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September  作者: 星空
16/19

〈 16の春 scene 8 〉配慮


清陵に来て2ヶ月が過ぎた頃、転校生に対する個人面談があって、まずは僕が呼ばれた。30分くらいと言われていたけど、ひとしきり僕との話が終わると

「桧山のことを少し聞きたいんだが、いいか?」

と田島先生に言われた。

「あいつ、困ってるくせに、ちっとも素直じゃないからな」

「先生が強引なんですよ」

「お前は甘やかしすぎだ。大丈夫だ、あいつはそんなヤワじゃない」

言葉は乱暴だったけど、先生は穏やかに言った。

「それに、お前がお前のやり方であいつを支えてることもよくわかる。それでいいと思う。俺は俺なりにあいつを助けてやりたい。ここからは大人の仕事だと思うしな」

ときどき蒼にキツいことを言ったりするから、どんな人かと思っていたけど、先生は真剣に蒼のことを考えてるんだとわかった。

「…あいつにはお前もついてるし、自殺なんてするやつじゃないだろうけど。どうしても気になってな…」

「…前にそういう生徒がいたんですか?」

先生はいつになく寂しそうな顔をした。

「俺もまだ若かったし、気がつくのが遅かったんだ。『大丈夫』って言葉の裏にある気持ちに気づいてやれなかった。いくつか予兆と言えるものはあったのに…」


─強く見えて大人も、乗り越えられないことがあるんだな…


「だから、桧山みたいに何でも抱え込んでしまうやつを見ると、放っておけなくてな。うるさがられても、関わり続けたいって思う」

「蒼は、手強いですよ」

「もう慣れたよ」

先生は笑った。僕は先生に綾さんとのやり取りを一部始終話した。


 聞き終わると、先生はぼそっと言った。

「渡部は、どう思った?」

「…そうですね。僕というか、僕たちには理解しきれないこともあって、荷が重いというか…」

「そうだよな…」

先生はため息をついた。

「養子だっただけでも相当なショックだ。その綾さんて人には懐いてたんだろう?その人が自分の父親と関係があって、自分が生まれた…」 

「自分が本当に必要な人間なのか、ずっと考えてるって言ってました」

先生は黙ってうなずいた。

「それでも今、家族とうまくいっていれば、まだここまで(こじ)れなかっただろうな。それがないから余計に自分の存在が(もろ)く感じられるんだ」

「…僕も、今よりもっと親とうまく行かない時はそうでした。不安で、自信が持てなくて…」

「ただでさえこの思春期ってやっかいな時期にな。お前も苦労してんだな。皮肉なもんだけど、何が幸せかなんて難しいよな…まあ、その時は確かに幸せになって欲しいと思ったんだろうが、時間が経てば人間も環境も変わってしまうなんて、よくあることだからな」

二人ともしばらく黙ってしまった。

「…桧山の、綾さんに対する気持ちは変わってないんだろう?」

「僕はそう思います。ただ、過去を受け入れられなくて、先に進めないみたいで…」

「過去にしばられていたら、いつまでたっても今のままだ。それよりも自分にとって何が一番大切で、自分がどうしたいかだ」

「いちばん大切なこと…」

先生が僕を見た。先生も同じことを考えてるんだ。


『今は乗り越えられなくても、いつかはできるから。今は自分を大切にすることを考えた方がいい』


五十嵐先生の言葉を伝えると、田島先生はため息をついた。

「俺もそうやって優しく言えればいいんだけどなあ…柄じゃないからな」

「気持ちが同じなら、伝わりますよ。蒼は、背負ってるものが大きすぎて…僕は少しでもそれを軽くしてあげたいと思ってるんですけど、なかなかうまく言葉にできなくて…」

「お前がそばにいるだけで、心強いと思うけどな」

先生はいつもと違う優しい口調で言った。

「そうだと、いいんですけど…でも蒼にとっていちばん大切なのって、やっぱり幸恵さんですかね…」

「うん、そうだろうな。…綾さんも真っ直ぐ過ぎるよな、あいつ逃げ腰になってるんだろう。憎まれ役は俺が引き受けるから、お前はあいつを支えてやってくれ」

「はい」

僕は気合いをいれてうなずいた。


***


 個人面談の所要時間は30分程度と言われていたが、航が戻ってきたのは1時間ほどたってからだった。

「なに、聞かれた?」

「…いろいろ。蒼のことも聞かれた」

「俺に聞けばいいのに…」

田島先生は、俺のことを気にかけてくれている。最近になってそれはだんだんわかってきた。

「蒼は、田島先生のこと、避けてるでしょ」

「…行ってくる」

だけどやっぱり強引で、こっちに心の準備ができてないのにぐいぐい来られるのが不愉快でもあり、怖くもあった。面談室の前で大きく深呼吸してから、ドアをノックした。


「どうだ、慣れたか」

向かい合って座ると、先生は早速声をかけてきた。

「はい。まあ…」

「その割には中間試験はいまいちだったな。渡部以外とはほとんど話もしないし。星野くらいか。寮母の高橋さんからも食が細いって聞いてる」

「…なんか、すごいですね。監視されてるみたい」

「まあ、そう言うな。大事な子どもたちを預かってるんだ、できるだけのことはするさ」

「ちょっと、転校前に色々あって…」

「家のことか?」


─何でこの人はこんなに押しが強いんだろう…

打ち明けるかどうかは俺が決めることだろ


「複雑な事情があるとは聞いてたが、大変だったんだな」

俺はイライラしながら人差し指で机を叩いていた。

「でも、せっかく試験に合格したんだ、やりたいことが何かあったんじゃないのか。気持ちの整理がつかないならスクールカウンセラーや俺でも相談してくれていいし、そろそろ切り替え…」

「何をどこまで聞いてるか知りませんけど、所詮(しょせん)もらわれた子どもですから。都合よく追い出されただけですよ」

自分でも嫌な言い方だなと思った。でも悪気がないのはわかるが、こうも強引に来られるとやっぱり怖い。

田島先生はじっと俺の顔を見てから言った。

「おまえ、いつまでそうやって甘えているつもりだ?」

「なっ…」

さあっと頬が熱くなるのがわかった。

「おまえの出生のことや家族のことは、俺なりに真剣に理解しているつもりだ。出生は自分の土台のひとつだからな、それが揺らいだら気持ちが不安定になるのはわかる。

だけど、それで今までのおまえが全部否定される訳じゃないだろ。それに辛いのはおまえだけじゃない」

「…そんなことは、わかってます」

「いや、わかってないな」

即座に返されて、俺はかっとなった。

「何でそう言いきれるんですか。そもそも、俺のことなんてどんだけ理解してるって言うんですか!」

「渡部が言ってたんだ、『綾さんは一度も自分が母親だって言わなかった』って」

「……」

「彼女のその覚悟を、おまえはちゃんと受け止めたのか?誰が好き好んで大事な子どもを手放すんだよ。おまえが辛いのは、綾さんから逃げてるからじゃないのか」

俺は頭を殴られたみたいに愕然としながらも、綾さんが打ち明けてくれた時のことを思い出した。


『私はどんなことがあってもそれを支える存在になろうと思いました』

『何よりも蒼さんにつらい思いをさせてしまって…』


─確かに、綾さんは俺の心配ばかりしてたけど…


「事情ってのは人の数だけあるからな。当事者にしかわからない気持ちがあるんだろう。周りが想像してるよりつらかったり、想像すら及ばないことがあったりする。

それを全部理解しろとは言わないよ。俺だってできないし、おまえの気持ちが全部わかる訳じゃない。

でも綾さんが後悔も含めて全てを受け入れたのに、おまえはずっと向き合わないでいるつもりなのか?」

「時間、かかりますよ。そんな簡単な話じゃない…」

「だけど半年もたったら、一言伝えるくらいはできるだろ?」

「………」

心の中を見透かされて、俺は居心地が悪くて仕方なかった。

「彼女のこと、母親と同じくらい大事なんだろ」

「…それも、航から聞いたんですか」

「あいつを責めるなよ。俺が全部言わせたんだから」

「何で、そんなことするんですか。よけいなお世話…」

「言ってくれないなら聞かなきゃ、わかんないだろ」

俺の最後の悪あがきを先生は(さえぎ)った。

「…触れられたくない部分だってあるじゃないですか」

「だから、おまえは甘えてるって言ってんだ。一人で抱え込んでないでもっと周りに頼れ。

一人じゃどうにもならないと嘆いている暇があるなら、自分からも歩み寄れ。

おまえの力になりたいやつは、おまえが思ってるよりもたくさんいるはずだ」

核心を突かれて悔しかったのと、この人は俺をちゃんと見ていてくれたんだと思ったのとで泣きそうになり、慌てて下を向いた。

「少なくとも俺は、おまえを支えてやりたいと思っている」

俺は顔を上げられず、制服のズボンをきつく握りしめた。(こら)えていた涙がこぼれ落ちた。

「おまえ、泣き虫だな。大丈夫か、そんなんで」

「…っ、今のうちだけですよ。どうせ俺はまだ子どもですからっ」

下を向いたまま、精一杯の強がりを返した。

「今日はもういいから、自分の部屋へ戻れ。続きはまた日を改めよう。それから…おまえの父親は、ただ弱いだけだ。悪い人じゃないと思うぞ」

先生は優しくそう言って俺の頭をポンと軽くたたくと、面談室を出ていった。


─だからって子ども扱い、すんなよ…


誰もいない教室でひとり、俺は涙をこぼした。


 気がすむまで泣いてから、部屋へ戻った。

心配そうな顔をした航は、俺の姿を見るとほっとした表情になった。

「…俺はこんなに弱虫で、逃げてばっかりなのに、綾さんは強すぎるよね」

「うん、すごいと思うよ」

「…何で養子にしたのかわかんなくて、そこからずっとフリーズしてる」

「そうだよね…」

いつも俺を気にかけてくれる航にでさえ、言えなかったことがあった。

「おまけに…不倫、なんてさ、(あやま)ちでしょ。それで生まれた俺なんて、()るのかな…?」

「誰の子どもとか、関係ない!蒼じゃなきゃ、幸恵さんを救えなかったんだよ!綾さんにも幸恵さんにも、蒼が必要だったんだよ」

航が珍しく声を荒げていた。

「綾さんだって、蒼を手放すのはつらかったと思う」

「じゃあ、何で…」

「わかんないよ!僕にもわかんない。でも、誰かに幸せになってほしいと願うことは、悪いことじゃないでしょう?」

大きく息をついて、いつもの穏やかなトーンで航が聞いた。

「蒼は、幸恵さんといられて幸せだった…?」

「…うん、そうだね。母さんは、優しかったから」

「綾さんが産んでくれたから、幸恵さんに会えたんだよ」


─俺が誰の子どもでも、綾さんが俺を産んで、母さんに会わせてくれた。俺に、幸せになって欲しいって…


それだけで、よかったんだ。大人の事情に振り回されて、いちばん大切なものが見えなくなっていたんだ…

「そのことだけでも、綾さんに伝えてあげて…」

航の声が(かす)かに震えていた。さっきおさまったはずの涙がまたあふれてきた。


「…それに、僕はちょっとムカついてる」

「え…」

思ってもない言葉に航を見上げると、自分の頬を涙が伝っていった。

「自分の存在を否定するなんて、じゃあ僕とのことも全部なかったことにするつもり?」

今にも泣き出しそうだったけど、航の()はいつもより険しかった。

「航…」 

「過去は変えられないし、なくならないよね。そのことで僕ができることなんてないし、大人の都合でつらいことになって大変なのはわかるよ。

でも、過去があって今の蒼がいて、僕らは友達として出会ったんだ。僕は今の蒼が大好きだよ。今もこれからも、僕には蒼が必要なんだよ。それじゃダメかな…」

航はいつも、俺に優しい。でも今この瞬間ほど、心の底から救われたことはないと思った─

「…ダメ…じゃ、ないよ…」

泣きながらやっとのことで答えた。

「…よかった」

航は優しく笑って俺をぎゅっと抱きしめた。


─だから、子ども扱い、すんなって…


そう思ったけど航の腕の中はあったかくて、そんなことはどうでもよくなるくらい心地よかった。



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