第60話 好きな人
月曜日の朝、ひまりは教室の扉の前で立ち止まった。
別に、入るのが怖いわけではない。
先週の月曜日は、教室の中に誰がいるのか気になって、扉を開けるまでにずいぶん時間がかかった。けれど、今日は違う。
美咲に会いたい。紗奈や琴音とも話したい。昨日買った猫の付箋を見せたら、きっと琴音が欲しがるだろう。
それから。
「……おはよう。」
ひまりは小さく練習した。
秋月くん、おはよう。
昨日は楽しかったね。
またデートしようね。
そこまで考えて、頬が熱くなる。
「……無理かも。」
「何が?」
「ひゃっ!」
後ろから声をかけられ、ひまりは飛び上がった。
振り返ると、美咲が立っていた。
「……美咲!」
「おはよ。何してんの、こんなところで。」
「お、おはよう!」
「うん。おはよう。」
美咲はひまりの顔を覗き込んだ。
「……あー、昨日のこと?」
「……うん。」
「そんなに緊張する?」
「するよ!」
ひまりは小声で抗議した。
「だって、昨日までと何か違うんだもん!」
「昨日も秋月くんでしょ。」
「そうだけど!」
「今日も秋月くんだよ。」
「分かってるよ!」
美咲は笑った。
「じゃ、入ろっか。」
「待って、まだ心の準備が!」
「朝から何の準備してんの。」
美咲が扉を開けた。
ひまりは慌てて後を追った。
教室には、いつも通りの朝があった。
窓際で話す女子たち。机に突っ伏している男子。黒板の前で、昨日のテレビ番組について話している生徒たち。
遼はもう来ていた。
榊と何かを話している。
ひまりが入ってきたことに気づくと、顔を上げた。
「あ、夏川。おはよう。」
ひまりの心臓が跳ねた。
「……お、おはよう!」
思ったより大きな声が出た。
榊がこちらを見る。
「おはよ、夏川。」
「あ、榊くんもおはよう!」
「何で俺はついでなんだよ。」
「ついでじゃないよ!」
榊が笑う。
遼も笑った。
ひまりは自分の席に向かった。
鞄を置き、椅子に座る。
それから、そっと遼の方を見た。
目が合った。
遼が少し笑う。
ひまりは慌てて前を向いた。
「……ひまり。」
隣から美咲が声をかける。
「何?」
「顔、赤いよ。」
「……言わないで。」
美咲は肩を震わせて笑った。
遼の方も、似たようなことになっていた。
「お前さ。」
榊が机に肘をつく。
「何だよ。」
「昨日、何があった?」
「別に。」
「いや、何かあっただろ。」
「……出かけたって言ったじゃん。」
「それは聞いた。」
榊は声を落とした。
「で、付き合ったの?」
遼は少し黙った。
「……いや。」
「え、まだ?」
「まだって何だよ。」
「だってデートしたんだろ?」
「……まあ。」
「しかも、また行くんだろ?」
「……うん。」
榊はしばらく遼を見つめた。
「……お前ら、何してんの?」
「知らねえよ。」
「いや、知らねえのはこっちだって。」
遼は笑った。
けれど、榊の言いたいことは分かった。
昨日、ひまりとデートをした。
互いにそう思っていたことも確かめた。
また二人で出かけようと約束した。
それなのに、好きだとは言っていない。
付き合おうとも言っていない。
遼は教室の前方を見た。
ひまりは美咲と話していた。
何かを言われて、顔を赤くしている。
目が合いそうになったので、遼は慌てて視線を戻した。
「……なあ、榊。」
「ん?」
「告白って、どうすればいいんだろうな。」
榊は一瞬、黙った。
それから吹き出した。
「お前、俺に聞く?」
「……やっぱいい。」
「待て待て。相談くらい乗るって。」
「笑ってんじゃん。」
「いや、だってお前がそんなこと言うと思わねえもん。」
榊はまだ笑っていた。
遼は机に頬杖をついた。
「……もういい。」
「悪かったって。」
榊は少し考えた。
「普通に好きって言えばいいんじゃね?」
「……普通に?」
「そう。変に格好つけないで。」
「それが難しいんだろ。」
「知らんけど、夏川なら喜ぶと思うぞ。」
遼は榊を見た。
「……何で?」
「いや、あいつ昨日めっちゃ楽しそうだったんだろ?」
「……うん。」
「じゃあ、いいじゃん。」
榊は笑った。
「頑張れよ。」
遼は小さく息を吐いた。
「……おう。」
昼休み。
ひまりは弁当箱を開けながら、昨日のことを三人に話していた。
「それでね、秋月くんがハンバーグ分けてくれたの!」
「へえ。」
紗奈が頷く。
「で、私もオムライス分けた!」
「よかったね。」
「うん!」
琴音が身を乗り出した。
「それで? 手は繋いだ?」
「……えっ?」
ひまりは固まった。
美咲が笑う。
「琴音、いきなり何聞いてんの。」
「だって気になるじゃん!」
「……繋いでないよ。」
ひまりが小さく答えた。
「えー!」
「えーって何!」
「デートなのに!」
「デートでも繋がないことあるでしょ。」
紗奈が言う。
「でもさ、せっかくだし!」
「琴音、ひまりより盛り上がってない?」
「だって楽しいんだもん!」
ひまりは笑った。
それから、箸を止めた。
「……ねえ。」
三人が顔を上げる。
「……私たちって、付き合ってるのかな。」
美咲が瞬きをした。
「……え?」
「昨日、デートだって言ってくれたけど。」
「うん。」
「付き合おうって、言われたわけじゃないし。」
ひまりは弁当箱を見つめた。
「……よく分かんなくて。」
琴音が首を傾げた。
「じゃあ、まだ付き合ってないんじゃない?」
「……そうだよね。」
「でも、もうほとんど付き合ってるみたいなもんじゃん。」
紗奈が言った。
「そうなのかな。」
「少なくとも、秋月くんはひまりのこと大事にしてると思うよ。」
ひまりは小さく頷いた。
「……うん。」
それは分かっている。
遼はずっと優しかった。
自分が学校に来られなかったときも、毎晩電話をしてくれた。教室に戻ってからも、何も変わらず話しかけてくれた。
昨日だって、楽しそうに笑っていた。
けれど。
優しいことと、好きなことは、同じなのだろうか。
「……ひまり。」
美咲が声をかけた。
「ん?」
「秋月くんのこと、好きなんでしょ?」
「……うん。」
「だったら、ひまりから言ってもいいんじゃない?」
ひまりは顔を上げた。
「……私から?」
「うん。」
「……告白?」
「そう。」
ひまりは箸を落としかけた。
「む、無理だよ!」
「何で?」
「だって、断られたら!」
美咲は少し黙った。
「……まあ、怖いよね。」
「うん……。」
「でもさ。」
美咲はひまりを見た。
「秋月くんが何を考えてるか、ずっと想像してても分かんないじゃん。」
ひまりは俯いた。
「……そうだね。」
「だから、ひまりがどうしたいかじゃない?」
美咲はそれ以上、何も言わなかった。
ひまりはしばらく考えた。
好きだと伝えたい。
それは本当だった。
でも、怖い。
もし遼が、自分のことを友達としか思っていなかったら。
昨日のデートも、ただ楽しかっただけだったら。
今までみたいに話せなくなったら。
そんなことを考えると、胸が苦しくなった。
「……私ね。」
ひまりは小さく言った。
「秋月くんと、今まで通り話せなくなるのが怖い。」
三人は黙って聞いていた。
「……だから、言わない方がいいのかなって。」
紗奈が少し考えてから口を開いた。
「でも、ひまり。」
「うん?」
「昨日、秋月くんとデートできて嬉しかったんでしょ?」
「……うん。」
「じゃあ、その嬉しかった気持ちまで隠さなくてもいいんじゃない?」
ひまりは紗奈を見た。
「好きって言うかどうかは別としてさ。楽しかったとか、また一緒にいたいとか。そういうのは伝えていいと思う。」
「……そっか。」
ひまりは少し笑った。
「……ありがとう。」
琴音が頷いた。
「とりあえず、次のデートでは手繋ごう!」
「だから琴音!」
三人が笑った。
ひまりも笑った。
少しだけ、気持ちが軽くなった。
五時間目が終わったあと、ひまりは廊下で遼に話しかけた。
「あ、秋月くん。」
「おう。」
遼は立ち止まった。
「昨日、ちゃんと帰れた?」
「うん!」
「そっか。」
ひまりは笑った。
「秋月くんも?」
「帰れたよ。何で俺だけ帰れないんだよ。」
「えへへ。」
遼も笑った。
それから、少し迷ったように口を開いた。
「……夏川。」
「ん?」
「今日、帰りって時間ある?」
ひまりは目を丸くした。
「……あるよ!」
「じゃあ、一緒に帰らない?」
「……うん!」
思わず大きく頷いた。
「帰りたい!」
遼は少し笑った。
「じゃあ、放課後な。」
「うん!」
遼が歩いていく。
ひまりはその背中を見送った。
心臓が、また速くなっていた。
放課後、二人は並んで学校を出た。
空は薄い雲に覆われていた。朝よりも風が弱く、歩いていると少しだけ暖かかった。
校門の前には、部活動へ向かう生徒たちが集まっていた。
ひまりは遼の隣を歩きながら、何度も話しかけようとした。
けれど、言葉が出てこない。
昨日はあんなに話せたのに。
どうして今日は、こんなに緊張するのだろう。
「……夏川。」
遼が口を開いた。
「うん?」
「昨日さ。」
「……うん。」
「……楽しかったな。」
ひまりは顔を上げた。
「……うん!」
それから笑った。
「私も、すっごく楽しかった!」
「そっか。」
「また行きたい!」
「……俺も。」
二人は少し笑った。
それから、また黙った。
いつもの帰り道だった。
駅まで続く歩道。
途中にある小さな公園。
何度も一緒に歩いた道。
ひまりは足元を見た。
遼の靴が、自分の靴と同じくらいの速さで動いている。
少し前まで、この距離にいることが当たり前だった。
でも、今は。
もう少し近づきたい。
そんなことを考えてしまう。
「……秋月くん。」
「ん?」
「……昨日のことなんだけど。」
「うん。」
ひまりは少し迷った。
「……デートって言ってくれたの、嬉しかった。」
遼は黙った。
ひまりは続けた。
「私、ずっと聞こうか迷ってたから。」
「……そっか。」
「うん。」
ひまりは笑った。
「……だから、ありがとう。」
遼は少し俯いた。
それから、ひまりを見た。
「……俺もさ。」
「……うん?」
「昨日、夏川に聞かれて嬉しかった。」
ひまりは目を丸くした。
「……ほんと?」
「ああ。」
遼は少し笑った。
「俺も、言おうか迷ってたから。」
「……そっか。」
ひまりは小さく頷いた。
胸の奥が温かくなる。
けれど、まだ何かが足りなかった。
知りたい。
秋月くんが、自分をどう思っているのか。
ひまりは足を止めた。
遼も立ち止まった。
「……夏川?」
ひまりは鞄の持ち手を握り直した。
「……あのね。」
「うん。」
「私、秋月くんに言いたいことがあるの。」
遼はひまりを見た。
「……何?」
ひまりは息を吸った。
言おう。
ちゃんと。
今まで、何度も助けてもらった。
何度もありがとうと言った。
でも、今日は違うことを伝えたい。
「……私ね。」
声が少し震えた。
「……秋月くんのことが、好き。」
遼は黙った。
ひまりは俯いた。
「……ずっと、助けてもらってたから。最初は、そういう気持ちなのかなって思ってたんだけど。」
言葉を探す。
「でも、最近は、嫌なことがなくても話したくなるし。」
「……うん。」
「楽しいことがあったら、秋月くんに話したいし。」
ひまりは顔を上げた。
「昨日も、一緒にいられてすっごく嬉しかった。」
遼は何も言わなかった。
ひまりは少しだけ笑った。
「……だから。」
胸が苦しくなる。
怖い。
でも、もう言ってしまった。
「……好きです。」
最後の言葉だけ、少し小さくなった。
遼はしばらく黙っていた。
ひまりは、その沈黙が怖くなった。
やっぱり、困らせてしまったのだろうか。
言わなければよかったのだろうか。
「……夏川。」
遼が口を開いた。
「……うん。」
「……俺も。」
ひまりは顔を上げた。
遼は少し照れたように笑った。
「俺も、夏川のことが好きだよ。」
ひまりは動けなくなった。
「……え?」
「……好き。」
遼はもう一度言った。
「俺も、夏川と一緒にいたい。」
ひまりは目を見開いた。
それから、ゆっくり口を開いた。
「……ほんと?」
「ああ。」
「……ほんとに?」
「ほんとだって。」
遼は笑った。
ひまりは両手で口元を押さえた。
「……えっ。」
笑いそうになった。
泣きそうにもなった。
何を言えばいいのか分からなかった。
「……どうしよう。」
ひまりが呟く。
「何が?」
「……嬉しい。」
遼は少し笑った。
「……俺も。」
ひまりは顔を上げた。
遼も、少しだけ緊張しているように見えた。
それが分かって、ひまりは少し安心した。
自分だけではない。
秋月くんも、緊張していたんだ。
ひまりは小さく笑った。
「……ねえ、秋月くん。」
「ん?」
「……私たち、これからどうなるの?」
遼は少し考えた。
「……どうなるって?」
「……その。」
ひまりは頬を赤くした。
「……付き合ったり、するのかなって。」
遼は一瞬、目を丸くした。
それから笑った。
「……俺、言おうと思ってたんだけど。」
「……え?」
「先に言われた。」
「……あっ。」
ひまりは慌てた。
「ご、ごめん!」
「何で謝るんだよ。」
遼は笑った。
「……じゃあ、改めて。」
ひまりは顔を上げた。
遼は少し息を吸った。
「……夏川。」
「……うん。」
「俺と、付き合ってください。」
ひまりは黙った。
ほんの数秒だった。
けれど、その数秒が、ずいぶん長く感じられた。
ひまりは笑った。
「……はい!」
声が弾んだ。
「……よろしくお願いします!」
遼も笑った。
「……よろしく。」
二人は顔を見合わせた。
それから、どちらからともなく笑い出した。
「……何か、変な感じだね。」
ひまりが言った。
「な。」
「昨日まで、普通に話してたのに。」
「今日も普通に話してるだろ。」
「そうなんだけど!」
ひまりは笑った。
「……何か、違う。」
遼は少し考えた。
「……まあ、そうだな。」
二人はまた歩き始めた。
ひまりは遼の隣を歩きながら、何度も横顔を見た。
秋月くん。
好きな人。
そして、今は。
「……ねえ。」
「ん?」
「……彼氏、なんだよね。」
遼は少し笑った。
「……そうなるな。」
ひまりは口元を押さえた。
「……えへへ。」
「また笑ってる。」
「だって!」
ひまりは遼を見上げた。
「……嬉しいんだもん。」
遼は少し照れたように笑った。
「……俺も嬉しいよ。」
ひまりはその言葉を聞いて、また笑った。
駅前が近づいてきた。
いつもなら、そろそろ別れる場所だった。
ひまりは少しだけ歩く速度を落とした。
遼も自然に速度を落とした。
「……秋月くん。」
「ん?」
「……手、繋いでもいい?」
言ってから、ひまりは自分の手を見た。
遼も少し驚いたようだった。
けれど、すぐに笑った。
「……いいよ。」
ひまりはそっと手を伸ばした。
遼の手に触れる。
指先が、少し冷たかった。
遼がひまりの手を握った。
ひまりも握り返した。
「……あったかい。」
ひまりが呟いた。
「夏川の手、冷たいけど。」
「えっ、そう?」
「うん。」
「……じゃあ、温めて。」
ひまりは笑った。
遼も笑った。
二人は手を繋いだまま、駅前へ向かった。
歩く速さが、少しだけ遅くなった。
ひまりは何度も、繋いだ手を見た。
そのたびに、胸の奥が温かくなった。
改札の前に着いても、すぐには手を離さなかった。
「……じゃあ、また明日。」
遼が言った。
「……うん。」
ひまりは頷いた。
それから、少しだけ笑った。
「……明日も、一緒に帰れる?」
「もちろん。」
「……やった。」
遼は笑った。
「毎日でもいいよ。」
ひまりは顔を上げた。
「……ほんと?」
「ああ。」
「……そっか。」
ひまりは嬉しそうに笑った。
それから、ゆっくり手を離した。
「……じゃあ、また明日ね!」
「おう。また明日。」
ひまりは改札を通った。
振り返ると、遼はまだそこにいた。
目が合う。
ひまりは大きく手を振った。
遼も笑って手を振り返した。
ひまりはホームへ向かった。
電車を待つ間、何度も自分の手を見た。
さっきまで、秋月くんと繋いでいた手。
ひまりはそっと握りしめた。
それから、スマートフォンを取り出した。
『美咲!!!!』
送信する。
少しして、返信が来た。
『何?』
『付き合った!!!!』
送信した瞬間、ひまりは思わず声を出しそうになった。
慌てて口を押さえる。
美咲から返事が来た。
『えっ』
『ほんと!?』
『ほんと!!』
『秋月くんから告白してくれた!!』
ひまりは少し考えて、もう一通送った。
『あ、最初に好きって言ったのは私だけど!』
『どっち笑』
『どっちも!!』
美咲から、笑っているスタンプが届いた。
『おめでとう、ひまり』
ひまりはその文字を見つめた。
少しだけ、目が潤んだ。
『ありがとう!!』
『美咲のおかげだよ!』
『いや、私は何もしてないって』
『してくれたよ!』
ひまりは笑った。
それから、もう一度メッセージを打った。
『明日、いっぱい話聞いてね!』
『はいはい笑』
ひまりはスマートフォンを胸元に引き寄せた。
嬉しかった。
遼と付き合えたことも。
美咲に報告できたことも。
明日、学校に行けば、みんなに会えることも。
全部、嬉しかった。
一方、遼は駅前の歩道を歩きながら、榊にメッセージを送っていた。
『付き合った』
返信はすぐに来た。
『は???』
『マジ???』
『マジ』
『お前やるじゃん!!!!』
遼は笑った。
『うるせえ笑』
『おめでとう!!!』
『ありがと』
少しして、榊からもう一通届いた。
『で、どっちから告白した?』
遼は少し考えた。
『夏川から好きって言ってくれた』
『付き合おうって言ったのは俺』
『何その共同作業』
遼は吹き出した。
『知らねえよ笑』
『まあよかったじゃん』
『大事にしろよ』
遼は足を止めた。
その文字を見つめる。
大事にしろよ。
榊らしい、短い言葉だった。
遼は少し笑った。
『分かってる』
送信する。
それから、ひまりとのトーク画面を開いた。
最後のメッセージは、昨日の夜の「おやすみ」だった。
遼は少し考えて、文字を打った。
『今日はありがとう』
『これからもよろしくな』
送信する。
数分後、ひまりから返事が来た。
『こちらこそ!!』
『これからもよろしくね!』
それから、もう一通。
『大好きだよ!』
遼は立ち止まった。
画面を見つめる。
大好き。
その言葉が、何だか信じられなかった。
ひまりは、自分のことを好きだと言ってくれた。
これからも一緒にいたいと言ってくれた。
遼は少し笑った。
そして、返信した。
『俺も大好きだよ』
すぐに既読がついた。
しばらくして、ひまりからハートのついたスタンプが届いた。
遼はスマートフォンをしまった。
駅前の空は、すっかり夕方の色になっていた。
明日も学校で会える。
明日も一緒に帰れる。
それから、来週にはバレンタインがある。
遼は歩き出した。
何を話そう。
どこへ行こう。
今度は、自分から誘ってみようか。
そんなことを考えながら、家へ向かった。
その夜、ひまりは美咲と電話をしていた。
『……それで、手も繋いだの!』
「それ、もう三回聞いた。」
『だって!』
「はいはい。よかったね。」
『うん!』
ひまりはベッドに寝転がった。
『……ねえ、美咲。』
「ん?」
『……私、ちゃんと好きって言えたよ。』
美咲は少し黙った。
「……うん。」
『怖かったけど。』
「うん。」
『言ってよかった。』
美咲は小さく笑った。
「……そっか。」
『うん。』
ひまりも笑った。
『……美咲にも、ちゃんと話せてよかった。』
「……何それ。」
『えへへ。』
美咲は少しだけ黙った。
それから、穏やかな声で答えた。
「……私も、ひまりから聞けて嬉しかったよ。」
ひまりは目を閉じた。
『……ありがとう。』
「うん。」
しばらく、二人は何でもない話をした。
明日の授業。
琴音がどんな反応をするか。
紗奈にはもう報告した方がいいのか。
そして、来週のバレンタイン。
「……ひまり、チョコどうするの?」
美咲が尋ねた。
『……あっ。』
「……忘れてた?」
『忘れてないよ!』
「ほんとに?」
『……ちょっとだけ。』
美咲が笑った。
「じゃあ、今度一緒に買いに行く?」
『……うん!』
ひまりは笑った。
『美咲、一緒に選んでくれる?』
「いいよ。」
『……やった!』
美咲は少し笑った。
「……楽しそうだね、ひまり。」
『……うん。』
ひまりは天井を見つめた。
『……すっごく、楽しい。』
「そっか。」
『……美咲。』
「ん?」
『……私、今すっごく幸せだよ。』
美咲は少し黙った。
それから、笑った。
「……うん。よかったね。」
ひまりも笑った。
電話を切ったあと、ひまりはスマートフォンを枕元に置いた。
遼からのメッセージをもう一度開く。
『俺も大好きだよ』
その文字を見つめて、ひまりは笑った。
明日も学校へ行こう。
美咲たちと話そう。
秋月くんにも会おう。
そして、来週はチョコレートを渡そう。
ひまりは布団を引き寄せた。
今日は、いい日だった。
きっと明日も、いい日になる。
そう思いながら、目を閉じた。




