
その姿に真那が気付き、顔を上げた。
「どこ行くんですか?須沖課長」
「ああ、外の喫煙スペース行って来る」
仁は二本指でタバコを吸う仕草をして答えた。真那は目を細めてジーッと仁を見たが、逃げるようにして仁は扉を開け振り向いた。
「皆は自由に寝ててくれ。起こさないように戻るから」
そう言うと仁は手を振りながら廊下の闇に消えていった。
消灯と言う訳ではないが、電気削減の為か、ほとんどの部署の部屋から灯りは消え始めていた。
月明かりの照度でも目が慣れてくると、廊下を歩く分には申し分ないぐらいの明るさで視界を確保する事が出来る。
時折り、仁の歩く廊下まで、各部屋の中からすすり泣く声も聞こえた。この状況に様々な想いを色んな人が抱いているのであろう。
喫煙スペースに着くと、一人の影が見えた。その男は電子タバコを片手に仁の姿にも気付いた。
「ああ、須沖課長か」
「堀越本部長、お疲れ様です」
仁は隣に立ち、口に煙草をくわえライターを取り出す。仁は紙煙草なのだ。
「電源が無くなったらこれは吸えんな。また紙煙草に戻るか」
堀越が電子タバコをヒラヒラと揺らした。
「これだって、この世界にあるかわかりませんよ」
仁は指に挟んだ紙煙草を見つめ、煙を吐きながら答えた。
この[堀越幸雄]は仁の直属の上司にあたる。仁が羽曽部食品に入社した時は同じ工場勤務で良く世話をしてもらった昔馴染みの大先輩でもある。
今は羽曽部食品の役員でもあり、立場は仁よりもかなり上の存在となるが、今でも仁のよき理解者だ。
「そう言えば話を聞いたが、プテラノドンと戦ったんだって?」
「いやいや、逃げただけですよ。どこで尾ヒレが付いてるんだか・・・」
仁は困ったように左手を振った。
「ん~、何か異世界人の慈愛さんが言っていたスキル持ち。須沖、お前かも知れないなぁ~」
「か、勘弁してくださいよ。こんなおっさんを旅立たせようとしないでください!」
今度は本当に嫌そうな顔をして仁は否定した。
「はは、まぁ従業員の中に本当にいれば希望も見いだせるんだが」
「そうですね・・・」
仁はタバコの火を消し、軽く会釈をして戻ろうとした。
「おや?1本だけか?」
「ええ、節約です!」
仁はタバコの箱を入れた胸ポケットを叩く仕草をした。
品質管理課に戻る為に階段を上がっていると、何やら急に女性の叫び声が聞こえた。
その声は聞き覚えのある声、真那の叫びであった。仁は階段を駆け上がり品質管理課の部屋へと走った。
廊下の先には皆からスマートフォンのライトに照らし出されていた稲木がいた。稲木は真那の腕を掴んで部屋から出ようとしていた姿で硬直していた。
「おい!大きな声出すんじゃないよ!お前が誘って来ただろうがぁ!」
「何言っているんですか!誘ってなんかいません!」
どうやら稲木は自動販売機の一件で、真那が制止したのを、自分に気があると大きな勘違いをしているらしかった。
先程、約束通り飲み物を持って行くと、手渡した瞬間、手を両手で弄るかのように握られたようだ。真那は相手が部長と言う立場でもある事から愛想笑いをしてその場から離れていったのだが、どうもそれを稲木は真那が嫌な顔をしない事でとんでもない勘違いをしたようだ。
「おいっ!」
仁がその場に到着し、稲木を睨みつけた。
真那は仁の姿を見て救われた顔をした。
「じ、仁っ!」
「(おやおや、下の名前で呼ぶなんて真那さんやる~)」
小田が眉毛を少し上げた。同じく原田も同様に真那の言葉に気付いていた。
「(岡宮主任、また須沖課長を呼び捨てだ・・・)」
「おいとはなんだ!おい!キサマ!立場をわかっているのか!?」
稲木は仁に威嚇した言葉を投げつける。だが仁は一歩も引かず、怒りの形相で稲木に近づいた。
「手を放しやがれ!このブタやろうがぁ!」
仁の叫びに皆が一瞬ビクッと肩を揺らした。聞いたこともないような上司の怒りの叫び。
そして次の瞬間、稲木の身体が3メートル程後方にドンッと鈍い音を立てて倒れ込んだ。
仁が稲木の顔面にパンチを喰らわしたのだ。パンチした瞬間、仁は真那を自分の元へと手繰り寄せた。
「大丈夫か、真那」
「へ、平気・・・でも稲木部長を・・・」
そう、仁は役職が上である部長に手をあげてしまった。これに誰もが稲木に対し自業自得と思うのと同時に、仁の安否を気遣った。
「てっ、テメー須沖ぃぃ!殴ったな!部長である俺を!!!」
その言葉に仁も一瞬躊躇する。感情に任せた行動とは言え、少しやりすぎた感はあった。仁は稲木の言葉に何とも言えない顔を向け、その場に沈黙する。
「はっはっはっ!やるな須沖課長!プテラノドンに続きイナブタを1匹討伐か」
仁が走って来た廊下の奥から声が聞こえた。暗がりで誰だか見えないが、そう言った人物はゆっくりこちらに歩いて来る。
「だっ、誰がイナブタだ!・・・、・・・、ほ、堀越本部長?」
立ち上がった稲木はその男の姿を見て動きが止まった。暗がりから顔を見せたのは堀越であった。
「スマンスマン、稲木部長。ところで今の騒動だが、ウチの須沖はそんな簡単に手はあげないぞ?理由は後で聞くが、キミにも非はあったんじゃないかな?」
堀越は"ウチの"と仁を身内かのような発言で遠回しに仁の味方である事を示した。
周りで見ていた部下たちも、稲木に冷たい視線を送っていた。稲木はその場に居づらくなったのか、悔しそうな顔をしながら堀越に頭を下げると情報技術部の部屋へと戻って行った。
仁は堀越に向けて振り返り、姿勢を正して礼をした。
「申し訳ないです。つい感情的に・・・」
「いや、経緯はどうあれ部下を守ってくれたのだろう?ありがとう」
堀越は叱る訳でもなく、仁の肩に手を置いてお礼を述べた。そして次に質問をしてきた。
「この異世界というのか、この世界では私達管理職がしっかりと理性を持って行動していかなければダメだ。狂気に走ってはいかん。それには部下たちが道を外さぬよう、どう指示をしていけば良いかわかるか?」
仁は少し考え、堀越に答えた。
「道を外さぬようにしっかりと目標を定めてやることが大事だと思います。まずは大きな目標を立て、その道中に小さな目標を立てて達成感を味合わせてやる事が、理性を失わずに前へと進む事が出来ると思います」
仁の回答に堀越は満足そうに仁の目を見て2回頷いた。
「うん、そうだな。一部マニュアル通りの答えでもあるが、お前は部下にも慕われている。稲木部長には明日、私からフォローを入れておこう。部下の為に行動するお前を誰も非難はしないさ」
堀越は仁の肩に手を置き、そしてその場を去って行った。
部下たちが仁の周りに集まってきた。皆が心配そうな顔を向けていた。
「あはは、大丈夫だ。心配かけたな。みんなスマン」
「いやいや、謝るのは私たちですよ。ありがとうございます。須沖課長」
小田が皆の言葉を代弁するよう仁にお礼を言った。真那も自分のせいで大変な事態になってしまった事に顔を曇らせていたが、仁は優しく真那にもフォローを入れた。
仁たちは品質管理課の部屋に戻り、各々の作った寝床スペースに戻った。
仁も男性用に用意された検査室の空きスペースに段ボールを敷き、ゴロッと寝転がった。手を組んで頭の後ろにまわして天井を見つめた。
生活していくには資源の問題だけじゃない。
仲間たちの協力が必要だ。誰か一人が暴走すれば取り返しのつかない事になってしまう可能性だってある。
誰一人欠けることなく元の世界に戻る事。
これが大きな目標、ゴール地点だ。
そんな想いを頭の中に巡らせながら、仁は異世界初日を終えた。




