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第3話 ここは異世界

 女性はプテラノドン(仮)から飛び降りて建物内に着地する。仁を含めた従業員は少し後ずさりをした。


「<落ち人>ってなんだ?俺たちのことか」


 先頭に立ち、仁が話しかけると、周りをキョロキョロと窺って女性は話しだす。


「わしは六賢者の一人、慈愛(ジア)じゃ。ここに居る誰も知らんだろう?それがお主らが<落ち人>だと言う証明じゃ」


 この世界では有名人なのだろうか。偉そうな態度だが、どこか気品も見られる口調でもあった。


 慈愛は仁たちに敵ではないと告げた。確かに敵意は感じないし、窓の外に居るプテラノドン(仮)も大人しくしている。だが、急に目の前に現れた女性に得体の知れない不安を抱えていた。


「色々とお主らには説明が必要じゃ。この世界に来た<落ち人>を全員集めるのじゃ」


「全員集めて外にいる奴らの餌にでもするつもりか?」

 仁は先ほどの命がけの出来事を忘れていなかった。この非日常の中で素性が知れない女の言うことを素直に聞くつもりはない。


「ん?プテラノドンは草食じゃ。肉も食わなくはないが好んで食わん、生肉などもっぱら食わんし、わしの指示以外で人を襲うなどありえん」


 今まで似ていると言うことでプテラノドン(仮)としていたが、どうやら本物の古代恐竜であるプテラノドンらしい。


「しかし、俺らはそいつらの一匹に食われそうになった!」


「んん~。まことか~?」


 慈愛は怪訝そうな表情で後ろを振り向き、何やらプテラノドンと話をしているようだ。この場に居る誰もが「話せるの?」と思っていたに違いない。

 しばらくすると慈愛は急に大声で笑いだしこちらに振り向いた。


「この辺りはわしが統治する領土でな、部下のプテラノドンにパトロールをさせておる。今回騒動をおこしたのはこの子じゃな」


 振り向かずに親指を後側に向けて1匹のプテラノドンを指した。先ほどのプテラノドンとわかるまで数秒掛かったが、落ち着いてみると他の個体より一回り小さかった。


「生まれてまだ半年でな、はりきってパトロールしていたようだが、話に聞いていた<落ち人>を発見した。近くで確認しようとしたら勢い余って建物の中に突っ込んでしまった。その後、一人の男が窓から飛び降りようとした為、慌てて追いかけて止めようとした、と言っておるよ」


 仁は口をポカーンと開け、一気に肩の力が抜けた。勘違いで命をかけて窓突き破った事に対し、何か急にカッコ悪いじゃんと仁は渋い顔をした。


「はは~ん、もしかしたら飛び降りようとしたのはお主か?命は大切にせーよ」


 慈愛が笑いをこらえながら話すと、真那は仁の腕を掴み慈愛を睨みつけるように言葉を発した。それは真那にとって命がけの仁の行動をバカにされた事に対しての抵抗でもあった。


「それで慈愛さん、皆を集めればこの世界の事を説明してくれるんですか?」


 慈愛は目を細めて真那を見つめ、落ち着いた口調で話した。


「そうじゃ、この世界の事、そして元の世界に帰れる可能性の話をしてやろう。」


◇◇◇


 慈愛の言葉に従業員たちは怯えながら外へ繰り出し、列を作って本社棟に向かった。

 仁が先頭にたち、その後に真那や他の従業員が続いた。そしてその列の横から一人の男が仁に小走りに近づいて来た。


「須沖、大丈夫か?言う事聞いて」

 工場長の[土屋明久(つちやあきひさ)]であった。彼と仁は同期でもあり仲が良く、仕事でもお互いを信頼している間柄でもある。土屋の年齢は仁よりも年上であった。土屋は大卒入社、仁は高卒入社であるからだ。その為、同期であっても仁は土屋に敬語を使う。土屋は工場長と言う責任のある職に就きながら体力を維持するために、学生時代から剣道を続けているほど、何事にも熱心に取り組む男であった。


「ええ、わかりませんが、この状況では我々は何も動けないです。彼女はこちらの事情を知っているような話しぶりでした。取り敢えず話を聞いて見るしかないでしょう」

 仁はそう言うと空を見上げた。上空では5匹のプテラノドンがグルグルと旋回しており、その1匹に先ほどの慈愛と名乗る女性が乗っており、移動する従業員の列を見下ろしていた。



 本社棟には、幾つもの会議室が設けられていた。その中でも最大の広さをもつ会議室と次に大きな会議室は、隣り合わせに配置されていた。壁は移動可能で、両会議室を一つにつなげることができる仕組みだった。

 広さにはやや窮屈さがあるが、テーブルと椅子を全て片付けることで、なんとか全員が床に座っても収容可能な空間が確保できた。


 工場や本社棟、物流センターの敷地ごと見知らぬ世界に来てしまった従業員は社長や役員等のお偉いさんを含め総勢298名だった。


 慈愛は堂々とした態度で皆の前に立ち、全員が集まった事を確認すると、この世界について語り始めた。


 ここは元々住んでいた世界とは異なる世界、いわゆる異世界だが[デルカニア]という地名らしい。同じ地球であり空も太陽もあるが次元が異なる地下世界だという事だ。

 ずっと空を目指し上昇し続けると、元々いた世界の地面の裏側にぶち当たるという。これに関しては慈愛も聞いた話で定かではないがそう伝承されていると言う。

 その為、地上世界から転移して来たヒトは<落ち人>と呼ばれる由縁だそうだ。

 <落ち人>はここ数十年の間に増加し、年に2、3人が現れる。その都度、六賢者が保護をして元の世界に帰す。帰す際には記憶は自動的に消去される。

 しかし奥底に染み付いた体験は感覚として残り続けるという。「そういう輩が何らかのインスピレーションを感じて小説や漫画にしてるかもしれん」とも慈愛は付け足した。


 漫画や小説が異世界にあるのかと皆は思ったが、所々ではあるが慈愛の話には元の世界の話が出てきた。これは、今までの<落ち人>から色々と情報を仕入れているのだろうと勝手に納得していた。


 慈愛の話は続く。


 デルカニアはちょうど日本の真下から太平洋にかけて位置している。その為、言語は日本語で普通に通じるし、場所によっては英語や中国語にもなる。

 月日や時間の概念も同じ。しかし文明は大きく異なる。

 化学は発展していないがこのデルカニアには魔法がある。全ての人間が万能に使えるわけではないが、それらを動力源としたマジックアイテムもある。


「ここからが本題じゃ!」


 慈愛は大きな声を出して一層の注目を集める。

 <落ち人>を発見した場合は[テレッド]という真っ赤な鉱石を使用して元の世界に帰す手助けをする。一人を帰還させるのにコブシ大の[テレッド]を使用する。帰還させる際には地下世界の物を身に着けていてはならない。


 身に着けていると記憶が消えないのだ。


 この鉱石が人数分の298個あれば良いのかというとそうではない。今までは<落ち人>が単体で来たからそのままの状態で帰還させられたが、今回は建物ごと敷地全体で転移してきている。その状態を維持したまま帰還させる必要がある。 

 ここに来た状態と同じ条件でないと帰還できずに消滅してしまう恐れがある。


「しかし、異世界にこれだけの規模で転移して来たということは、帰る方法もあるはずじゃ。」


 聞いていた従業員は落胆した顔を慈愛に向けた。

 すぐに帰れるわけではなかった。彼女のせいではないことはわかっている。彼女は明らかに今の話からしても味方であった。

 この本社棟に皆が集まる際にも、慈愛はこの辺り一帯を大きく[オーロラフォートレス]という結界魔法を張ったと言っていた。

 オーロラフォートレスの中は、外から見ると森にしか見えないようにカモフラージュがされ、邪悪な物の侵入をも防ぐバリヤーらしい。

 それを聞いて工場から外に出た仁や真那、他の多くの従業員は"邪悪な者"という言葉について敏感に反応したが言及はしなかった。これ以上あまりこの世界に関わりたくなかったからだ。


「帰る方法はどれくらいで見つかりますでしょうか?」


 この会社の3代目である羽曽部社長が慈愛に聞いた。社長や役員のお偉いさん達は最前列に陣取っている。


「知らん。あるかもわからんし、ないかもしれん。オーロラフォートレスを張っている間はこの地域から動けんし、帰る方法を探すのはお主らじゃぞ!」


 その言葉に一気に全員がザワつき始めた。驚いた顔、困った顔をしている者、またはこの異世界を旅することになるのかと期待をしている者、様々な思惑が飛び交った。


 慈愛はこの敷地全体を囲うように広範囲で結界を張っている。もし離れるようなことがあれば結界の力が弱まり消えてしまう。結界のない無防備の状態では危険だと慈愛は話した。先ほど聞いた邪悪な者が関係しているのだろうか。


「手助けはしてやるが無償じゃない。先ほど騒ぎを起こしたプテラノドンが今まで食べた事のないような美味しい物を口に入れられたと言っておった。この敷地には美味しい食料が豊富にあるようじゃ。結界を張っている間は朝・昼・晩と食事を供えよ」


 確かに工場だけでなく、物流センターにも多くの食料品が保管されていた。その為、298名分の食料も十分に数ヵ月分はあった。

 ギブアンドテイクということか。取り敢えず食料が尽きるまでは保護をしてもらえるようだ。こちらとしてはとてもありがたい申し出であったが、それでも食料はいずれ尽きてしまう。それまでに帰る方法を見つけなければならない。


「すると、この中の誰かが、その方法を探しに出発しなければならないと言うことですか・・・さて何人ほどが必要か」


 羽曽部社長は側近の者や後ろの従業員を見渡した。しかし慈愛はその行動を言葉で遮る。


「誰でも良いというわけではない。素質のある者が旅立たなければ無理じゃ」


 素質とはいわゆる元の世界では[スキル]と一般的に呼ばれているもので、この世界の住人は生まれたばかりでスキルLV1、その後は成人するまでにスキルLV3ぐらいまで上がるのが平均値らしい。


「お主らの元の世界にも稀におるじゃろ?オリンピック選手や芸術家などがそうじゃ」


 慈愛はオリンピックなど異世界にあるかわからない言葉をまた使う。今までの出会った<落ち人>から情報をどれだけ仕入れているのだろうか。


「まぁここじゃ魔法とかが一般的じゃがの~」

 指先に炎を出現させてヒラヒラと手を動かす。


 皆は手品のような光景に驚きの表情を見せたが、慈愛は炎を指先に灯したままスキルの話を続けた。


 スキルは誰にでもある。但し、このデルカニアに限っての話だ。


 地上の世界、元々暮らしていた現代社会でスキル持ちは基本いない。これは文明などの進化の違いなのかもしれない。稀にスキルを持ってスポーツなどで活躍している者はいるが、その中でもほんの一握りに限られると。


「スキルは10段階、と言っても現段階でこのデルカニアではスキルレベル7が最高で6名しかおらん。ちなみにその6名がこの世界の各地域を統治する六賢者であり、わしもその一人じゃ」


 そう言うと慈愛は先程までヒラヒラとさせていた炎を消した。そして沈黙している従業員たちに対し、慈愛は微かな希望の話しを始めた。

「じゃが、この中にもスキル持ちは居るかもしれんの」


 その言葉に皆が一斉に慈愛の顔を注目した。慈愛は表情を変えずに冷静に次の言葉を放つ。


「しかし、その選定は後回しじゃ。お主らは帰還する方法が見つかるまでは、ここで生活基盤を築かなければならん。それが最優先事項じゃ。多少の手助けは出来るが、まずは生き延びる事が先決じゃ」


 その言葉に羽曽部社長や役員たちは険しい顔をして頷いた。

 生きる事、それには大きな問題に直面する。


 いくら食品会社で食べ物が大量にあると言っても、それも時間が経つにつれ底をついてしまう。会社に設置されている貯水タンクにある水にも限りがある。

 そして何より298名と言う大所帯だ。いつ備蓄されているモノが尽きてしまうかもわからない。


 また電気もない。

 工場や物流センターにある冷蔵庫と冷凍庫は今は停止してしまっている。その内、温度も上昇し大量の食品が腐敗してしまうだろう。



「まずは水の確保と電気か・・・」

 羽曽部社長がそう呟くと、隣に座っている役員達も険しい顔で頷いた。そして、他の従業員達も次第に現在置かれている状況が危うい事をひしひしと感じ始めていた。


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