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第27話 前へ進む強さ

 商談室内では、絶望に満ちた小田を3人の男が囲んでいた。薄暗い部屋の中で、彼らの目は獣のようにギラギラと光り、小田の身体を舐め回すように見つめていた。興奮と欲望が彼らの表情に浮かび、その手は震えるほどの欲望と衝動に駆られていた。


「助けて・・・」

 小田の声は細く、震えていた。必死に逃れようとするも、3人の男たちはその隙を与えず、じりじりと追い詰めてきた。



「そこまでじゃ!アホウ共!」

 突然、商談室の扉が激しく開かれ、ドアの向こうに一人の女性が立っていた。聞き覚えのある喋り方と声。その人物は、堂々とした態度で男たちを睨みつけていた。


 それは慈愛であった。慈愛の鋭い眼差しで男たちは硬直した。


 男たちは焦燥の色を隠しきれなかった。計画は失敗し、先ほどまでの興奮は一瞬にして消え去った。全身が凍りつくように動きを止めた彼らだが、まだ正体を知られていないという事実に一縷の望みを抱いた。目の前にいるのは異世界人といえど女性。今なら力ずくで突破し、通路を確保して扉から逃げ出せるかもしれない。そう思い、再び決意を固めた。


 慈愛の登場により、小田の頬には静かに涙が伝い落ちた。それは恐怖の涙ではなく、救いの女神が現れたことへの感謝の涙であった。彼女の存在が、絶望の淵に立たされていた小田の心に希望の光を灯したのだ。


 男たちは小田からスッと離れ、立ち上がって慈愛に向かおうとした瞬間、慈愛はその動きを見透かすようにして魔法を発動した。


「バインド・エンスネア×3!」

 慈愛の手から放たれた光輝く3本のロープは、生き物のように男たちに絡みつき始めた。ロープは瞬く間に男たちの両手両足を捕らえ、動きを奪った。


 これは慈愛が具現化させた光のロープで、相手を拘束するための魔法の一つだった。ロープから発せられるその輝きは冷酷なまでに美しく、男たちの恐怖をさらに引き立てた。

 この光のロープが出現した事により部屋全体が明るくなった。慈愛は拘束した男3人に近づき、帽子とマスクを引っぺがした。


「あ・・・あなた達!」

 小田は声をあげた。てっきり工場の作業服を着ていたから製造に関わる人間だと思っていたが、それは違った。


 男性3名は営業部に属する若手の男性従業員たちであった。


◇◇◇


 異世界に漂流して8日目の朝方4時。

 まだ暗がりの中、寝ている仁を揺すりながら小声で起こす人物がいた。

 それは真那であった。

 仁は何事かと周りを起こさないようにそっと起き上がり、真那と共に廊下に出た。

「どうしたんだ?」

 寝癖を気にしながら頭を掻く仁に真那は次のように述べた。

「小田さんの姿が見当たらないんです」

「んあ?トイレか早朝の散歩じゃないのか?」

「違うんです。夜中に目が覚めた時も居なかったんです。その時は私もトイレかと気にしませんでしたが、今もずっといないんです」


 仁の顔つきが一気に真剣な眼差しに変わった。とりあえず品質管理課のメンバーを起こして小田を探そうと決意し、部屋に戻ろうとしたその時、二人の元に慈愛が現れた。

 慈愛は無言で顎をしゃくって「着いて来い」と合図し、静かに階段を昇り始めた。仁と真那は一瞬顔を見合わせ、無言のままその後を追った。足音だけが響く静寂な空間に、二人の心拍が次第に高まっていった。

 慈愛が突然現れたのも小田の事であろうと勘付いていた。このタイミングよく出現するのはいつもの事である。だからこそ、何も言わず二人は慈愛に付いて行ったのだ。


 大会議室に到着すると、まだ暗がりではあるがいつもは慈愛が座っているソファーに、小田が毛布の様な物にくるまれて座っているシルエットが確認できた。仁と真那は小田の姿に安堵の表情を浮かべたが、小田は二人の姿を見た途端、顔を背けた。


「え?どうしたんだ、小田さん?」

 仁が近づきながら尋ねたが、部屋に漂う重苦しい雰囲気に気づいた。近づくにつれ、いつもとは違う小田の様子がはっきりと見えてきた。


 小田の頬は赤く腫れあがり、口元からは血が滲んでいた。明らかに誰かに殴られた痕だ。毛布の隙間から見えたのは、しわくちゃになったブラウスで、ボタンは引きちぎられたようになくなっており、上半身を隠すように両サイドを重ねていた。


 仁が近づくにつれ、小田は視線を避けるように顔を俯け、肩を小刻みに震わせ始めた。その震えは小田の内なる恐怖と悲しみを如実に物語っていた。仁は見た事もない小田の表情に心が締め付けられた。


「小田係長・・・?」

 真那も心配そうに声をかけたが、小田は何も答えず、ただ俯いたまま震え続けていた。


 慈愛は黙って仁に紙きれを差し出した。仁はそれを手に取り視線を移すと半分に折られたピンク色の付箋であった。

 それを広げ、書かれている文章に驚愕した。

〈今晩11時、6階にある商談ルームで待つ。須沖仁〉

「な、なんだこれ?」

 身の覚えのない書置き、無論、自分の書く字体とも違う。仁はこれを見て心の奥底から怒りが込み上がって来るのを感じた。この状況から一つの結論に達したのだ。小田は自分になりすました人物に呼び出されたのだと。


 

 慈愛は腕を組み静かに息を吐き、仁が察した結論を言葉にして説明し始めた。

「彼女は呼び出され、3人の男に襲われたんじゃ。何が起きたのか彼女自身もまだ混乱しておる」


 仁は拳を握りしめ、部下である小田を守れなかったことへの無力感と怒りが混ざり合った表情をした。


 立ち尽くす仁と真那の肩に、慈愛は後ろからポンと肩に手を置いた。

「じゃが安心せい。一応未遂じゃ」


 仁と真那は何故かその言葉を聞きおぞましさを感じた。


 未遂?だからって良い訳がない。安心なんて出来ない。小田は見た目以上に心の奥底から傷付いている様子が手に取るようにわかる。


 仁は抑えきれない怒りに、コブシを強く握りしめた。

「誰だ・・・その3人ってのは?」

 冷静に聞き出そうとするも、仁の言葉は怒りに声を震わせていた。抑えきれない怒りの衝動を、仁は何かにぶつけたかった。


「今は他の部屋に拘束しておる。が、今のままのお主を合わせる訳には行かん」


 そう言った慈愛は、仁と真那を通り過ぎ、小田の前に立つ。

「すまなかったな、状況を理解してもらう為にお主にはそのままでいてもらった。今傷を治すのじゃ」


 慈愛は片方の手の平を広げ、小田に向けた。

「回復魔法じゃ。[ライフリペア]!」

 慈愛の手から暖かい光の球体が放たれ、その光が小田に近づくと一気に膨らんで包み込んでいく。すると、血が滲んでいた口元の傷が何事もなかったように戻っていき、身体が全快した。

 現代社会では見た事もない不思議な光景に仁と真那は目を奪われ、そして小田自身も、暖かい光に包まれて回復されていく不思議な感覚に驚き顔を上げた。


「これはオマケじゃ。[プリフィカス]!」

 次に唱えた魔法[プリフィカス]とは、体の汚れを綺麗に落とす魔法であった。

 まばゆい光のエネルギーを込めた魔法陣を展開し、その中心から浄化の波動が放出され、体の不純物や汚れを浮き上がらせ、消し去る浄化の魔法だ。要はお風呂上がりの様な状態となる。


「さて、次は昨晩までの記憶を[イレイズメモリー]と言う魔法で消すのじゃ」

 慈愛はあえて説明をするようにそう話すと、小田の額に指先を当てようと一歩近づいた。しかし小田は片手でそれを遮るようにしてスッと立ち上がった。


「いえ、慈愛様。記憶まで消さなくても大丈夫です」

 小田は決意したように言うと仁や真那を見た。

「これは私が招いた不注意です。何も無かった事にするのは、人として不公平さを感じてしまいズルいと感じてしまいます。なので、この教訓を忘れない為にもこのままで良いです」

 仁と真那に自分は大丈夫だとアピールするように答えた小田は、再び慈愛の方へ視線を向けた。慈愛は優しそうな目で小田を見つめていた。

「ふむ、良く言った。<落ち人>もなかなか捨てたもんじゃないのぉ」

 慈愛の目には満足げな光が宿っていた。そして、優しく小田の肩に手を置いた。

「その強さ、立派なものじゃ」

 慈愛は静かに囁いた。その言葉に小田は微笑み、目に一瞬だけ涙を浮かべたが、すぐにその強い意志を込めた瞳を慈愛に向けた。


 仁と真那は、そのやり取りを静かに見守りながら、小田の強さと慈愛の温かさを感じ取っていた。彼女らの心にも新たな決意が芽生え、この出来事を胸に刻みながら、一歩ずつ前へ進むことが出来るだろう。


 仁は小田に近づき、小田の頭にそっと手を置くと軽く自分の胸に引き寄せた。そして、真那も同じように小田の肩に顔をすり寄せて目に涙を浮かべていた。


 しばらくし、仁は小田から離れ慈愛の方を向く。

「俺も落ち着いた。合わせてくれ。その3人に」

「ふむ、良かろう。付いて来い」

 そう言うと慈愛は扉の方に歩き出した。

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