第35話 2/298のスキル持ち
ああ、嫌な夢を見た。大きな地震が起こって・・・古代の恐竜みたいなのが建物に侵入してきて・・・それから・・・
周りのザワザワしている雰囲気を感じ取り、そこで仁はハッと目を覚ます。
「(夢・・・じゃなかった・・・)」
目を覚ましたそこは本社棟にある大会議室だった。ここに298名全員が集められ、いよいよ従業員298名の中にスキル持ちがいるのか、またはいないのか?
スキル持ちがいればそれは誰なのか?
そう言う発表の会でもあった。
仁は一番後ろで壁に寄りかかるようにし、あぐらをかいて寝てしまっていたようだ。
なぜか全員が振り返り仁に注目している。仁とは反対に位置する上座に立つ慈愛が、堂々とした風貌で仁に向け指をさしていた。
「え・・?あ、少し寝てしまっていたようで・・・」
寝ていた事を弁明するように仁がそう言いかけたとき、振り返っていた数人の従業員の内、一人が仁に向けて言い放った。
「須沖課長、皆のために頑張ってください!」
はぁ?寝てる場合じゃないってことか、こんな大勢の前で公開処刑みたいなことやめてくれ、恥ずかしいわ。
そう思い、仁は気まずそうに頭を掻いて愛想笑いをした。
―――しかしそうではなかった―――
「須沖勇者!」
「課長ならできますよ!」
何なんだ・・・。皆が仁に向けて声を掛けている。それは何か期待されているかのような発言であった。
仁の隣に座っていた原田は、仁が口をポカンと空け理解していないことを察し、耳打ちする。
「須沖課長はスキル持ちですよ。元の世界に帰るための方法を探しに旅に出るんです。羨ましいです!」
「なんだってっ!!」
大きな声を出して驚いて立ち上がると、更に皆の注目を集めた。
なんでこんな事になってしまったのか・・・。
「聞いていなかったのか?寝坊助っ!お主はスキル持ちじゃ!」
慈愛の怒号とも言える叫びに、隣にいた原田が慌てて再度、耳打ちした。
『慈愛様はこれまでの生活の中で慎重にスキル持ちが誰か見極めていたみたいですよ』
そう、298名いて《《わずか2名》》のスキル持ちがいると判明していたのだ。それでも奇跡的だと、仁が寝ている間に慈愛は説明していた。
慈愛は全員の名前はさすがに覚えておらず、順にその2名に向けて指をさした。かなり窮屈な会議室で総勢298名、指をさした方向の数十人が俺か私かと自分の顔に指をさすが、そのたびに慈愛はどけと手を横に振っていた。
そして一人目が判明し、二人目が仁であったのだ。《《ここで仁が目覚めたのだ》》。
仁は任命された事に戸惑っていた。
なんてこったと、仁は少し考えたあと、やはり旅立ってまでこの世界に関わりたくないと決断した。
それは何故か?
部下を守る使命感が、仁の中で勝ったのだ。異世界に漂流してからのサバイバル生活で、仁は何度も危険に直面し、その都度部下たちと共に困難を乗り越えてきた。
小田を危険な目に合わせてしまい、ようやく農業を始める準備が整ったところで、仁はそれを全力で支援するつもりでいた。この状況で自分が旅立ってしまえば、残された部下たちの安全が脅かされてしまうのではないかという不安が拭えなかったのだ。
「いや、申し訳ないですが私は行きません。さすがに無理です。今まで何度も感じた事のない恐怖を覚え、震える場面もありました。私はここでやるべき事を続けます」
仁は丁寧な口調ながら胸中を全て話すことなく、短く断りの言葉を述べた。その言葉に対し、納得する者もいれば、自分が代わりに行くと手を挙げる者も現れた。中には失望の色を浮かべる者もいたが、仁はそのような反応にも気を取られず、自身の信念を貫き通すように、ただ慈愛をジッと見つめ続けていた。
慈愛は静かに頷き、それに応じた。
「そうか、ならば可能性は低くなるが、残りの一人で旅立つしかないようじゃな」
「もう一人?」
仁は、自分が二人目として選ばれていた事を知らなかった。寝ていた為、その重要な情報を聞き逃していたのだ。
そして、もう一人の存在を初めて知らされ、仁は驚愕した。
―――そのもう一人とは真那だった―――
真那は、仁から数十人の前に座っていた。真那は片手を床について身体を仁の方へ向けていたが、その顔は俯いたままだった。緊張感が漂う中、慈愛が真那に向き直り問いかけた。
「じゃあ、一人目の女。旅立つのはお主一人で良いな?」
その言葉を聞いた瞬間、仁の心中に不安がよぎった。仁は最初の地震でプテラノドンが建物に侵入した時のことを思い出していた。あの時、真那は動けずに怯えていた。それを目の当たりにした仁は、彼女がこの危険な旅に出るとは到底思えなかった。
しかし、真那は静かに立ち上がり、慈愛の方を見据えた。
「はい、大丈夫です。私一人で行きます」
「な!?」
予想外の返答に仁は声を上げ、周りからは「おぉ!」と歓声が上がり拍手が沸き起こった。
仁はすぐさま真那の方へ人をかき分けるようにして近づいたが、真那は仁が近づいても顔をわざと背けて見ようとしなかった。真那にとっても重大な決心であり、仁はその覚悟に気づかず、安易に断ったことを後悔し始めた。
「ちょっと待ってくれ!」
仁は叫んで一連のやり取りを止めさせた。仁の頭の中で、過去に真那について[誓い]をした事が急速に甦った。
「慈愛さん、わかった。俺は元の世界に戻る方法を探しに旅に出よう。ただし、条件がある」
その言葉に周囲は驚いた。慈愛は一瞬何かを考える表情をしながらも仁に問いかけた。
「条件とはなんじゃ?」
「行くのは俺一人だ。真那さんは置いていく」
その言葉に真那は初めて仁の顔をしっかりと見た。仁は真剣な表情で慈愛を見つめ話を続けた。
「女性が一人で旅立つよりも、男性一人の方が確率が高いだろう」
その言葉に、慈愛はしばし黙って二人を見つめた。他の従業員も突然の仁の発言に驚きを隠せなかった。
「(須沖課長、違う。その行動は正解じゃないわ)」
真那の近くに座っていた小田がそんな眼差しを仁に送った。
そんな小田の視線に気付く訳もなく、仁は慈愛の回答を待っていた。慈愛は目を細め、無言で仁と真那の二人を見つめていた。
しばしの沈黙が続いた後、真那は唐突に仁の手を取り引っ張るようにして後方の扉に向かう。
「皆さん、すみません!そのまま少し待っていてください!」
真那が今まで聞いたことのないような大きな声で、ハッキリと自分の意思を見せて行動した。そんな真那の行動に驚きを隠せない仁は、真那に引っ張られるままに扉へと向かった。
「(真那ちゃん!頑張れ~)」
小田は小さくガッツポーズをして二人の背中を見送っていた。
二人は大会議室の扉を抜け階段の踊り場まで移動した。
周りに誰もいないことを確認して真那は決意したように話し始めた。
「須沖課長!」
「え?はい、何?」
「仁!」
今度は下の名前で強く、噛み締めるかのように呼んだ。真那は薄っすらと涙を浮かべ始めた。仁は真那がそう呼ぶのを少し懐かしく感じていた。
小田にだけ話した数年前に二人の関係。
下の名前で呼び合う仲となった仁と真那は仕事の相談がキッカケで食事に行く事が多くなり、プライベートな時間を二人で過ごすことも多くなっていった。
仁も真那も、二人でいることがとても心地よかったのは事実だった。
その後、妻とは家庭の問題で上手くいかずに多額の慰謝料を払い離婚した。もちろん原因は真那ではない。別れたからと言って若い部下とやり直そうなど仁は思わなかった。
真那もなんとなくだが仁の心境を読み取り、自然と距離を置いて親しくなる前の、普通の上司と部下の間柄に戻っていたのであった。
しかし仁は真那に罪悪感を感じていた。
何もなかったとはいえ、こんなおっさんのお家騒動に巻き込まれそうになって人生が狂ってしまう可能性だってあった。仁は贖罪ではないが真那だけは何があっても全力で守ってやろうと自身に[誓い]を立てていたのだ。
「真那、俺たちが旅立たなくても帰る方法は見つかるかもしれない。今はようやくこのサバイバル生活も軌道に乗って来た。無理する必要はないんじゃないか?」
その言葉に真那は反論した。それはまさしく正論であった。
「仁、奇跡的に私達二人がスキル持ちだってわかったなら、二人で一緒に旅立つ方が元の世界に帰る確率が高いんじゃないですか?」
「しかし真那、この世界は何があるかわからない。危険なんだ」
「危険?それは私の事?私の安否の為に一人で旅立とうとするの?仁は何もわかってないですよ!」
力強く言う真那に、仁は一瞬退いた。わかってないとはどういう事なのだろうか?真那だけは、いや、真那だけでない。自分の部下たちや周りの人間を危険に晒したくない。
真那の言いたいことは理解しているつもりであった。それでも真那は仁にそれが私のことを何もわかっていないと攻め立てた。
そんな始めて見る真那の気迫に、根負けしたように仁は大きく息を吐いた。
守るだけでない、彼女の意思を尊重して力になることも大切だと、仁は心の中で承諾した。
「わかった、わかった。一緒に行こう。しかし本当にこの世界は未知数だ。本当に大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。仁が一緒ならこれまでの色んな障害だって乗り越えられてきました。それに一途な課長が私を守ってくれるでしょうし!」
真那は先ほどの涙ぐんだ顔とは裏腹に、いつもの優しい笑顔を見せて冗談っぽく言った。
先程まで泣きそうな顔で仁を必死に説得していた顔とは違い、急に表れた真那の笑顔に仁は一瞬心が癒された。真那となら、真那と一緒なら、この未知数の異世界デルカニアでの冒険も何とかなるかもしれない。そう感じた仁であった。
仁と真那は旅立つ事を決意し、皆の待っている大会議室へゆっくりと歩き出した。




