第36話 スキルの鑑定
仁と真那は、大会議室に戻ると決意を固め、全員の前で二人で旅立つことを告げた。彼らの決意表明により、会場は一瞬静まり返ったが、その後、応援の声が一気に広がった。慈愛はその様子を見て、ニヤニヤと笑いながら深く頷いた。その笑みには、全てを見通しているかのような雰囲気が漂っていた。
最初は二人で選ばれたことに照れくささを感じていた仁と真那だが、こうなった以上はやるしかないと腹をくくった。皆からの応援の言葉が次々と掛けられ、二人の心にはこれまで感じた事のない勇気が心の奥底から湧いてきた。
しかし、全員が快く送り出しているわけではなかった。
一部の従業員は、自分が選ばれなかったことに対して悔しそうな表情を浮かべていた。彼らは、自分たちがまるでモブキャラのように感じたのかもしれない。その中でも特に目立ったのは[豊川ちはや]だった。ちはやは真那の親友でありながら、鋭い眼光で真那を見つめていた。
ちはやは、異世界に転移した直後から、自分がスキル持ちで英雄になると信じて疑わなかった。そのため、親友である真那がその座を奪ったと感じてしまい、裏切られた気分になっていた。ちはやの目には嫉妬と失望が混じり、複雑な感情が浮かんでいた。
仁と真那は、様々な想いが交差する視線を感じながらも、深く息を吸ってから皆に向けて言葉を放った。
「従業員の皆さん、俺たちは必ず元の世界に戻る方法を見つけてみせます。そのためにも、帰れるその日まで皆で協力して前に進んで行きましょう!」
その言葉に、再び応援の声や拍手が響き渡った。ちはやもまた、心の中で複雑な思いを抱きながら、小さく舌打ちをしながら拍手をした。ちはやだけではない。自分こそが選ばれた主人公だと信じていた一部の従業員も、呆然としながら流されるように無表情で拍手をしていた。
品質管理課のメンバーたちは、まさか自分たちの部署から二人も選ばれるとは思ってもみなかったため、喜びと寂しさが入り混じった複雑な気持ちでいた。その中でも特に小田は、二人の行く末を思い浮かべて涙ぐんでいた。彼女の目には、真那と仁の決意と未来への希望が見えていた。
「(良かったね、真那ちゃん。ちゃんと須沖課長に気持ちが伝わって)」
小田の心の声が、会議室の喧騒の中に消えていく。彼女は涙をぬぐいながらも、真那と仁の新たな冒険に対する期待と不安を胸に秘めていた。
二人がこの異世界でどんな試練に立ち向かうのか、そしてどのようにして元の世界に戻る方法を見つけるのか、それは未知の領域であった。
一方、仁と真那は互いに見つめ合い、その決意を再確認するように静かに頷き合った。仁は真那の肩に手を置き安心感を与えるように微笑んだ。その姿に、小田は心の中でエールを送り続けていた。
慈愛は、そんな二人の様子を見守りながら、彼らの決意を称えるように頷いた。そして慈愛から次なる予定が発表された。
10日後を旅立ちの日とし、それまでを仁と真那の準備期間とした。いきなり見知らぬ土地に放り出されるより知識は蓄えた方が良い。危険から回避する術も身に付けなければならない。
こうして、運命を左右する発表とも言える会議は終了した。
◇◇◇
その後、他の従業員たちは忙しさを増していった。
小田は各部署から選任された農作業の代表者たちを集め、計画を詳細に伝えた。慈愛が用意した農地へと代表者を案内し、まずは土壌を種植えに適した状態に整えることを説明した。
「ここからが本番です。まず、この土地を耕し、不要な枝や小石を取り除く必要があります」
小田は皆にそう言うと作業手順を説明し始めた。使う道具は水路作業でも使用したクワやシャベルだ。これを使ってしっかりと土を掘り起こしていく。
代表者たちは熱心に小田の説明を聞き、各自の役割を確認した。土壌を掘り起こす作業は、見た目以上に重労働であり、全員の協力が不可欠だった。小田は続けて具体的な手順を示しながら、効率的に作業を進める方法を伝授していった。
電気についてもある計画が浮上していた。電気は発電によって賄えるようになったが、それでも節電は必要だった。そこで、設備課は工夫を凝らし、転移してきた自転車を利用した自家発電のアイデアを考え出した。
自転車の後輪やペダルに発電装置を取り付け、運動エネルギーを電力に変換することで、魔法石を使った発電の負担を軽減しようというものである。
幸いにも、自転車は数十台あった。これを体力自慢の若い男性社員たちが昼夜交代で漕ぎ続けることで、非常用電源である蓄電器に電力を供給し、電気の余裕を少しでも確保する計画だ。
開発課もまた、仁と真那のために日持ちする食料を準備するため、小型のスモークハウスを使って干し肉を作成することに取り組んでいた。
まず、工場の在庫であった牛の原料肉を薄く一口サイズに切り、脂肪を取り除いて塩漬けし、一晩寝かせる。次に、その牛肉をスモークハウスに入れて低温で燻煙し、その後乾燥させる。この乾燥工程もスモークハウスで行うが、電気を節約するため、肉の内部まで完全には乾燥できない。そのため、最後の仕上げとして屋上で1週間ほど外気にさらして追加の乾燥を促すのである。肉が均一に乾燥したら、小分け包装して完成だ。
これらの準備は、二人が旅立つまでに着々と進められた。
◇◇◇
従業員たちが手分けして様々な準備を進める中、仁と真那は慈愛と共に大会議室で話し合っていた。そこには三人だけしかいなかった。慈愛はまず二人のスキルについて説明を始めた。
「お主らのスキルレベルは共に3じゃ」
慈愛がそう告げると、真那はすごいと大いに喜んだ。しかし、仁は少し不満げな表情を浮かべた。
「スキルレベル3って・・・こういうのって、もっとチートな感じになるんじゃないのか?」
仁は愚痴をこぼした。当初、慈愛から聞いた話では、スキルレベルは10段階に分かれており、現在最も高いとされるのがスキルレベル7だった。これは慈愛を含む六賢者と呼ばれる6人が持つレベルである。
真那の喜びとは対照的に、仁の心の中にはもっと高いスキルレベルを期待していた自分への失望があった。
「寝坊助、スキルレベルは数字だけでは測れないのじゃ。お主の持つスキルがどれだけ役に立つか、それが重要なのじゃ」
慈愛は呆れた感じに仁へ諭した。慈愛の中で既に仁は寝坊助とあだ名を付けられているらしい。
「ちなみに、『ステータスオープン!』なんて叫んでも、何も起こらんぞ。恥ずかしいだけだからやめておけ」
慈愛は、まるで現代のゲーム知識を持っているかのように、余計なアドバイスを付け加えた。仁は心の中で、やらなくて良かったと安堵しつつも、真那が恥ずかしそうに小さく手を挙げるのを見た。
「あの……実はさっき試してみたんですが、何も起きませんでした。」
「(おいおい、やったんかい)」
仁は心の中で突っ込みを入れたが、口には出さなかった。
慈愛はそんな真那に微笑みながら続けた。
「まあ、試したくなる気持ちは分かるが、この世界ではそんな単純なものではないのじゃ。スキルの発現や使用にはもっと深い理解と集中が必要だ。スキルとは、自分自身の可能性を最大限に引き出すための素質。数字やコマンドではなく、意志と行動が重要なんじゃ」
仁は慈愛の言葉に耳を傾けながら、自分たちのスキルがどれだけ重要であり、どう活用していくべきかを考え始めた。真那もまた、少し赤くなった顔を隠しながら、慈愛の話に真剣に耳を傾けていた。
あとは二人のスキルが何なのかが問題であった。
慈愛はスキルのレベルだけなら簡単な魔法を使えばわかると言う。
片手の人差し指と親指で対象の人物を覗き見る事で、その人物のスキルレベルがわかるらしい。
これについて慈愛は既に真那がスキル持ちである事は知っていたようだった。数日前に行われたサイとの決闘の際に明らかになったと言う話しだ。
その時、真那は[隻眼のジャック]と仁との戦いで、慈愛以外には決して懐かない馬を見事に乗りこなした。慈愛はその光景を目の当たりにし、真那が何らかのスキルを持っているのではないかと探っていたのだ。
スキルの種類を判別するには、魔法ではなく特殊なアイテムが必要だった。慈愛は布に大切に包まれた手鏡のような物を取り出した。この鏡は半透明で、両面から覗けるようになっていた。慈愛はその鏡を使ってまず真那を見た。
「ステータス~~オープン!」
慈愛は言わなくてもいい言葉を発して真那の顔を赤く染めた。仁は心の中でなんて意地悪な奴だと思いながら、黙ってその様子を見守っていた。
こちらからは鏡に映し出される真那の顔と、それを反対側から覗き込む慈愛の顔しか見えなかった。見た目は虫眼鏡で慈愛が真那の顔を観察しているような奇妙な光景であった。
そしてどうやらこの手鏡の持つ側、つまり慈愛の方の鏡面にしか情報は映し出されないらしい。
慈愛は半透明の鏡に浮かび上がる文字を確認し始めた。すると慈愛は目を大きく広げ、驚いた表情をしたが、一息つき、結果を真那に伝えた。
「大当たり・・・じゃ。お主は魔法のスキルじゃな・・・」
真那は両手を口元に合わせて小刻みにジャンプして喜んでいた。
魔法を使えるのは全人類の夢でもある。それは現代社会に限ってだが。仁は羨ましい気持ちと自分のスキルへの期待が高まっていた。
「次は寝坊助じゃ」
「須沖仁です。掛け声はいらないので」
「すおき・・じん?」
「んぁ?何だぁ?」
「いや、何でもないのじゃ須沖仁。掛け声はいらんのじゃな!」
慈愛は「オ~ケ~」と言いながら手鏡を右手に持ちながら手の平を上に向け首を横に傾けて呆れたポーズをした。その瞬間、バッと手鏡を仁に向けて言い放った。
「ステータスオープン!」
その言葉を早口で発する慈愛に、仁は少し苛立ちを覚えたが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。仁は慈愛の方をじっと見つめ、結果を待った。
「んん?んんんん~・・・」
慈愛が何やら怪訝そうな顔をする。まさかハズレか・・・。冒険に役立たないスキルだったりとか?仁は不安になり始める。
「え?なに??俺のスキルは何だったの?」
「んん、あぁ。け・・剣じゃな、須沖仁は剣士のスキルじゃな!」
明らかに慈愛は適当に嘘を言っているように見えた。仁は鏡を奪い取ろうとしたが慈愛はバッと鏡を頭上に上げた。
「鑑定は終いじゃ!次にこれからの事を説明するぞ!」
仁は内心の不安を拭い切れなかった。確かに剣士と魔法使いの二人なら冒険に有利かもしれない。しかし、本当に自分が剣士であるかは疑わしかった。慈愛の態度や曖昧な説明からは、何か隠されているような気がしたのだ。
それでも、仁はこれからの旅について思いを巡らせた。数日前まで、自分が異世界でサバイバル生活を送ることになろうとは夢にも思わなかった。現実とは思えない出来事が次々と起こり、気がつけば自分はこの異世界で生き延びるために必死になっていた。
仁は改めてこれまでのサバイバル生活を思い返した。
異世界に漂流した直後からの厳しい日々、数々の困難を乗り越えてきた。仁と同僚たちは、自分たちの知識とスキルを駆使して少しずつ生活基盤を整えてきた。発電設備を作り、水路も開通させ全力を注いできた。
そんな過酷な状況の中で、仁は少しずつ自分の使命感を自覚していった。部下たちを守るため、自分がしっかりと立たねばならないという思いが日に日に強くなっていた。
そして今、真那と共に新たな旅に出る決意を固めることで、その思いはさらに深まった。
その一方で、真那の喜びを見ていると、自分も負けてはいられないなと鼓舞される気持ちが湧いてきた。真那の魔法スキルがどれほど強力であれ、仁は自分の力を信じて真那と共に戦う覚悟を決めた。
「(よし、やるしかないよな・・・)」
そう心の中でつぶやき、仁はこれから始まる冒険への不安と期待を胸に、大きく深呼吸をした。
そして慈愛は手鏡を大切そうに再び布に包み、自分の持ってきた布袋に戻しながら、その中に入っていた小さい紙きれをを見た。
それは古びた名刺であった。
何故、慈愛の持ち物の中に現代社会の物ともいえる名刺が入っていたのかは不明だが、その名刺にはこう書かれていた。
[羽曽部食品株式会社 本社工場 主任 須沖仁]
慈愛はその古びた名刺を懐かしそうに見つめていた。
「(あやつが・・・。須沖・・仁・・・か)」




