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第34話 スキル持ちは誰だ

 異世界に漂流してから11日目となった。

 この日は、全員が待ち望んだ運命の日となる。なぜなら、慈愛から[スキル持ち]に関する重要な話があるからだ。


 スキル持ちが誰かの発表ではなく[話]があるという表現に、一部の者は深い意味を読み取った。もしかしたら、298名の従業員の中にスキル持ちは存在しないのではないかと。

 しかし、そうした懸念を抱く者がいる一方で、自分こそがスキル持ちであると期待する者も少なからずいた。この異世界に選ばれ、特別な力を持つということは、まるで勇者や英雄に選ばれたかのように感じられるのだ。


 豊川ちはやもその一人だった。以前から真那にだけは、自分がスキル持ちであるかもしれないと期待を漏らしていた。ちはやはこれまでの日常生活の中で、大学時代はミスキャンパスに選ばれるなど些細な偶然が続いたことを根拠に、何か特別な力が潜んでいるのではないかと信じていた。


 ちはや以外にも、特に若い男性従業員は、期待を胸に膨らましていた。それは会社と言う組織の中では下っ端であるが、選ばれたとなると自分の重要度がグンと増す事になるからだ。

 今まで従ってきた目上の人と立場が逆転する事を想像し、優越感を得られることに期待を膨らましていた。


 そして見知らぬ異世界で活躍し、皆を元の世界に戻すヒーローとなる事を夢見ていた。


◇◇◇


 朝食を取った後は、9時30分よりいよいよ運命の全体朝礼が始まる。

 仁は時間まで、自分の席で小田が資料室から借りてきた農業に関わる本を読んでいた。

 小田一人に背負わせる訳にはいかない。自分も何かとバックアップしてこうと計画を立てていたのだ。


 時間が来ると、仁は手元の本を閉じた。仁はスキル持ちの存在を期待していたが、年齢を重ねると、どうしても現実的な事柄に目が向きがちになる。幻想的な能力の存在を想像するのは難しい。頭の中には目の前の課題が山積していた。小田や原田が進める農業計画の支援、そして真那を含む品質管理課のメンバーの安全を常に気にかけていた。


 階段を昇る途中、小田が近づいて声をかけてきた。

「須沖課長、眠そうな顔してますね?」


「ああ、最近は夜も暑くてね。それに農業のことを少しでも勉強しようと思って、なかなか寝付けなくて本を読んでいたんだよ」

 仁は少し苦笑いを浮かべた。仁は昔から眠りが浅く、そのため昼間に仮眠をとる癖がついていた。


「あら、嬉しいわ。私のために睡眠時間を削ってくれるなんて」

「ばか、皆のためだよ」

 仁は少し照れながら答えた。その瞬間、小田が仁の耳元で囁いた。

『でも一番は真那ちゃんでしょ~』

「こらこら、朝から上司をからかうんじゃない。」

「は~い。うふふ」

 小田は笑いながら前を歩く真那を見た。真那はその視線に気づき、キョトンとした顔で振り向いた。彼女と目が合うと、仁は少し赤面した。


「あれ?顔赤いですよ?」

 小田がニヤけた顔で仁を覗き込んだ。


「ああ~、もう。お前が変なこと言うから、逆に意識しちゃうじゃないか」


「はは、しろしろー」


 仁は小田の言葉に困惑しつつも、心のどこかで真那の存在を強く意識している自分を感じていた。

 小田にだけ話した真那との関係。それが仁の胸には、異世界での生活という過酷な状況下で、真那という一人の部下を再び意識し始めたキッカケとなっていた。


 大会議室に入ると、そこは既に多くの人々で埋め尽くされていた。品質管理課が到着したのは、どうやらかなり遅かったようだ。何より驚いたのは、部屋全体にエアコンが効いており、顔に当たる心地よい冷気が階段を昇って来た仁たちを爽やかに包み込んでいたことだった。


「みんな、もっと前に行きましょう!」

 小田が指示し、女性陣は人混みをかき分けながら前へと進んで行った。


「あれ?僕たち男性陣はこんな後ろで良いんですか?」

 原田がそわそわしながら仁に話しかけた。


「一番後ろの方が壁に寄り掛かれて楽だろ?ここで良いよ」

 仁はニカッと笑い、あぐらをかいて座り壁に寄り掛かった。原田もそれを真似て仁の隣に腰を下ろした。


 やがて全員が集まると、一番上座に置いてあったソファーに座っていた慈愛が立ち上がり、皆の注目を浴びた。そして、慈愛は初回と同様に、このデルカニアという異世界について話し始めた。それはある意味、最初に話した内容の復習でもあった。


 この10日間、羽曽部食品の従業員は様々な試練を乗り越えてきた。突然の異世界転移、水の確保のための水路作りや電気問題など、バタバタと忙しい日々を送ってきた。


 一度は聞いた内容であるにもかかわらず、集まった従業員たちは真剣な眼差しで耳を傾けていた。

 しかし、仁だけは違った。ゆったりとした姿勢で座り、エアコンの心地良い風を全身で受けていると、瞼が次第に重くなっていった。そしてウトウトと意識が次第に薄れていった。

 心地よいエアコンの風と、落ち着いた慈愛の声で、仁の思考もやがて途絶え、静かに眠りに落ちていった。


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