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ある日突然。娘がタイムスリップしてきた件  作者: りおの古書店
4日目
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4日目(7)


 1時間目が半分ほど過ぎたが、雫は目を覚ます気配も無く島田さんの膝で気持ち良さそうに眠り続けていた。

 そんな中、二人だけの甘酸っぱい無音を壊したのは僕ではなく島田さんの方だった。

「無事両想いになった所でなんですけど」

「は……はい」

 緊張しているのか、敬語で話す島田さんの口から告げられた「両想い」と言う言葉に、僕まで緊張してしまい背筋を伸ばして返事をする。


「私も名前で呼ばれたい……なんて」

 島田さんが言った言葉は曖昧で、何と比べているかまでは告げなかったが、それでも彼女の意図は嫌でも僕に伝わってくる。

 ただ、“も“とはいっても、僕にとっては雫の時とは話が違う。彼女を名前で呼ぶには心の準備が必要で、僕は大きく息を吸って体の奥の方から声を持ってくる。

「海……さん」

 僕の中の言い訳など許してくれそうに無い空気感に飲み込まれて、喉の奥から出て来た声は、思いのほか小さくて、恰好付ける事すら出来ないままの消えそうな音で、横に座る女の子の名前を呼ぶ。

 そんな精一杯に彼女からの反応は無く、静かな風の音だけが耳に入ってきて、僕は咄嗟に彼女の顔に目線を送る。


 すると、僕の目に入ってきたのは、先程までシリアスな空気を出していた筈の島田さんが、口元に力を込めて口角が上がるのを必死で我慢している、崩れ切った美少女の姿だった。

「あの、海さん?」

 初めて目にする彼女の表情に僕が声をかけると、彼女はそれに反応をする様に僕の居る方と反対側を向いて、顔を隠したままわざとらしく咳をして話始める。

「その。良いものだね……名前を呼ばれるのって」

「そ、そっか……なら、よかった」

 彼女のそのいじらしい態度に、呼んだ僕まで恥ずかしくなってしまう。


「ちょっと私も準備が出来てなかったから、今はまだ名前呼びは良いや」

「う、うん。分かった」

 顔を逸らしても耳まで赤くなってしまっている島田さんの案に、このままだと普通の会話すらままならない気がして僕も直ぐに賛成をする。


 先程よりも少し冷たくも感じる風が僕達の間を通り過ぎて、熱くなった緊張感と体温を一緒に連れ去っていくのを感じる。

 そんな中。島田さんは僕の耳にも届くように大きく息を吐いてから、空気を切り替えた様にいつも通りの口調で声をかけてくる。

「ふぅ……改めてこれからよろしくね。翔君」

 そう言った島田さんは、いたずらっぽい笑顔を僕に向けてくる。


 それは変わった事と変わらなかった事を素肌に感じさせてきて、その感覚にこそばゆさと同時に罪悪感と後ろめたさを覚えながら僕は言葉を返す。

「こちらこそ、よろしく。島田さん」

 僕が気持ちを飲み込んで言った言葉に、島田さんは全て分かっていると言わんばかりの満足気な顔をして、僕の手から自分の手をどけて、そのままその手を雫の頭に置いて雫を起こし始める。


「雫。そろそろ起きなさい」

「……あと、5ふん」

 僕が朝にも一度聞いたベタなセリフで雫は寝ぼけた様に返事をするが、その様子に島田さんはどこか寂しそうな表情をしてもう一度声をかける。

「ほら、そろそろ教室に戻るわよ」

「んー……わかった」

 二度目の島田さんの声で目を覚ましたのか、今朝とは違って妙に寝起きの良い雫は、島田さんの膝の上から頭をどけてスッと体制を直す。


「おはよう。雫」

「うん。おはよ、海ちゃん」

 挨拶を交わす二人は、その後、何を言うでもなく静かに目を合わせて、しばらくしてから雫が不思議そうに首を傾げる。

 その仕草を確認すると、島田さんは何故か僕の頭にデコピンをしてから立ち上がる。


「それじゃ行こっか!」

「う、うん」

 僕はデコピンをされた場所を手で押さえながら、戸惑い交じりに返事をして立ち上がると、雫も僕に倣う様にして立ち上がり、僕達はまた心に言葉を抱えたまま、チャイムの音と共にベンチから離れていった。


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