第4話 サバイバル生活の始まり
異世界人である慈愛の話は一度終わり、集められた従業員たちは各々の所属する部署へと戻って行った。
慈愛は普段住んでいる森の外れにある神殿に、また明日来ると言って去って行った。去り際に結界魔法[オーロラフォートレス]は、そのまま持続している事を皆に伝えていった。
時間は既に17時を回ろうとしていた。日が沈みかけ、辺りも暗くなり始める。
今日は家に帰れない、いや明日も帰れないかも。
家族にも会えない、子供の迎えにも行けない。
いつか帰れるのだろうか・・・
そんな想いがいくつも交差し、暗くなり始める視界が更に皆を不安にさせた。
一部の上層部は会議室に残り、今後の事について打ち合わせをしていた。仁は部下たちと品質管理課の部屋に戻り、椅子に大きく身を預けた。
「(ふ~色々あった一日だったな・・・いや、まだ安心してはダメだな、夜も長い)」
仁は体勢をバッと戻し立ち上がった。
「みんな、正直俺も戸惑っているがまずは落ち着いて行動していこう。少し皆の意見を聞きたいが良いかな?」
皆が暗い顔をして集まってきた。足取りはやはり重い。
仁は皆が集まった事を確認すると、取り合えず今晩の過ごし方について話を始めた。
無論、寝床などない。
皆の意見を聞き、寝る場所はそれぞれのデスク付近に寝る事と決まった。仁は後で工場から商品梱包用の新しい段ボールを持って来ると話した。
床に敷いても良いし一時的な壁にも応用できる。簡易的な利用をするなら段ボールは大量にあるし有効活用できる。
そして、女性比率の多い品質管理課では、男性陣は検査室で寝る事となった。品質管理課の事務とは壁一枚隔てた部屋となる。
「あと、貯水タンクに水はあるが、電気が来ていないからポンプが動かない。だから手で汲みに行かなければならないが、今日はもう日が暮れて無理だ。飲み水は各自持っている非常バッグの中に備蓄されている水を使ってくれ」
「あの、須沖課長・・・」
小田が女性陣を代表してちょこんと手をあげた。
「もちろん風呂やシャワーは無理なのわかってますが、トイレはどうしましょう?水が流れないですよね・・・」
「ああ・・・確かにそうだな・・・」
仁は思い出したように腕を組んで天井を見上げた。しかし、今の状況ではいくら考えても良い案は浮かばない。
「取り合えず今晩だけは流す必要のある排泄物は防災用の簡易トイレで済ませるようにしよう。後で防災用の簡易トイレもどれくらいの数が備蓄されているか見て来る」
仁は少し困ったようにそう説明をするが、それに対し誰も嫌な顔一つせずに頷いた。誰もがこの現状を理解し始めていた。
しかし、そんな危機的状況でも、自分たちの目の前にいる須沖課長は前向きに話をしてくれている。そんな仁を品質管理課の皆が頼りにしていた。
「それじゃ原田君、一緒に工場へ段ボールを貰いに行こう。ついでに食い物も貰ってくるか」
仁がそう言うと、真那も手伝いますと手を挙げた。
真那も一緒に行く事となり、残ったメンバーは地震で散らかっている部屋の中を片付け始めた。
原田は真那が付いてくと言った事が嬉しかった。入社当時から後輩となる自分の世話をしてくれる岡宮主任。原田にとって真那は容姿も性格も恋焦がれる人物でもあった。
そんな真那が自分が行く事になった時、手を挙げた事が、もしかして自分に気があるんではないかと、こんな状況下ではあるが胸が躍っていた。
◇◇◇
仁たち3人が本社棟の玄関口へと続く階段を降り始めると、下の階から大きな音が聞こえた。ガンガンと何かをぶつけている音だ。それは一度ではなく、続けて二度三度起こった。
何事かと仁は真那と原田の顔を見合わせた。そして仁は足早に階段を降りて音の方向へと視線を向けた。
薄暗い中、一人の男が息を切らしながら立っていた。片手には椅子を持っている。男の前には自動販売機が3台並んでいるが、所々がへこみ、透明なアクリル板にはヒビが入っていた。
「お~、須沖課長。ちょうど良い所に。これ壊すの手伝ってくれ」
薄暗い中から聞こえたその声は、情報技術部の稲木であった。
「稲木部長?ですか・・・ダメですよ。自動販売機壊すなんて」
仁が宥めるように近づくと稲木は声を荒げた。
「はぁ!?買おうとしたら金が入らんから壊してるんだろうがぁっ!」
「いやいや、電気が来てないから今は無理ですよ・・・」
仁の言葉に更に苛立ったのか、稲木は手に持った椅子を仁の足元へと投げつけた。
「偉そうに言うじゃねーか!たかがイチ課長がぁ!」
稲木の理不尽な言葉にさすがに仁も表情が一変した。
自分がバカにされたからではない、部下の女性たちも一致団結してこの危機を乗り越えようとしている。それを上司とも言える役職付きが身勝手な行動をしている事に腹を立てたのだ。
仁はいつものように軽く流す訳でもなく、無言のまま一歩、稲木へと歩みを進めた。
すると真那が二人の間に割って入るように飛び込み両手を広げ稲木を見た。
「稲木部長!後で私が飲み物持っていきますから!席に戻って待っていてください!」
真那が続けて作り笑いを稲木に向けると、稲木はそうかそうかと納得したのか、仁の隣を何食わぬ顔で通り過ぎ、その場から去って行った。
仁はそのままの姿勢で一点を無言で見つめていた。内心、本気で殴ってやろうかと思っていた。そんな仁に感付いてか、真那が意を決して飛び込んだのだ。
「すごいです!岡宮主任!躊躇なく間に入るなんて!」
原田が真那を絶賛していた。原田はまだ入社2年目、真那も原田の上司となる。
「はぁ・・・躊躇なくないですよ・・・今も心臓がバクバク言ってますよ・・・」
「いや、すまなかったな。真那・・・」
面目無さそうな顔をしていつもの表情に戻った仁は真那を見た。
「大丈夫ですよ仁!私が付いていますから!」
真那は得意げな顔をして仁の肩をポンポンと叩いた。
その光景を原田は不思議そうな表情で見つめていた。
「(お互い呼び捨て?何かいつもと距離感が近くないか・・・?)」
◇◇◇
3人が工場に着くと、事務所がある3階のフロアーだけは非常用の電源でうっすらと明かりが灯っていた。他の部署のメンバーたちの姿も見える。食料品やその他必要な物を探しに来たのだろう。
「あっ!」
原田が声をあげた。目線の先には壊れた自動販売機の前にジュースが並んでいた。
「おー!須沖!」
工場長の土屋が仁の姿を発見して近づいて来た。
壊れた自販機を横目にどうしたのかと仁が質問した。すると土屋が苦笑いしながら答えた。
「どうせ誰かが壊してしまうだろうから、取り合いになる前に皆で壊したよ」
さすがの行動力と言うか思い切った事をする。だが、そう言う性格もあってか、彼は出世も同期の仁より早い。
「ほれ」
土屋が仁に缶コーヒーを投げた。
仁はそれを受け取り、複雑な表情をすると土屋に投げ返した。
「ん?飲まんのか?」
「いや、ブラックは飲めないんで微糖にしてください」
仁は笑顔を作った。それに釣られ、土屋も口元を緩ませ、再び違う缶コーヒーを手渡した。
「ところで今後の方針が決まったようだ。説明しよう」
土屋は仁たち3人を事務所内に呼び込むと、それぞれに椅子を与えて自分の席で話し始めた。
今後の方針について。
それは羽曽部社長や役員たちが、慈愛と名乗る異世界人と大会議室で話した後におこなっていた会議によるものだ。どうやら部課長たちより先に連絡が工場長に来ていたようだ。
現在、この異世界には敷地ごと羽曽部食品は転移している。本社棟、食品工場、物流センター。
そして総従業員数は298名で男性が153名、女性は145名。女性比率が多いように思えるが、これは工場でパートとして働く女性従業員が多く存在する為だ。
転移した敷地には駐車場も含まれていた。社用車や個人の自家用車を含むと計187台。また大型の運送トラックも計10台。トラックの内訳は冷蔵車3台、冷凍車7台だ。
「この10台のトラックを用いて製品を明日出来るだけ積み込む。燃料となるガソリンは皆の車から分けてもらう。食料も日持ちしない物から消化していく」
取り合えずトラックが倉庫代わりになりそうで安堵するが、仁は続けて質問した。
「そうですか、それでどれくらいの期間がいけそうなんですか?」
「正直そこまではわからん。燃料もどれくらいあるか現時点では不明だしな。明日、この異世界にも同様の燃料が無いか聞いてみるそうだ」
「聞く・・・慈愛か・・・。信用して良いのだろうか」
仁は慈愛の顔を思い浮かべた。
「おいおい、最初に信用するしかないって言ったのは須沖、お前だぞ」
「ハハ、そうでしたっけ?」
「お前は一部の従業員には英雄視されてるんだから、しっかりしろ」
「え、英雄??」
仁が驚き、左右に座っている真那と原田も仁の顔を見た。
「ああ、異世界に来て唯一プテラノドンに立ち向かい、異世界人とも最初に代表して話をした。その姿が皆には心強く見えたのだろう」
「はぁそうですか・・・。あの時はガムシャラと言うか、何と言えばよいか」
謙遜する仁に、隣に座っていた原田がボソッと呟いた。
「愛の力ですか?ね」
原田は先程仁と真那がお互いの名前を呼び捨てあった事に対してカマをかけているようであった。
「んんん~?」
土屋が眉を細めて仁の顔を見た。
「そうですね!企業愛です!」
何かを誤魔化すように仁は握りこぶしを前に出しポーズを取って切り返した。
「社畜の鏡ですね・・・、須沖課長」
それを見た真那がどこか残念そうに軽くため息をつき、軽蔑しているような眼差しを仁に送った。
皆が一瞬、通常の日常に戻ったように笑った後、次に土屋が話したのは水問題であった。
工場には井水を組み上げて[ろ過]する装置がある。どこか周辺に水源でもあれば、そこから水を引っ張り、ろ過装置を通過させれば飲料水としても使用できる。
「ろ過装置を動かす事自体は改造も必要だが、そんな難しくないと設備課より聞いている。車の電力を利用してモーターを作動させるそうだ」
「問題は水源ですか。いや、どちらにせよ、いずれは電気も必要となってきますよね?」
「そうだ。この世界は異なる文明の発達をしていると言っていた。だから電気があるかわからないし、違う方法を見つけ出さなければならないかもしれない」
「課題は大量にありますね。だがそれも答えがあるのかもわからない。とんでもないサバイバル生活が始まっちゃいましたね・・・」
そう言った仁であったが目は死んではいなかった。ここにいる真那、そして部下たち、彼らの事を守り抜かなければならない。それが今の責任ある立ち位置なのだと強く決意していた。




