第6話 私の知らないところ
翌日の昼休み。
遼が一人で弁当を食べていると、美咲が珍しく一人で教室へ戻ってきた。
「あれ。」遼と目が合う。
「ひまりは?」何となく口から出た。
「保健室。」美咲は何でもないように答える。
「え?」
「いや、今回は発作じゃないよ。」遼の表情を見て、美咲はすぐに付け加えた。
「先生に呼ばれただけ。」
「ああ。」
「びっくりした?」
「少し。」美咲は「だよね」と笑うと、自分の席へ荷物を置き、そのまま窓際まで歩いてきた。
「秋月くんってさ。」
「何?」
「ひまりのこと気になってる?」
その問いに、遼は少しだけ言葉を詰まらせた。
不意を突かれたような質問だった。
遼は箸を止め、美咲を見る。
「どうして?」
「いや、何となく。」
美咲は窓際へ寄り掛かりながら笑う。
「最近、よく見てるなって。」
「そう見える?」
「うん。」
あっさりと言われた。
遼は少し考える。
見ているつもりはなかった。
いや、見ている。
見てはいる。
ただ、それはひまりだからというより、あの日から何となく気になっているだけだった。
「心配だから。」
そう答えると、美咲は「ふーん」とだけ返した。
「優しいね。」
「普通だろ。」
「普通かな。」
美咲は少しだけ首を傾げる。
「私だったらさ、一回なら心配するけど、毎回だったら慣れちゃうかも。」
「慣れる?」
「うん。」
美咲は自分の机へ腰を預けた。
「最初見た時は、ほんと救急車呼んだ方がいいんじゃないかと思ったもん。」
そう言って苦笑する。
「でも二回目は、『またか』って感じで。」
「……。」
「昨日はちょっと長かったから焦ったけど。」
悪びれる様子はない。
思ったことをそのまま口にしているだけだった。
「本人もさ、『大丈夫だから』って笑うし。」
「そうだな。」
「だから私も、あんまり重く考えないようにしてる。」
その考え方は、少し分かる気もした。
ひまり自身が笑っている以上、周りまで深刻な顔をしていても仕方がない。
だから美咲は、いつも通り接している。
それだけなのだろう。
「でも。」
美咲が少しだけ真面目な顔になる。
「たまに怖いんだよね。」
「怖い?」
「うん。」
窓の外を見ながら、小さく息を吐く。
「急に笑わなくなるじゃん。」
遼は何も言わなかった。
「あれ見ると、『あ、この子、私の知らないところがあるんだ』って思う。」
美咲はすぐに笑った。
「ま、考えても分かんないんだけど。」
ちょうどそのとき、教室のドアが開く。
「ただいまー。」
ひまりだった。
いつもの調子で手を振りながら教室へ戻ってくる。
「先生何だって?」
美咲が聞く。
「文化祭の実行委員の話。」
「それだけ?」
「うん、それだけ。」
「なんだ。」
美咲は安心したように笑う。
ひまりも「心配しすぎ」と笑い返す。
さっきまで話題になっていた本人は、何事もなかったように席へ座り、鞄から弁当箱を取り出し始めた。
「もう食べ終わっちゃった?」
遼の机を見て聞く。
「うん。」
「もっとゆっくり食べればよかった。」
「先生に捕まってたんだろ。」
「そうなんだけどね。」
ひまりは少しだけ口を尖らせると、「じゃ、美咲、購買付き合って」と立ち上がった。
「えー、また?」
「パン一個だけ!」
「しょうがないなぁ。」
二人は並んで教室を出ていく。
その背中を見送りながら、遼はさっきの美咲の言葉を思い返していた。
私の知らないところがある。
その一言だけが、不思議と頭に残った。




